1999年7月17日(土) 費用発生:10,921円
山紹介及び最も楽な登り方〜男体山の奥にある、日光山中のボス的な山。いくつもの前衛山を配し、沼・池をちりばめ、まさに奥日光の盟主の感がある。最も楽な登り方は菅沼から弥陀ヶ池経由。4.4kmの標高差800m。ただ菅沼からはバスの便なく、車しか手がない。湯元からの道は多少きつい。難易度は2プラス。(湯元からなら3プラス)
山行記録:「胸の痛みは、ヘルメス君だけが知っている」*文中の高度は誤差が少しあります
831東武日光=1000湯元温泉ー1025白根沢ー1130右折地点ー1200天狗平ー1221前白根山ー1245五色沼避難小屋1257ー1341奥白根山1350ー1430五色沼避難小屋ー1440五色沼ー1507弥陀が池ー1613菅沼ー1643車に拾われる=1655丸沼高原スキー場1705=鎌田1730=沼田1858・・・高崎・・・八王子
この山は5年前(1994年)6月下旬に挑んで失敗している。意地っ張りな私が登山で引き返したのはこの時だけかもしれない。湯元でいきなり道を間違え、白根沢の谷に初代の杖を落とし、時間的にもシビアになったことから標高2000m地点で撤退したのだ。あれから5年。数々の山行実績をひっさげて?体力は落ちているが再挑戦すべく、梅雨の明けない土曜の朝、野猿街道を桜ヶ丘に向け進んだ。
さて、分倍河原府中本町と慌しい乗り継ぎを経て一路日光へ。何度目かの東武日光線は田園地帯ばかりでつまらないが、それでも旅をしているのだなと思う。前日は遅くまで仕事だったので寝不足である。日光からのバスも登山者の団体で相当混んでいた。いろは坂中禅寺湖戦場ヶ原湯滝と車窓から奥日光観光をしたのち、10時前に湯元に到着した。
ここから奥日光高原ホテルの前を通り、スキー場に入る。リフト沿いにゲレンデを進めば白根沢に飛び出し,尾根直登コースの「新道」は左折する。ほどなくロープにすがって登る難所を過ぎ、ひたすら高度を稼ぐ直登りルートが続く。慎重に登る。といっても1ヶ月前の武尊山ほどではない。高度計を見ながら歩く。湯元スキー場の標高が1500m、頂上は2578だから1000m稼げばいい・・・10m登る度に1%進捗したなどと、頭の中でMSプロジェクトの図(スケジュール進捗管理ソフト)を思い描く。
曇り空なので日が照っていないので涼しい。こんな行程で蒸され、焼かれたらダメージが残るだろうなと思い,展望はある程度期待せず、あえて曇りの日に出発したのだ。木の根に足をかけながら、頭を使って登る道が延々つづく。標高1900を過ぎるとシャクナゲが現れ、少しえぐれたような道になった。見覚えがある。この辺で私は5年前に尻尾を巻いたのだ。今こそ5年越しの思いを果たさねばならない。ここまでは標高差100mを15分で刻んでいる。とすると標高差1mを9秒で刻んでいるわけで、なかなか効率がいい。
標高2000を越え,そろそろ尾根に出ても良いんじゃないかと思ったがまだまだであり、なおも登りが続き,ひょっこり尾根上に着いたときは標高2090mをさしていた。ここで道はいきなり右折し,山腹を緩くトラバースしてゆくと沢の上部に飛び出し、旧道新道合流地点に着いた。そこから谷を少し詰めると天狗平という小さい広場。ここからさらに登りが続く。ほどなく前白根山の形の良い山容が
ドーン、と見え、さらにその奥に
どでーン、ともうひとつの山が見えた。奥白根山である。
この地点から見ると前白根の方が近いからか、二つのピークが並んでいるように見える。さあ頑張れとのぼりにかかり、あえぎつつ登ると前白根山の頂上に着いた。ここから見る五色沼と奥白根山の荒荒しい姿は見事である。エメラルドグリーンの五色沼は想像していたものより大きい。
ここからガレ道を鞍部めがけ一気に下る。このあとさらに大登りがあるのでもったいない気がする。私は登って下ってまた登る際のギアチェンジが下手だ。ほどなく山腹の道をゆくと左に白根隠山への踏み跡を分け、避難小屋へ一気に下る。小屋(2170m)は登山者で賑わっていたが、中学生の林間学校の団体が奥白根山から下りてきたのには驚愕した。小屋の中は毛布や炊事道具まで備え付けられており意外と使えそうであった。ここで昼食にし、荷物をデポしてから奥白根山への登りへかかる。八王子ヤマミックス奥義・空身の術は金峰山以来である。
さて、まずはドラマのシーンにでも使えそうな草原から山に入り、樹林帯をひとしきり登った後は高山植物のなかのジグザグ登り。高度計を睨みながら足を運ぶ。振り返るごとに五色沼や周辺の展望が開ける。そのあと左斜め上へ一直線に登ったあとザレ場のザクザク登り。男体山は赤砂利だったがここのは駐車場の砂利のような灰色。ほどなく荒れた火口跡が見える頂上部に飛び出し、その中の一番高い所に道が続いている。最後は岩の城砦を一歩一歩登り詰め、やっと奥白根山頂上(2578m)にたどり着いた。記念写真を撮る人が多い。展望はないがそれでも五色沼や前白根ぐらいは見える。そよぐ風が心地よい。ボルヴィックが実にうまい。登頂のポーズ・決めっ。
避難小屋への急な下りは先が長いので自制して下った。焦らず一歩一歩慎重に高度を下げ、高山帯から樹林帯に戻り、やれやれと避難小屋に戻った。ここで荷物を回収し五色沼へ向かう。少し下って、高山のなかの湖、五色沼に到着した。きれいであり、こんな所に広い湖があるなんて奇異だなとも思う。水面はエメラルドグリーンで水は冷たい。ここから前白根へ登り返して湯元へあの悪路を下るのも億劫なので、行き当たりばったりではあるが菅沼へ逃げることにした。弥陀が池へ向けて山を越し、下りに転じるとほどなく道の両側が高山植物保護のためのロープで塞がれ、ほどなく弥陀が池(2200m)にたどり着いた。
木道で池のふちを渡り、菅沼へのくだりにかかる。さしてむずかしい所もなく、行きに来た湯元からの道とは大違いである。急がず、仕事上のマーケティングの事など考えながらとぼとぼ下り、気付いたら標高2000を割っていた。そこからも普通の登山道をあまり飛ばさずゆっくり下り、弥陀が池から1時間強で菅沼に戻りついた。
ここからバス便のある丸沼高原スキー場歩くつもりだったが、途中で登山者の方の車に拾われ、スキー場まで乗せていただいて助かった。ここから鎌田乗り換えで沼田までバスに揺られ(運賃2440円)ているうちに頭が痛くなってきた。高度差が激しいので頭がパニックになっているに相違ない。そういえば2530m日帰りの蓼科山の時も頭が痛くなったなと思い出す。痛みに耐えながら上越線・八高線で帰宅した。