15 男体山 (Burning MIX)

1994/08/04 (TUE)

501府中本町・・・546南越谷・・・653春日部・・・824東武日光830=920中宮祠930−1000三合目ー1025四合目ー1045五合目ー1100六合目ー1125七合目ー1200八合目ー1223九合目ー1250山頂(奥ノ宮)1305−1331八合目ー1400七合目ー1422六合目ー1437五合目ー1504四合目ー1520三合目ー1545中宮祠ー1642中禅寺温泉=1727東武日光1750・・・1953浅草

 1994年の夏は猛暑であった。この暑さから逃避したく、かねてから日帰りプランのできていた男体山を実行に移す。早朝に自宅を出て、乗り継ぎ乗り換えで春日部へ、そこから東武快速で日光へ向かう。日光からはバスで中禅寺湖畔の中宮祠登山口へ。

 地図を見ると男体山登山道は相当の急坂であるかに推測される。等高線の密度がすさまじいのだ。まったく急登ひとすじの道で、ひたすら高度を稼ぐ悪路が予想される。しかも途中の観音薙なるところは「ガレていて急坂の連続」と地図に記されている。困難が予想されるがいまさらジタバタしても仕方がない。観念して私は中宮祠に降り立った。

「男体山登拝祭 7月31日ー8月7日 期間中は一般登山者も講員として登拝料1000円を奉納してください 受付は社務所で」という趣旨の文が書かれた看板が目に入った。要は山に登りたくば1000円払えということらしい。登山料の存在は事前にガイドブック等で知っていたがまさか1000円もするとは・・・これで失敗は許されなくなった。(記念品〜お札とミニちょうちんをもらえるし、下山後は社務所の風呂に入れてもらえたから元は取れていると思うが釈然としない)

 歩きはじめるといきなり急な石段。すこし歩いて一合目の遥拝所。ここから本格的な山道に入り、ゼイゼイいいながら斜面を登ると三合目、ここからは曲がりくねった林道を進み、大鳥居のある四合目から再び急な登りの登山道に入る。かなりの急坂。まさに地獄である。淡々と急坂を登り続けると五合目の小屋。暑さに耐えかね水を飲む。速くも残り1リットル。火山性の山なので水場はない。これで下山までもつかどうか不安である。そこからも恐ろしい急坂を手すりにつかまりながら登るといよいよ最悪の難所、観音薙の登りである。

 すごいガレ場の登りである。みちはジグザグをきっているがそれでも最悪の登りが続く。ふりかえると中禅寺湖がよく見え、湖畔の国道を走る車や、湖のボートさえも判別できる。七合目を過ぎると傾斜はいよいよ最高に厳しくなり、地獄以外の何物でもない道が延々と八合目のすこし上まで続く。そこからは低木帯のややましな道となる。やがて火山性の露岩とザレた赤砂の道となり、最後の急坂を登りにかかる。もはや気合である。

 太刀が立つ頂上はやはり人が多かった。南面の展望がすばらしい。中禅寺湖、西ノ湖、戦場ヶ原、湯の湖が一望のもとに見渡せる。遠景に目をやれば奥白根山がひときわ大きく、中禅寺湖を挟んだ向かい側には半月山、社山、果ては皇海山や鋸山十一峰までもが見える。金精峠の向こう側には幾重にも山々が連なり、北面はガスがでていたため女峰山は見えなかったが太郎山が意外に大きかった。奥の院の社務所では「御神水」を一杯100円で売っていた。うまい。

 下山も観音薙などは足の震える下りで厳しかった。疲労がたまっており足取りがおぼつかない。とにかく発狂してしまいそうな下りである。林道に出て三合目で残った水を飲みきり、最後の下りにかかる。下半身に力が入らず一度だけ転んですりむいた肘から流血。中宮祠に戻りついた時は心底助かったと思った。慌ただしくバスに乗り、電車を乗り継いで夜九時過ぎに自宅にたどりついた。半袖シャツで登ったのでかなり日焼けしてしまった。

16・17 尾瀬(至仏山・燧ケ岳へ)

登山記録に戻る

ホームに戻る