2000年4月17日(月)
所要時間:5時間18分、 費用発生:11,301円
604大塚・・・608多摩センター612・・・727小田原751・・・838静岡903=950栗島ー1002谷沢ー1044水見色峠ー1200大山1215ー1347寺島ー1508久能尾1520=1618新静岡1640・・・1731小田原1740・・・1913多摩センター

仕事のほうが容易ならぬ事態となり、休みの日は電源を切って布団に突っ伏すことが多くなった。このままではいかん。いかに仕事あっての人生、仕事あっての私生活と言えど、あまりに情けないと思ったのか、大井川まで5月中にたどりつくぞという目標を掲げ、プランだけはつくっておいたが、実行に移す気にはなれなかった。
だが心のバランスシートはうれしいこと、楽しい事をたくさんして修復しよう、もういちどあの「ハレ気分」を味わいたくてなったのか、休みの日の前の晩によし翌日やろうと決意し、奇跡的に午前五時半の起床に成功し、多摩モノレールで多摩センターへ向かい小田急に乗り眠りこけながらまずは小田原を目指す。
今回は贅沢にも新幹線ご利用である。7時51分発の「こだま」で静岡へ、走り出すとすぐ、トンネルの合間に紺碧の西湘の海が見える。熱海から新丹那トンネルを抜けると三島。雪をかぶった富士山を見ながら、工業地帯に入ったかと思うと新富士。富士川を渡りトンネルを抜け興津川を越え、再びトンネルを抜けると静岡市街。さあ、また来たぞ、海と太陽と自然の国、駿河へ。
奥長島行きのバスは静岡市街をゆっくりと走り、バイパスを横切ってから安倍川を渡る。安倍口団地を過ぎると乗客数はめっきり少なくなり、ついには小生一人になってしまった。足久保川をさかのぼり、前回打ちきった栗島バス停到着。さっそく流れを見ながら歩きはじめる。久しぶりにウグイスの鳴き声を聞いた。
バス道路を奥長島方面にすこし歩くと谷沢で、ここで道標に従い左折し、茶畑の中の林道を進んで行く。ほどなく茶畑から山間部に入り、前方に伐採の跡が見えるとそこに道標があり、「このさき300m大山登り口」とあった。少し歩くと林道が二つに分かれたが、道なりに左を選ぶとすぐに林道の左側に登り口を発見した。ここから急斜面をとりつくとほどなく尾根上に出る。NTT電波塔の立つ大山はまだ遠い。暑くなってきたのでいつものジャンパーを脱ぐ。尾根上に出てからはトラバース気味に進み、あっけなく水見色峠に到着した。あるきだしてから一時間たっていない。まださしたる本気は出していないはずなのに。ニッチマップのコースタイムは参考程度か。
峠から大山までは標高差約500mの急登、しかもはじめのうちはすこし下ってから尾根道のゆるいのぼり。ポンポンと進んで行くと、口長島からの道と合流した。ここから登山道の様相が一変した。要するに急斜面の直登になってしまった。上のほうに赤テープのコースサインがあり、それめがけ足を運ぶ。最後の方はかなり厳しい登りとなり、根比べの様相を呈するも、どうにか大山頂上(986m)にたどりついた。さすがに展望が良い。周辺の山々は当然、静岡市街やその向こうの駿河湾まで見渡せる。北にある雪をかぶった峰峰は南アルプスに相違ない。
電波塔の下で昼食。休むと寒くなってくるので再びジャンパーを羽織る。ここからは長い林道の下り。NTTが管理しているので一般車は進入できないので車の危険はない。こういうときのためにウォークマンを持ってきた。ウイークデーの東海自然歩道なぞ誰も歩かないに決っている。こうして世にも奇妙な一人カラオケ大会が始まった。好みの音楽を聴きつつハイになりながら歌い、ゆるい坂道をずんずん下る。林道は大きく蛇行を繰り返すがそのぶん傾斜がゆるく、快調に飛ばせる。山桜もまだ何本か咲いており良い雰囲気で下り、64分テープ1本を聞き終える頃ワサビ田を過ぎ、一色の集落に入った。茶畑の中を下り、坂本の集落に入ると左側にあずまやのある公園が見え、そこから橋をわたり、さらに下って行くと寺島のバス停。
今日の予定は久能尾までなのでなおもバス道を南下するとほどなく藁科川を吊橋で渡り、対岸の茶畑の中を登り、林道のどん詰まりから登山道に入る。ここのは傾斜はそれほどでもない。すぐに尾根上にでて、送電線沿いをトラバース気味に進み行く。時折「山の上の」茶畑をかすめる。しばらく進むと左折の道標があり、ここからは久能尾へ向けての急下降。墓地の上部を通り過ぎ、斜面をくだりきると食料品店の前に降り立つ。目の前に笹間方面・千頭方面の県道分岐の標識がある。久能尾到着である。
まだ三時過ぎと早いが、このつぎのバス停は3時間以上も車道を歩いた先の蔵田であり、そこの藤枝行きの終バスは16時43分と絶対間に合わないので本日はこれにて終了とする。食料品店の自販機でジュースを飲んでいるうちに静岡行きのバスがやってきた。終わりが早いと帰りも早い。大塚の自宅に戻ったのは午後八時ごろであった。次回は最大のヤマ場、大井川到達編になるのか。