39 笊ヶ岳 2629m

2011年6月14日(火)

前夜2000新宿・・・・2235甲府(泊)522・・・・635身延=711老平−734登山道分岐ー740廃屋−750タケ沢吊橋−823広河原渡渉点833−910山の神−940インクラ跡950−1106檜横手−1225布引ガレ−1241布引山1255−1321鞍部−1354笊ヶ岳1402−1424鞍部−1503布引山1508−1614檜横手1618−1718インクラ跡−1741山の神1744−1812広河原渡渉点1823−1853タケ沢吊橋−1902廃屋−1907登山道分岐−1936老平 2050ヴィラ雨畑=2115下部温泉2140・・・2245甲府(泊)708・・・903新宿

この山の頂上にどうすれば立てるか。日本百名山を登り終えてから何度も何度も思いを巡らしていた。南アルプス南部の展望台として絶好の位置に「あるが、どのルートを登路にとっても難しく、2009年の夏休みにはさわら島からピストンを試みたが、天候に恵まれず、破線コースの「非常にハードなルート」の前に撤退を余儀なくされた。あのときはぬかるんだ斜面に足を踏み出せなかった。それから2年、落とし前はつけないといけないので、無理矢理再チャレンジを判断した。

今回は山梨県側、雨畑から攻めることにした。コースタイムでは登りだけで10時間10分を要するとの記載があるが、この山には山小屋の類がないため荷の重いテント泊を前提としたコースタイム設定なのであって、インターネットの登山サイトを見ると、日の長い時期に雨畑から日帰りで笊ヶ岳をピストンした猛者は少なくない。こんなことを思ってはいけないのだが、自分も山慣れたベテランだ、何とかなるだろうと考えて、少々危険で邪道なプランを立てた。

月曜日の夜20時、新宿発の「スーパーあずさ33号」で旅立つ。いきなり中央線西八王子で人身事故があり三鷹駅で30分ほど足止め。先が思いやられる。22時半過ぎに甲府に着き、駅前のビジネスホテルにチェックイン。翌朝5時にモーニングコールで起床、天気はまずまず。甲府発5時22分、身延線の始発富士行に乗り、車内でおにぎりの朝食。二両編成のローカル電車は甲府盆地を南下し、富士川の谷沿いに入り、下部温泉を過ぎ、6時35分身延着。駅前に停まっていたタクシーに乗り、「雨畑まで」と告げる。タクシーは勢いよく走り出す。七面山登山のときに何回も通っているので見慣れた道であるが、バスより数段速い。早川の谷へ分け入り、七面山登山口を過ぎると大島の分岐、ここで左折し、せまい険路を6キロほど進むと雨畑の集落。右折して老平方面へ。ほどなく林道ゲートに到着。タクシー代は8,500円であった。

7時11分、行動開始。まずは谷沿いの林道歩き。未舗装のじめじめした道を歩く。素掘りの短いトンネルを抜け、林道を20分ほど歩くと林道が2つに分岐。ここは道標に従い、右手の林道を選ぶ。そのあとすぐ林道が右にカーブするが、よく見ると登山道の入口がある。その道を選び、5分ほど歩くとちいさな茶畑の中に出て、続いて廃屋の前を通る。このあとは谷沿いの高まき道である。廃屋から10分ほどでけっこう年季の入ったタケ沢の吊橋を渡る。そのあとは崖沿いにつけられた小道。アルミの桟道などもあり、整備はしっかりされているので、下の廊下ほど怖くはないが、崩壊地跡を通過したり、がけ上から水が落ちているところを通過したりで、けっこう面白い道である。ほどなく、左下にあった渓流が登山道と高さを同じくし、広河原渡渉点に到着した。

川の対岸に登山道の続きが伸びている。川幅は10メートル程度だが、深さは50センチ前後。勢いはそれなり。意を決して私は川に入った。今回はこれがあるのでスタートから運動靴でここまできた。ざぶざぶと突っ切ろうとするが、水の冷たさと勢いにたじろぐ。なんとか最も深いところをしのぎ、対岸にたどり着いてひと息。ここで登山靴に履き替える。水を吸った運動靴はここにデポしておく。ここをベースにして登る人も多く、野営の跡が散見される。ここからが本番の登山道である。時刻は8時33分。まずは山の神までジグザグを切ってある登山道。ターンの幅は不規則だが、着実に高度を上げてゆく。幾度もターンを繰り返しながら登りをこらえる。まだまだ先は恐ろしく長いので、抑え目のペースで登った。35分ほどで、前方に小さな石碑と石祠が見えた。山ノ神を通過。

ここから坂がえげつなくなる。随所に手を使って木の幹や根っこにすがりながらよじ登る箇所がある。足だけで高度を稼げないので辛い。20分ほど急斜面を歩くと、左側に崩壊地を見て、少し上がったところでインクライン跡。ここで菓子パン2個の行動食。次のポイントは高度2000を超えたところにある檜横手。しばらくは随所にワイヤの打ち捨てられた、かつては林業やってたんだろうなと思しき斜面を上がって行き、ふたつ目のインクラを過ぎ、ワイヤを大量に息してある地点を過ぎるとまた急坂。ただただ苦しい。

10時半頃、道の様相が少し変わった。傾斜がやや緩やかになり、低山の雰囲気からコケと原生林の南アルプスっぽい様相になってきて、その斜面を前へ前へ進む。趣のある道だが、今日はそんな感慨にふける余裕などない。その登り坂を詰めきったところが、檜横手の頂上であった。時刻は11時6分。ここにもいくつか野営の跡があった。高度2000まで稼いだ、布引までは500ちょっと稼げばよいのだが、ここまで登ってきた身にとってはその500ちょっとがしんどいのである。

鞍部へわずかに下った後、急な登りが再開。広河原から3時間近くこうした鉄砲登りを続けたので足も苦しいし息も苦しい。森林の雰囲気を楽しんでいる余裕などない。ただ一歩一歩前へ、時には手を使ってよじ登り高度をかせぐ。ときおり立ち止まって息を整える。そうこうしているうちに正午が過ぎ、檜横手から1時間が経過した。私ははやまったのだろうかとも思う。山の中でここまで苦しい思いをしたのも久しぶりである。そして12時半が近づく頃、とうとう布引ガレに出た。道はガレの縁を付かず離れずの感じでついている。ガレの猛威を間近に見ながら高度を上げていって、再び樹林帯に入り、所の沢越への道を分けたあと、ほどなくして布引山の頂上にたどりついた。時刻は12時41分。あの広河原から4時間8分の鉄砲登りであった。腹が減っていたので菓子パン2個の行動食。ここで本日唯一の登山者と出会った。

休憩を切り上げ、荷物の半分くらいを東海フォレストの標柱横にデポし、やや身軽になって頂上へ最後の歩み。だが、えげつないことにこの山、2583mの布引山からいったん2410mの最低鞍部まで下って、そこから2629mの笊ヶ岳頂上へ登るという意地の悪いコース。頂上北側のテント場を過ぎ、まず標高差170mを下る。最初は稜線歩きからややゆるい下り、2500mの標識を過ぎてもガンガン下り、ヒャア止めてくれよと毒づくうちに2410mの最低鞍部。ここにも標識がある。ところどころに雪がまだ残っていたが、歩行に支障が出ることはない。最低鞍部からの登り返しは実にしんどかった。足も心肺機能も限界ギリギリの状況なので、急かないように気をつけて高度を一歩一歩上げていった。高度2500まで回復したところでまた標識。なお登りが続くが、傾斜的にはさほど酷くはない。

小笊方面から続いていると思われるトラロープの張られたトレイルと合流すると、いよいよ最後の登りの様相が出てくる。そして13時54分、私はついに笊ヶ岳の頂上に立った。よくたどり着けたと自分でも思う。きょうは晴天ではないが、高曇りなので展望はまずまず。西側に見えるのは上河内岳のとんがり頭、残雪を残した聖、赤石、悪沢岳。昼下がりなのでくっきりとしてはいないが、南アルプス南部の巨人たちを一望できたので嬉しい。西側の眼下には大井川の谷、赤石ダムのあたりが見える。北側に目をやると生木割のガレへ稜線が続いている。東側はガスに阻まれ展望が得られなかった。

2011zaruzaru.jpg (38494 バイト) 笊ヶ岳から赤石方面を望む

持参のデジカメで写真を何枚か撮る。往路の登山中では苦しくて写真どころではなかった。時刻は14時、名残惜しいが帰りも恐ろしく長いので、8分の滞在で頂上を後にした。まだ布引山の登り返しがあるので気が抜けない。最低鞍部へ向けてひとしきり下る。頂上から22分で最低鞍部に達し、そこから登り返し。このあたりは参った。苦しくて思うように前に進まない。幾度も立ち止まって息を整え、最後の登り返しをこらえる。そのあと登りがややましなものに変わってからの尾根歩きも長かった。けっきょく山頂から布引山に戻ってくるのに1時間1分を要した。デポした荷物を回収し、水分も補給。残るは500mlのペット1本のみ。さあ雨畑への大下りだ。

ガレの縁の要注意箇所を抜けると本格的な下り。往路ではところどころでよじ登ったので下りも足任せにというわけにはいかない。先も長いのであせらず慎重に下った。布引山から檜横手との鞍部まで降りるのに1時間強を要した。そして檜横手へのわずかな登り返しも消耗しきっていたので辛かった。16時14分、檜横手。ウインナーパンを食べてひと休み。迫る夕刻、ここからは時間との戦いになりそうなので、南アルプスらしい森林風景を1枚だけカメラに収める。けっきょくこれが復路で唯一撮った写真となった。

檜横手からしばらくは幾分マシな下り道だが、南アルプスぽくないフツーの奥山チックになってから、またも急降下。このあたりになってくると足の踏ん張りが利かなくなっているのか、足を置いたときに滑ったり手をついたりしてしまう「ヒヤリ、ハット」が何回もあった。立ち止まって靴紐を直すと足が小刻みに震える。暗くなる前に広河原へ降りないといけない。かといって焦ってもいけない。檜横手から1時間弱、林業跡ゾーンに入ってきたが、インクラ跡のあたりでルートを見失いヒヤリとした。まちがって細い踏み跡に迷い込み、一瞬ビバークが頭をよぎったが、辺りを冷静に見回すと左斜め前方にピンクテープのコースサインが見えた。これで正しいトレイルに戻ったが、危ないところだった。

すぐガレの横を通り、なおも急降下は続く。いい加減にしてくれと思う頃、17時40分を過ぎて、山の神まで戻ってきた。ここでも小休止を入れ、残る水のほとんどを飲みきった。あとはジグザグの下りを残すのみ。徐々に沢音が大きくなってきたが、なかなか河原に降りつかない。樹間から水面がほの見えてからも長かった。足はもうズタズタの状態。午後6時を回りあたりは相当暗くなってきている。やがて傾斜を減じ、露営跡が見えて、長い長い下り道が終わった。だが雨畑へ戻るためには、目の前の流れを渡らなければならない。

運動靴に履き替え、流れに入る。往路と違い疲れ切っているのでふらつきながらの渡渉。通過するのに往路より時間を要したのでもう足が冷たいのを通り越して痛い。なんとか対岸にたどりつき、やや大きな岩の上にへたり込み、痛さのあまりアアアアアアウウウウウとあられもない声を上げてしまう。何とか落ち着き、登山靴に再度履き替え、念のためヘッドランプも取り出し、老平への最後の歩きを始める。しばらくは沢沿いの歩き、そして高まき。鉄製の桟道、崩壊地、水が落ちているところを順調に通過。ひどく疲れてはいるが、冷水に漬かった事で足取りは一時的なものだろうが軽くなった。広河原から30分ほどでタケ沢の吊橋を通過。さらにそこから10分も歩くと廃屋が見えた。

廃屋から5分で林道、もうここまで来れば安全圏だ。あたりは闇が包み、ヘッドランプの明かりを頼りに前進。音楽を聴きながらシステマティックに前進し、19時36分、ついに老平の林道ゲートへ戻ってきた。たまらず駐車場にへたり込む。12時間25分の長丁場が終わった。一息ついた後、家へ帰る為に携帯電話でタクシーを呼ぼうとしたが、一番近い角瀬のタクシーはもう営業しておらず、身延からタクシーを呼んだが、「雨畑のオイダイラ、ザルガタケトザングチ」の場所を先方が認識しておらず、ヴィラ雨畑まで歩いて迎えのタクシーを捕まえる仕儀となった。この影響で下部温泉発21時12分の特急には間に合わず、きょうじゅうに東京に帰れなくなったので急遽、前夜泊まった甲府駅前のビジネスホテルを押さえてもう一泊する破目になり、翌朝の「かいじ」でそのまま職場へ出勤となった。

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