山手線一周ナイトハイク 

1995年5月27ー28日(土・日)

1800新宿中央公園ー1950恵比寿ー2038五反田2110−2150品川ー2335東京2355−100上野公園200ー247田端300ー337巣鴨400ー451池袋南公園515ー640新宿中央公園

 大学の「歩こう会」というサークルが主催する「山手線一周ハイク」に参加した。歩いた線の継ぎ足しによかろうと思ったのだ。参加者は学生と一般あわせて50人ほどであった。その50人は5つの班に分けられ、私は第1班であった。午後六時に新宿中央公園を出発した。高層ビル街を抜け、新宿駅東口を通り、ほぼ山手線沿いを歩く。「歩こう会」の責任者の田口氏と色々話しながらゆく。原宿は実に個性的な店が多く、ぞろぞろ歩く我々は場違いな集団に思えてくる。田口氏が「そのうちナイトハイクらしくなりますから」と言う。

 神宮南公園で小休止したのち山手線沿いに南下する。渋谷、恵比寿、目黒と駅前を通りすぎて行くうちに完全に暗くなり、ナイトハイクとなった。そろそろ膝に疲れがたまりだし、同行者と談笑しながら時の経過と疲れを忘れる。野球の話、相撲の話、学校の話、バイトの話、経済の話、山や旅の話、ネタには事欠かない。かかる酔狂な催しに参加する面々はそれ相応のバリューな人間である。五反田駅で夕食をかねて30分休憩。ハンバーガーを食べ、ゆっくりとコーヒーを飲み、元気を取り戻し歩きを再開する。八ツ山橋から第一京浜に入り、ほどなく品川到着。

 ここから東京までは二時間ぶっ通しの歩きで、「歩こう会」によれば最難関といわれているらしい。ライトアップされた東京タワーの見える歩道橋の上で記念写真を撮る。皆疲れてきたのか口数が減ってきた。浜松町あたりはオフィス街だが、さすがにこの時間帯はがらんとしている。しかし銀座の盛り場に突入するとまたもとの喧騒が戻ってくる。顔を赤くした男女が高揚して笑い歩いている。またも場違い感が出てきた。ほどなくもとの静けさが戻り、11時半過ぎに、がらんとした東京駅丸の内北口着。皆疲れきった顔をしている。

 「上野に着けば弁当が出ますよ」と田口氏が励ます。気合を入れなおし上野へと向かう。神田を過ぎ、万世橋を渡ると秋葉原の電気街である。もっとも店はシャッターを閉め、異様な雰囲気をかもし出している。広い通りを北へ進むと、上野の歓楽街である。街はまだ、「きょう」の営みを続けているようであった。ラーメンの屋台が数軒出ていた。

 深夜の上野公園で夜食。弁当を黙々と食べる。疲れているときの二時間は短い。歩きを再開し上野公園を横切り、寛永寺の脇を通り、何となく下町っぽいところを歩く。日暮里を過ぎ、常磐線の踏切を渡り、田端台の坂を越え、公園で一憩したのち、池袋めざし歩く。もはや気力だけで皆歩いている。一班は学生主体のため、ペースが比較的落ちなかったので、巣鴨で後続班との時間調整のため長く休めた。

 東の空が明けてきた。げに皐月の夜は短い。後続の班がようやく到着する。皆疲れきった顔をしている。山歩きに慣れた当方も40kmの歩きにうんざりしているのに勢いだけで参加した面々は地獄の苦しみを味わっているのであろう。明け方の道をサンシャイン60を見ながらゆく。大塚を過ぎ、サンシャインの横を通り、池袋南公園で最後の休息を取る。そこから明治通りに入ると、あとは新宿まで直進あるのみである。

 左側に少しの間都電が寄り添い、さらに歩きつづけて「新宿区」に入ると皆が安堵の色を浮かべる。もはや足は鉛の如し。花園神社の横を通り、新宿歌舞伎町をかすめ、大ガードの下をくぐると摩天楼と再会し、新宿中央公園に戻りついた。

万歳三唱をして解散した。凝ったことに「歩こう会」は「完歩証」なるものまで用意して我々に配布した。

今野和宏殿 あなたは第26回山手線一周ハイクにおいてその行程約40Kmを、13時間かけて見事踏破されました。よってその努力と栄誉をたたえ、ここに賞します。平成7年5月28日S大学歩こう会主将。

催す方も、歩く方も、げに酔狂であった。

ウォーキングに戻る

ホームに戻る