33身延山1153m、34白鳥山568m

2008年6月15日(日)  費用発生:9,500円

509高幡不動・・・522京王八王子ー八王子533・・・大月・・・712甲府715・・・839身延845=900身延山バス停−910久遠寺−953三光堂1007−1058身延山1100−1129三光堂−1158身延山バス停1205=1220身延1249・・・1329芝川−1349登山口−1448白鳥山1453−1523登山口−1553芝川1634・・・1718富士1733・・・熱海・・1845小田原1852・・・1951新百合ヶ丘・・・2007多摩センター・・・2023高幡不動

七面山に過去三回登っており、同じ日蓮宗ゆかりの山として知られる身延山に登ってみたいと思い、プランを練った。梅雨空の6月中旬、最高気温が24度である事を確認して旅に出た。標高が低いのであまり暑くなるとやれない。ろくに眠らないまま五時前に自宅を出たので眠くてたまらない。中央線、身延線の中で眠りこけ、8時39分、身延駅前に降り立つ。身延山行きのバスは頻発しているので、待たずに乗れる。バスは富士川を渡って対岸の町並みを抜けた後、総門をくぐって、身延山久遠寺の門前町に入る。きょうは久遠寺でなにか行事があるらしく、白装束の信徒の姿も多い。身延山バス停から土産物店が立ち並ぶ中を進む。身延駅前は数軒の商店が立ち並ぶのみだったのだが、この賑わいはどうだろう。実に身延は宗教の街なのである。

大きな三門を抜け、正面の通りを進むといきなり287段の菩提梯。この階段を登ると悟りに近づくらしいが、この階段、1段が普通の階段の2段分くらいあり実に急峻である。日蓮上人、あんたいったいどういうつもりだよ、と思いながらきつい階段を登る。10分ほどかけて登りきったところが久遠寺本堂。日蓮宗総本山だけあって大きい建物である。左手奥から奥の院への林道が始まる。信徒の墓が散在する中を登ってゆく。七面山と同じように七丁、八丁といった区切りの道標がある。鬼子母神堂や丈六堂を瞥見しながら、いくつものカーブを切りつつ高度を上げてゆくと、25丁の三光堂。自販機があったのでポカリ(200円)を飲む。釈尊像の表情が実に趣深くて印象に残った。相輪塔から再び林道。やがて林道が登山道に変わり、ザレ気味の参道を登ってゆく。

40丁が法明坊。ここからなお高度を上げてゆくと、49丁の標識が現れ、そこからわずかの登りで奥の院、思親閣にたどり着いた。思親閣の裏手から小道が延びており、ほどなく身延山の頂上に到着。梅雨空なので南アルプスは見えなかったが、富士見山や七面山が見えた。一息ついた後引き返す。帰りはスピードを上げた事もあって、30分で三光堂まで戻り、そこからは林道をタタタタと進み、一時間足らずで久遠寺まで戻ってきた。菩提梯を落ち着いて下り、12時少し前に身延山バス停に戻りついた。土産物店で「日蓮宗朝夕勤行集」の経本を買った後、12時5分のバスで身延山を後にした。

身延駅構内の立ち食いソバで昼を済ませたあと、12時49分の富士行列車で芝川へ向かい、ついでといっては何だが白鳥山を目指す。13時半ころ、芝川駅前に降り立ち、県道ぞいに北上してその後左折し、富士川にかかる内房橋を渡り、突き当たりを右折して尾崎北の四つ角を直進し、すぐ左手に現れるわき道に入り、しばらく進んで行くと民家の軒先に白鳥山登山口の看板が立っていた。茶畑から山に入り、竹やぶを抜けて林の中を20分ほど登ると、七面宮の石段。150段の苔むす石段を息を乱しつつ登りきったところが七面宮跡。ここからも苦しい登りが続く。七面宮の裏手に富士川方面が望める展望台がある。400mくらいまで高度を上げると傾斜が若干緩やかになり、そのあとひと登りして小ピークを越えてわずかに下る。そこから木の根の張り出す急斜面を一気につめる。

白鳥山は標高568mと山梨百名山の中では最も低いのだが、起点の芝川の高度が70mそこそこなので500mも高度を稼がねばならず、見た目ほど甘くはない。最後も息を切らしながらやっとの思いで頂上にたどりついた。北側の展望が開けており、思親山が望めたが、遠くの山は霞がかかっていて識別できなかった。頂上に5分ほど滞在しただけで引き返す。下りは快調に飛ばして、30分で登山口まで戻ってきた。あとは適当に歩いて、芝川駅まで戻った。芝川発16時34分の列車で戻りにかかる。富士に出て、東海道線を回って小田原から小田急ロマンスカーで帰宅した。

35 アサヨ峰へ進む

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