それは突然嵐のように。
「今ちゃん、今日行くからな」「へ?」
「だから、キャバクラ」
私の仕事上の関係者でリンク友達の負け犬さんから、キャバクラ行きを誘われた。何事もチャレンジをモットーとする私としては、断る理由もなく、また仕事方面で最近いろいろあって、ハッキョー寸前に追いこまれていることもあり、そういう所へ行けば、視野も、ものの考え方も少しは変わるのではないかということを考え、夜9時に八王子某所で待ち合わせとなった。
夜9時、負け犬さんが店の女の人と一緒に現れた。「今ちゃん、メシ食った?」「・・・・いえ」
さっきまで仕事をしていてはねた所、夕食は飲みながら食えばいいと考えていたが、この考えは甘かったとあとで思い知る事になる。そのまま負け犬さんのあとについていって、歓楽街にあるビルの、エレベーターに乗ってしまった・・・・
エレベーターを4階で降り、「クレセント」という店に入る。目の前に広がったのは、薄暗いちょっと大人の雰囲気のする飲み屋さんかな、と思った。店内中ほどのソファに負け犬さんと座る。
「いらっしゃいませー」背中のあいた黒いワンピースを着たおねいさんが現れた。茶髪ショートの若い子だが、あまり社長のタイプではなかった。こういうところに来たことのない社長はびびりまくり。「もっとリラックスして下さいよー」といっても、何を話したものか。ううむ。名刺を渡された。表には店名の脇に手書きで「ミナ」と書かれていて、裏には携帯の番号とメールアドレスが書いてあった。
20分くらいとりとめのない話が続くと、ミナさんが切り出した。
「もうちょっとここにいても、いいですか・・・・」「あ、いいですよー」
なんの気なしに言った一言で「場内指名」が入り(良く分からないシステムだ)2000円追加された。その後もシャイな社長はミナさんとボソボソと話す。「やだー、敬語使わないでくださいよー」 負け犬さんはさっき「同伴」で入って来た女の人と肩を抱いて楽しくやっているのに。
「趣味は?」「うーん、登山ですねえ」「他には?」
「音楽鑑賞ですね、クラシックとかも良く聴きますよ。良く聴くのはイタリアバロックのコレルリやヴィヴァルディですねえ、やはりイタリアバロックには素朴な中にも調和がとれていて・・・・」(おい。カッコつけてるぞ、社長)
いかんいかん。普通の話題にせねば。「あー、いわゆるヒットチャート系の音楽は、宇多田ヒカルとか、倉木麻衣とかも聴きますよー」(まさか林原めぐみとかKOTOKOさんとかは言えまい・・・・)
「休みの日とかはふだん何をされているんですか?」「うーん、山に行ってなければ料理ですねえ。」
「どんな料理が得意なんですか?」「うーん、ビーフストロガノフかな」
「それって、ハッシュドビーフみたいなもの?」「うんそう、玉葱を焦がさないように20分炒めるのが難しいんですよ」
無意識のうちに身構えているのか、素の自分ではなかなか話せませんな。
10時になり、負け犬さんと待ち合わせしていたのか、所沢支店の東さんと研修に来ていた新潟支店の柏森さんが合流して、4人のサラリーマンに4人のキャバ嬢がつくという展開になった。東さんと柏森さんのキャバ嬢は一定の時間ごとに変わって行くが、私はさっき「場内指名」を入れてしまったので、ミナさんと話すしかない。
「ちょっと何か飲んでいいですか」とミナさんが言う。「うんいいよ」というと彼女のもとにグラスに入った液体(たぶんウーロン茶か)が出てくる。これで1000円追加なのだからすごい商売だ。
腹が空いたのでメニューを見たが、私はこれを見てオイオイと思った。シューマイが5個で3500円。フルーツ盛り合わせが(小)で5000円、他にもゾ、ゾ、ゾォーとするようなプライスライン。まじかよ!このプライス設定で荒利をどのくらい取っているのかと思う。私は食事をしてこなかった事を悔いた。
目の前には焼酎とブランデーのボトルが置かれ、これは飲み放題らしい。私はふだんはブランデーを飲むのでブランデーの水割りにしてもらった。足りなくなるとミナさんが氷や水やブランデーを注ぎ足して作ってくれる。空き腹なので酔いが回ってきた。東さんもこういう所、慣れているらしく、女の子と談笑している。柏森さんは酒ばかり飲んでいる。
酔ってくるうちに話も回り出した、が、まともな話しかできない。
「今ちゃんは、愛のないセックスはしないんだよね〜」などと負け犬さんがそっち方面へ話を持って行っても、すぐに修正する。酔ってはいるがなぜか歴史の話をする。
「関ヶ原の戦いが1600年に起こりましてね」「・・・・ええ」
「秀吉が死んでから天下をとりつつあったのが家康でしてね。それに待ったをかけたのが石田三成なんですよ。石田さんは豊臣方の武将たちといっしょに兵を挙げて、家康軍と岐阜県の西のほう、関ヶ原で戦ったんですよ」「・・・・はい」
「家康さんは頭のいい人でして、戦う前に石田方の有力な大名、小早川秀秋に、戦いの最中に寝返ってくれと密約をしていたんですよ。でも戦いが始まってからも小早川さんはどっちにつこうか迷って、戦場から少し離れた山の中で日和見をしていたんですよ」「・・・・・そうなんですか」
「なかなか寝返らない小早川さんにしびれをきらした家康さんは、小早川さんの陣地に鉄砲を撃ったんですよ、てめえ裏切るハズだろう、オレに逆らうとどうなるか分かってるんだろうなって」「・・・はい」
「それでびびった小早川さんはあわてて徳川方につく決心をして、裏切って石田方の陣地をおそって、これが勝敗の決め手になって、家康さんが勝って、江戸幕府を開いたわけですね。もしあの時、小早川さんが裏切らなかったら、徳川さんは勝てなくて、江戸時代は来なかったかもしれませんよ」「・・・・・へぇ」
「でもこういう話は現代にも通じますよ、裏切りと脅し、これでものごとは動いちゃうんですよ」「・・・・・・」
なんという話の持っていきかただ。回りをみると三者三様、負け犬さんは「延長ね〜」なぞといいつつ同伴の子と楽しく話している。東さんも飲みながら楽しく話し。飲みまくった柏森さんはつぶれてしまった。
水割りばかり飲んで酔いが回ったので社長の十八番が出た。
「うれしい歌 悲しい歌 たくさん聞いた中で 忘れられぬ ひとつの歌 それは仕事の歌、ヘイッ!この若者よ〜 ヘイッ!前と進め さあ みんな前へ 進ーめー」
「何の歌ですか?」「うん、ロシヤ民謡の日本語訳」 キャバクラで仕事の歌を歌う社長。
けっきょく、1時過ぎまでいて、3万円払って店を後にした。「また来て下さいね〜」とミナさん。
帰りのタクシーの中で押し寄せる後悔の念。水割り3杯で3万円・・・・まじかよ。費用対効果が悪すぎる。帰ってから経理部長に何て言い訳したものか・・・・うううう。まあ、社会勉強をしたということで割りきろう。こういうところへ行きつづけたら破産するから、今回限りにしようと思った。が、酔っていたときに私のケータイの番号を教えた気がしないでもない、「営業」の電話がかかってきたらどうしよ。