第56区 明智→伊勢神峠

2003年11月29日(土) 所要時間6時間53分 費用発生19,300円

106小田原・・・605名古屋618・・・708瑞浪712=752明智815−817明智(八王子神社)−840千畳敷公園−950颪−1050柿畑−1140閑羅瀬橋1150−1310旭高原元気村−1345弘法杉−1400猿が城跡−1510伊勢神峠1530−1552伊勢神1606=1626足助1644=東岡崎1905・・・豊橋2018・・・2126新横浜

東海自然歩道には本コースと山之辺コースと恵那コースがある。まだ踏破していないのが恵那コースであるが、あと2日もあればクローズできそうである。だが本業の仕事は忙しくなり、帰り時間が深夜に及び飯を炊く気力もなく吉野家か松屋の牛丼で済ませてしまう状況が続いている。なんとか業務改善を図りまともな時間に帰れるようにしたいとは考えているが、現代競争社会の本質は、エリート以外は長時間働け、というのが一面の真理だろうか。

かような状況ではあるが、休みを取らないと精神がおかしくなってしまうので、無理矢理休みを取って、いつもの通り小田原発1時6分の夜行快速「ムーンライトながら」に乗りこんだ。毎回、旅立ちは同工異曲の感がある。金曜の夜なので座れるかどうか危惧したが、週末の天気は全国的に悪いという予報もあったためか、座る事が出来た。仕事疲れか、たちまち私は眠ってしまった。

コンコン、コンコン。列車整備員の窓ガラスを叩く音で起こされた。いつのまにか列車は名古屋に着いていた。乗っていた7号車は名古屋止まりなので退散せねばならない。ヤレヤレと中央線のホームに移動する。中津川行きの電車に乗りまた一眠り。多治見からは寝過ごしを警戒して、居住まいを正して瑞浪を待った。前回打ちきった明智へ行くには、恵那から明智鉄道のレールバスもあるが、ながらとの接続がよいのが、瑞浪からの明智行きバスの利用である。瑞浪着7時8分。駅前には明智行きのバスが止まっていた。また車内で一眠り。

気がつくとバスは明智の街に入っていた。明智の駅前には8時前に着いた。朝食のおにぎり3個を流しこんだ後、前回打ち切った八王子神社へ向かう。きょうは小雨が降っているので、傘をさして歩く。道標にタッチして歩みを再開し、石段を上がって八王子神社の裏手から山道をちょっと進んで竜護寺。そこからは大正浪漫館などを通り、明智の街並みを回り込むようにして進んでゆく。明智城址を回りこんで、碍子工場の脇を通り道路を渡ってなお進むと千畳敷公園である。見た目にはただの町営グラウンドのような所である。サッカーゴールのあるグラウンドを横切って、突き当たりから山道に入る。

雨がしとしと降る中、淡々と歩いているうちに道は下りに転じ、ほどなく舗装路に出た。上柏尾、下柏尾と小さな集落を通り過ぎ、農家の手前からまた山道に入り、しだいに下り気味になって、谷筋を適当に下って行くと、ほどなく県道に出会い、(おろし)に到着。ここからは谷沿いの舗装路の歩きである。十分ほど歩いて中山橋を渡り、なお串原村の道路を歩き道がふたつカーブを切ってしばらくすると大平に入った。柿畑方面はここで右折だが、目の前の橋が架け替え工事中ということで渡れず、迂回路の指示が出ていた。が、遠回りの時間のロスはいやだと感じ、無理矢理眼下の小川に下りて、渡渉して対岸に渡った。

黄梅院を過ぎ、ささゆりの湯への分岐をわけて、串原村の集落をたどってゆく。柿畑には「温泉スタンド」なるものまであった。柿畑集落の奥から登山道に入る。時折丸太の階段が現れるちょっとしんどい道である。高度を500まで上げると三本松峠。ここからは閑羅瀬までくだるいっぽうである。さっきまで稼いだ高度をあっというまに使いきって標高200まで落とし、雨が上がって眼下に奥矢作湖が見えて、車道に出て少し歩いて、閑羅瀬(しずらせ)に到着。すぐに幹線道路を離れ、矢作川にかかる閑羅瀬橋に出た。紅葉が舞う橋のたもとでアンパンとホットケーキの昼食。

谷筋のためか風がけっこう吹いて寒さを感じたので休憩を十分で切り上げ、橋を渡って愛知県に進入する。川原越以降、岐阜県とは長い付き合いであった。渡った所で左折し、川沿いの車道を進み発電所のたもとで右折し高度を上げて行く。車道に出て歩道橋からダイレクトで山に入りバシバシ高度を上げるきつい道となる。矢作ダム展望台を過ぎても登り道は続く。断続的に現れる丸太階段の登りをこらえ、道がダートの林道のようになり、しばらく進むと目の前に大きな旭高原自然の家の建物が見えた。道標に従い敷地内を進み、八幡牧場の畜舎の脇を通るとこんどは旭高原元気村のバンガローやレストハウスを横目に見ながら進んで行く。自然の家の方がシンボルタワーなどもあって金をかけた作りになっているが、こちらの方は小公園などもあって多少ローカル観光スポットの様相を呈している。ほどなく車道が分岐する長井坂峠に着いた。

ここで左折し、しばらく真新しい林道を進み、ほどなく山道に入り、また林道と交叉する所が弘法杉。ここからまた山道だが、猿が城跡への登りはけっこうしんどかった。このあたり、武田氏が三河侵攻の際、激戦地だったらしい。典型的な山城なので攻めるのは容易でないと推察される。長い丸太階段の登り2連発を経て、ようやく猿が城跡にたどりついた。往時を偲ぶものはなにもなく、ただ送電線の鉄塔が無粋にデンと立っているのみである。そこからは尾根上の静かな山道を進む気分のいい道であった。左も右も山また山。雨がまた降り出して傘を差して歩く。霞が薄暗い山中を包み、なかなか良い雰囲気である。

そういった所を30分ばかり進むと林道に出て、こんどは荒れたアスファルトの林道を黙々と歩く。尾根の左側を巻き気味に進んでいくと、伊勢神峠への登り口に着いた。ジグザグの山道を息をはずませながら登り、ほどなく切通し状の伊勢神峠に15時10分に到着。すこし進んで大多賀峠との分岐の道標にタッチし、ここで今日は打ちきることにする。道標のそばでパンの行動食。帰り際、伊勢神峠の伊勢神宮遥拝所に足を伸ばす。小さな社が建っていて、ここでかなたの伊勢神宮を拝んだのかと思う。南へは大多賀峠方面へ尾根道が延びていて、本コースとの合流点の寧比曽岳までは2時間程度だが、そこからも長いので次回に予定している。引き返してつづら折りの林道をゆっくり下って、愛知の心霊スポットとして有名な石造りの旧伊勢神トンネルを瞥見した。すこし中にはいって見たが、明治時代に建造されたせいか古びたトンネルの怖さを感じなくもない。大峰山の行者還トンネルとは別の威圧感がある。

そのあとは旧道を適当に下り、国道153号に出て、伊勢神ドライブインそばのバス停で足助行きのバスを待った。ほどなく乗客ゼロの足助行きバスがやってきた。一日5本しかないバスの接続がうまくいって安堵した。バスは三河の山中をひた走りながら下って行く。足助からは東岡崎行きのバスがある。帰途に新幹線を使えば、比較的早い時間に八王子に帰着できそうである。

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