丹沢主脈縦走 2005 「近場の山なら丹沢山」 

2005年5月24日(火) 所要時間8時間50分 費用発生2,800円

625多摩センター・・・640橋本653=728三ヶ木740=811平丸−937平丸分岐(東海自然歩道)957−1053姫次1100−1216蛭ヶ岳1224−1343丹沢山1353−1444塔ノ岳1500−1701大倉1722=1737渋沢1744・・・1839新百合ヶ丘−1850多摩センター

仕事上でいろいろあって、旅に出たくてたまらないことがしばしばある。これまでは日本百名山や東海自然歩道踏破という大目標があったが、東海自然歩道は往復踏破してしまい、百名山はまだ登ってないのは時間と費用のかかる僻遠の地ばかりとなってしまったので、これからは山の規模、個性、もう登っているいないに関わらず登りたい山のリストを作っておいて、季節や体調、懐具合に合わせて登って行きたいと思う。

五月下旬のある日、旅立ち依存症が発動し、どこへ行こうか考えるも、先月に大枚をはたいて屋久島へ行っており手元不如意になっている。近場なら奥多摩か丹沢と考え、九時間ぐらいのフルタイム真剣山行をやりたかったので、13年前にやった丹沢縦走をやろうと決めた。コースは13年前に私が歩いたのそのままで、あのときは南から北へ、大倉尾根から塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳を越えて裏丹沢へ抜けたが、今回は逆に裏丹沢から入って大倉尾根を下りようと思う。一日で丹沢の縦走は体力的に厳しいのだが、高校三年生の時、彼女を作る事に執心していた今野少年は登山歴1年ながら9時間10分でやってしまったのであるから若さゆえの勢いとは恐ろしい。あれから13年、あのころの勢いはないにしろ、数々の山を登った、ベテランならではの手練手管、今せいいっぱいの自分で丹沢を日帰りで突っ切ってみたいと思う。

朝六時に自宅を出て、モノレールで多摩センターへ向かい、六時半すこしまえの京王線の電車で橋本へ向かう。南大沢で通勤客がかなり乗り、電車は県境の丘陵をトンネルで抜けてすぐに橋本に到着した。次に乗るのは三ヶ木行きのバスである。橋本西部の市街地を抜けていつのまにか津久井湖を城山大橋で渡り、相模中野を通ると三ヶ木はすぐであった。ここで月夜野行きに乗りかえる。このバスの乗客は数人の登山客のみであった。

こんかい、内心では13年前の記録(9時間10分)は何としても切るつもりでいたが、相手は難関の丹沢山塊、歩くほうは三十代に突入してヤキが回りつつあるのでうまくいくといいけれど。東海自然歩道で何回か乗り降りした西野々を過ぎ、しばらく道志街道を走り、8時10分頃平丸バス停着。きりきりと歩き出す。国道側の飯場の脇から登山道の入口を見つけ、横山沢頭までの登りにかかる。ジグザグの道を経てだんだん高度を上げ、小尾根に出てなお進んでゆく。この道はあまり使われていないので倒木や荒れ地が散見され、踏み跡やコースサインをよく見て上がる事を心がけた。きょうは晴れたり曇ったりと言う落ちつきのない天気だが、急な登りではやはり汗をかく。

登り始めてから一時間過ぎ、道の様相が悪くなり、笹や低木を掻き分けながらの道となった。コースミスをした覚えはないが、緊張が走る。ほどなく見覚えのある崩壊地の高巻きに出たので安堵した。あとは稜線まで高度をあげていけばよかった。ほどなく焼山と姫次を結ぶ東海自然歩道に出た。ここでチキンマックとハンバーガーの行動食。

そのあとMDウォークマンを耳に当てて、KOTOKOさんを聴きながら西へ進む。ここから姫次までは歩きやすい道で、昨年も東海復路の際に通っているので安心できる。足任せに進み、いろいろ考え事をしながらでも歩みははかどり黍殻山分岐、避難小屋、青根分岐を二本分けてなおゆるい登りを前進すると東海自然歩道最高点の姫次。きょうは晴れ気味なので蛭ヶ岳が良く見える。一休みしたあと、いきなり急な下りを経て原小屋平。このあとは小広い樹林帯の中を小さなアップダウンをくりかえしながら進んで地蔵平。なお進んでゆくと眼前の蛭ヶ岳が大きくなり、そのあと木組みの階段、丸太階段の連発で蛭ヶ岳への急斜面を登らされる。一段一段ふらつきながら登って行くうちに蛭ヶ岳山荘の建物が見え、丹沢最高峰の蛭ヶ岳山頂にたどりついた。

ここからの尾根歩きは丹沢山塊の白眉である。大展望をたのしみながらひとしきり下って、鬼ヶ岩の登り返し。クサリもあるが登りでは使う必要もなかった。そのあとは稜線漫歩気味に進んで、ほどなく棚沢の頭。ユーシンへの道を右に分けて、小さなアップダウンを過ぎると不動ノ峰。すこし下って水場分岐のある休憩舎をすぎると丹沢山との鞍部めがけて急降下。眼前の丹沢山がどんどん高くなって、ようやく鞍部をすぎると丹沢山への急登。これがまたしんどい。

蛭ヶ岳から一時間二十分ほどかかり、ようやくみやま山荘の建つ丹沢山へたどりついた。三角点の横でまたハンバーガーとチキンマックの行動食をすませ、最後のピーク塔ノ岳へ歩みを進める。ここからのアップダウンはそんなにひどくない。なだらかな尾根歩きを経て竜ヶ馬場、日高と過ぎて、塔ノ岳との鞍部は崩壊が進んでいるのでやや下を迂回して、そのあと塔ノ岳頂上へむけて最後のひと踏ん張りをしのいで、尊仏山荘の建つ塔ノ岳の広い山頂に出た。13年ぶりに同じ道をたどったが、覚えている所と忘れている所が半々ぐらいで、その間の時の流れを感じるという事はあまりなかった。さすがに展望は抜群で、東側は丹沢表尾根の奥に大山がその優美な三角形の姿を見せ、北側は今しがたたどってきた不動ノ峰や蛭ヶ岳、そして桧洞丸までの稜線を望む事ができた。南側は大倉尾根の向こうに湘南の街並みそして真鶴岬。西側は玄倉谷の奥に山々がひたすら重畳とつらなっていた。

午後3時に最後の下りをはじめた。ここからは大倉尾根を二時間、標高差1200mをぶっ通しで下る。丸太階段の連続をガッと下って金冷し。ヤセ尾根を通りすこしの登り返しを経て花立。ひとしきり下って花立山荘の前から急峻な階段状の下りをしのいで、ガラガラ気味の急な下り、そしてまた丸太階段と、膝の痛くなる下りのオンパレードだが軽快に高度を下げていって、戸沢分岐を分けてなお急なくだりをしのぐと高度1000を切って堀山ノ家。無人販売の緑茶缶を飲んで、堀山への緩い登り返しを経てすこし高度を下げて駒止茶屋。そこからも急な階段の下りが続く。

このあたりで足の動きがぎこちなくなってきたが、ここまでくれば気合いで下降を続けるほかない。ケガだけに気をつけてストックをうまく使いながら階段の下りや急坂を下っていって見晴茶屋を過ぎて大倉高原山の家分岐を分けてなお進む。ここから林道に出るまでの間がとても長く感じた。最後は憤怒の形相で前進を続け、やっとの思いで車道に出た。大倉バス停に戻りついたのは午後5時すぎであった。全身を走る電流のような、心地よい疲労感につつまれながら登山靴の紐を解く。これだから登山はたまらない。

けっきょく、所要時間は13年前より15分短い8時間50分となった。裏丹沢から入った方が急峻な大倉尾根が下りになるのでコースタイムでも25分のアドバンテージがあるが、まあ健闘した方であろう。大倉は運動公園などがつくられていてすっかり変わっていた。17時22分のバスで大倉を後にし、渋沢から小田急で家路についた。

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