第49区 西藤原→養老

2003年4月22日(火) 所要タイム6時間42分 費用発生 15,830円

106小田原・・・605名古屋611・・・富田702・・・756西藤原800−844養鱒場−935長尾−1005変電所−1035川原−1149最高地点−1214川原越1235−1311美濃津屋分岐−1420赤岩神社−1442養老公園−1455養老・・・桑名1549・・・名古屋1635・・・豊橋・・・浜松1811・・・静岡・・・小田原2135・・・新百合ヶ丘2233・・・多摩センタ2250

月曜の夜、いつものムーンライトながらはガラ空きであった。おにぎりの夜食の後はやばやとシートに横になり、うとうととまどろむ。いいかげんこの列車に乗るのも飽きた。回数は数えていないが15回はこのパターンで旅に出ている。春になりウォーキングを行うには絶好の季節になったが、あいにく本業の仕事が忙しくなり、休みが週一ペースになりつつあるため、三重県の東海自然歩道を日帰りの連発と言う費用対効果の悪い歩き方になってしまう。月曜の夜、会社から疲れて帰ってきて、一日ぐらいグテッと横になっていたいと思うのだが、旅に出たいという欲求の方が上回り、優先順位の上に来てしまう。

目が覚めたら大府であった。早朝の通勤客も車内にぼつぼついた。笠寺、熱田と過ぎ、名鉄線が寄ってきて金山に停車。降り支度をしているうちに尾頭橋を通過。名古屋着6時5分。大急ぎで近鉄乗り場へと向かう。三岐鉄道の西藤原までの切符を買い、6時11分発の急行鳥羽行きに乗る。近鉄ビスタカーが何本もとまっている横を通り、米野を通過、左手にJRの車庫を見て、黄金を通過、しばらくは名古屋南部の住宅街を走り、蟹江に停車。富吉の車両基地の横を通過して、弥富に停車。木曽川を長い鉄橋で渡り、長島を通過。長良川揖斐川を渡って、桑名に停車。つぎの停車駅は富田である。

三岐鉄道に乗換える。以前乗った時は西武鉄道の車両だったが、今回は元国電型101系の3両編成。車内は高校生でほぼ満員であった。車内でひと眠りするうちに高校生の集団が降り、だんだん藤原岳が大きくなってきて、伊勢治田、東藤原と貨物列車用の構内の広い駅を過ぎる。8時すこし前に終点の西藤原に到着。数人のハイカーが降りる。今回は三重県を脱出して養老までの予定である。

集落内を道標に従いつつ歩き、県道に出てしばらくすると聖宝寺の入口。変な形の石段をやれやれと上がって行く。養魚池の前から旅館の横を過ぎ、林道をゆっくり下ると坂本の集落。ここで道を間違え10分のロス。どうにか坂本の集落を抜け、県道に出てとぼとぼ歩くと、左に登山道の入口があり、山すそ沿いの道をあるくと、ほどなく養鱒場に出た。あるきだしてまだ44分だが、どうも本調子でない。養鱒場入口の自販機でアクエリアスを飲もうと思ったが、押したボタンは「ラブボディ」だった。今回は先が思いやられる。

 さて、あっさりと国道306号に出て、ほどなく右に折れて山口の集落に入る。妙な味のする若い女性向けブレンド茶をちびちび飲みながら、道標通り山口の集落を抜ける。そして、員弁川を渡る。川原には菜の花が咲いている。ここからはつまらない車道歩き。広い車道からゴミの投棄が目立つ狭い林道を進むと、集落に出て、長尾のバス停に着いた。集落を横切って、田圃の脇の道を歩いて広い通りに出て相場川を渡る。ほどなく左折し、耕地の奥の林道ゲートから林道の登りが始まる。百メートルばかり高度を上げて丘陵に乗り、鋭角に左に折れる。往路ではここを見落とし大コースミスをやった所である。

 ほどなく右手に中部電力の変電所を見て、なお進むと川原の集落となる。藤原岳や鈴鹿の山々はだんだん遠ざかり、養老山地が間近になってくる。川原分校を過ぎ、丸山神社の鳥居を見て、東林寺へくだってゆく。小川を渡り、すこし車道を登ると登山道の入口。きょうはここが正念場である。丸太階段で整備された道を淡々と進む。きょうはあまり調子が良くないので、あえてスローペースで高度を上げて行った。頭では全然別の事を考えているうちに標高300を越えて、沢を対岸に渡ったり、石の階段をヤレヤレと上がったりしているうちに尾根上に出て、ゆるい登りがえんえんと続く。

 高度600近くなると鬱蒼した樹林のトラバース道を経て、左手に林道がみえてくるとあずまやのある最高地点。標高610mであった。ここからいったん丸太階段の下りを10分ほどこなして高度を430mまで下げたあと、林道に出てゆるい登り。右手の林道のどん詰まりからふたたび斜面を登って、林道と交叉し、また丸太階段をちょっと登って、ようやく川原越に到達した。眼前には濃尾平野が見える。三重県を踏破し、ようやく岐阜県へ足を踏み入れる。「おんさい美濃の国」の看板がある。往路と同じく鉄箱の中に入ったノートに記帳してから、菓子パンの昼食。

岐阜県側のくだりは若干荒れていた。急な斜面の下りをドスドスくだり、ザレた斜面をトラロープ伝いに下ったりして油断のならぬ道であった。高度300くらいでいったん左に巻いて枝沢を渡ったあと、ドスドスドスと階段を下って、高度計の標示が0近くなって、ようやくまともな道になって、美濃津屋の分岐についた。ここから養老までは電車で一駅分だが、油断のならない所である。沢を渡って観音堂への急な登り。そのあとかなり下って、養老山地の麓を何本かの小道伝いに歩かされて、風呂谷を渡ってなおも小道を歩いて、今熊谷を渡り、若宮をめざす。光明水は涸れていた。このあたりは養老山地特有の浸食谷が何本もあって、東海自然歩道はその一つ一つを越えるためにかなり迂回を強いられている油断のならない所である。

若宮の前から人気のあるところになって、ほどなく小倉谷を渡って、赤岩神社の横を通る。ここまでくれば養老は近い。真新しいトイレの横を通り、10分程度で京ヶ脇の集落を横切るともう養老公園の敷地内である。2時42分に養老ランド奥の公園入口に到着。すこし早いがきょうはこれでおしまいにしようと思う。東海自然歩道を離脱し、養老駅へ適当に歩いて、県道をよこぎり近鉄の養老駅には3時すこし前にたどりついた。桑名行きの方が早く来たのでそちらに乗り、車中で一眠りして桑名。名古屋行きに乗換え、長い鉄橋を三本渡って愛知県に入り、16時20分ころ名古屋に到着。今回は予算上の制約があるので、苦行ではあるが普通列車を乗り継いで帰った。

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