1995年10月24日(火)
607五日市=658数馬仲ノ平ー755西原峠ー835笛吹峠ー955浅間峠1010ー1050熊倉山ー1130連行山1140−1212醍醐峠ー1230和田峠ー1305陣馬高原下1310=1400京王八王子
日本徒歩横断ルートの一部であり、奥多摩の静かな山旅が味わえる笹尾根コースをやろうと決めた。授業のない火曜日に五日市線の始発に乗る。朝もやのあきる野を電車は進む。五日市からのバスはすぐ私の貸切となった。檜原村の山奥にバスは分け入り、二ヶ月前に来たはずの数馬仲ノ平で下車。集落を過ぎ、見覚えのある道を西原峠へと進む。さしたる急坂もないまま一時間弱で西原峠着。
ここからは笹尾根を稜線漫歩してゆけば良いと思っていたがそれは甘い考えであった。笛吹峠までは概してくだり気味のほいほいと歩けた。高曇りなので大岳山や御前山がよく見える。しかし笛吹峠からは小さな登下降の連続であり結構長く感じた。息を切らしながら浅間峠着。今日は体調があまりよろしくない。ここで打ち切って上川苔へ下ってしまいたい衝動に駆られたが気を取り直し先に進む。
静かな山道をとぼとぼ行くと、ほどなく熊倉山の登りで、それを越えると大きく下って登り返してまた大きく下ってまたまた登り返して三国山着。南に道志や丹沢の山々が大きく横たわっている。東に目を転ずれば陣馬山からの山稜が連なっており、いい眺めである。次のピークの生藤山は巻き道でパスし、その次のピークの茅丸も巻き道ではしょる。陣馬山頂上の茶店の建物が見える。和田峠までの距離を示す道標の数字がだんだん小さくなり励みになる。少し登り返し連行山に着いた。ここからは急下降をダダダダと下りゆく。途中野生のサルに出くわす。
醍醐丸は巻き道でとばし、高岩山は登り返さねばならずきつかったが、他にはさしたる難所もなく十二時半に和田峠に着いた。ここから高尾山口までは超有名コースであり、子供の頃何度も登っているが次回にすることにし、少し早いが雨が降りそうだし、日本シリーズを自宅で見たいので陣馬高原下に下る。林道を淡々と下り、陣馬高原下で京王八王子行きのバスに乗った。
1995年8月2日(水)
733奥多摩=810陣屋ー930ヌカザス山ー1030三頭山1055ー1200西原峠ー1248数馬ー1331笛吹=五日市
私のバイト先の友人である大田さんと東北の岩手山を登りに行くことになり、その足慣らしにどこか手近なところをやろうという話になり、私がターゲット設定をしたので抜け目なく日本横断コースの一部を入れておいた。奥多摩の南西の雄峰、三頭山である。
軍畑の少し手前で目がさめた。青梅線の退屈な区間を眠って過ごせた。奥多摩発7時33分の小菅行きのバスの乗客は我々を含めて4人だけであった。夏の湖は爽快さがあって良いが人造湖には中禅寺湖のような風情がない。
奥多摩湖南西岸の陣屋から三頭橋を渡り、登山道に入る。あまり歩かれていない(奥多摩湖からの三頭山コースは麦山からのほうがドラム缶橋を渡るせいか主流である)うえに急登なので閉口した。私が前に立ち、ゆっくりめのペースで登ってゆくが夏場なので蒸されることこの上ない。奥多摩周遊道路のバイクの音が聞こえなくなるころにはびっしょり汗をかいていた。どことなく不気味な道だが、標高差50mごとに標示があるのが助かる。ヌカザス山のトラバース道には倒木もあったりして閉口したがなんとかツネ泣き峠にたどりついた。体が熱い。
ここからはオツネノ泣坂というなかなかの急坂をゆく。のぼりきったところで大田さんに前をゆずる。大田さんのペースは初心者離れした速さであるが、なんとかついていくうちに高度標示1500mを過ぎ、少し登ると三頭山頂上である。富士山が頭の部分だけ見えた。
三頭山からは階段状の急坂を下り、立派な避難小屋に感心しつつなおも急坂を下ると笹尾根の快適な道である。ほどなく槙寄山を越え、林の中の西原峠着。暑いのでさっさと数馬に下ることにし、さしたる急下降もなく楽に数馬にたどり着けた。バスの良い便がないので、本数が多くなる笛吹まで桧原街道を下る。ただ体は汗をしぼられ乾ききっており、ジュースの自販機を見つけた時は心底嬉しかった。
笛吹で小一時間待ち、五日市行きのバスの客となる。見下ろす秋川の渓では子供たちが水と戯れている。明るいうちに自宅に戻りつける時刻であった。