1994年7月25ー26日(月・火)
615高尾ー744甲府750=905夜叉神峠登山口ー1005夜叉神峠ー1115杖立峠ー1300苺平ー1330南御室小屋1350ー1500薬師岳小屋(泊)530−600観音岳ー700アカヌケ沢の頭ー720地蔵岳ー800鳳凰小屋ー900燕頭山ー1020西の平ー1052御座石鉱泉=穴山
夏になり、かねてから行きたかった南アルプスに行くことに決めた。南アルプスの山歩きは鳳凰三山からはじめよとよくいわれるのでそれに素直に従い、鳳凰山に行くことにした。京王線の始発で出かけ、高尾からいつもの青い列車に乗り込み、スポーツ紙を隅から隅まで目を通して時間をつぶす。塩山からは甲府への通勤通学客で車内がいっぱいになる。7時44分、甲府着。広河原行きのバスに乗りこむ。甲府盆地の中をしばらく走ったのち曲がりくねった山道に入る。芦安温泉を過ぎるといよいよバスは峻険なる谷の登りにかかり、エンジンが一層うなりをあげる。九時過ぎに夜叉神峠登山口に着いた。「山を甘く見るな!」という警告の看板がある。
先が長いのでそろりそろりと歩き、ほどなく峠に着いた。白根三山がよく見える。少し下ってからゆるいが、長い長い登りが続きいささかうんざりする。道は鬱蒼とした樹林帯の中、尾根のやや西側を巻いている。足取りが重くなりやっとのことで杖立峠に着く。まだまだ先は長い。消耗戦であり、長い行程に耐えうる体力が必要であるが当方はそんなものは持ち合わせていない。なおも登りは続く。南アルプスのふところの深さを実感する。まるで貴ノ浪のようである。攻めても攻めても勝てそうにないのだ。
しばらくすると樹林帯が低木に変わるがこれは高度のせいではなくただの山火事の焼け跡である。石がゴロゴロして歩きにくく、日はカアッと照りつけ汗がしたたる。四十分ばかり焼け跡を歩くと再び樹林帯に入り、ここで昼食にする。その後一歩一歩歩みをすすめると甘利山からの道を合わせ、苺平に着いた。ここからは辻山の北を行くトラバース道である。日陰の道なので歩きやすい、ゆるい下りに転じ、ほどなく南御室小屋に到着した。牧歌的な雰囲気のする小屋で、水が豊富に涌き出ている。ごくごく飲む。まさに南アルプス天然水である。本日の宿泊予定地、薬師岳小屋まではあとコースタイムにして1時間20分。
小屋の裏手からいきなり急登。かかる急坂を苦もなく登る極意はないものかと思ったりする。しかし極意などというものは血と汗で会得するものだということがどこかの小説に書いてあったななどと思い出しつつ、ひたすら登り、樹林の間から砂払岳がちらほら見え、なおも登ると突如として樹林帯が切れて高山帯の道に入る。いきなりアルペンになってしまった。岩と岩の間には白砂が敷き詰められ、片隅には高山植物が可憐に咲いている。そしてハイマツが地面に絡み付くようにして茂っている。ハイマツと白砂と巨岩。まさに巨大日本庭園であり、自然の芸術の集大成である。ついにここまで来たかと感激する。巨岩の間をぬって登り砂払岳にたどり着いた。眼前の薬師岳が大きくそびえている。少し下ると薬師岳小屋の発電機の音が聞こえ、小屋にたどり着いた。
薬師岳小屋はプレハブとログハウスのウッディな造りが結合したかの感がする小屋であった。宿泊料は二食付きで6000円。寝室は限られたスペースを効率よく活用するため、半二層式であった。夕食は和食で、おかずの種類は意外に多く、メニューは御飯、味噌汁(具はふとワカメ)春雨とワカメの酢の物、肉じゃが、小魚の煮物、鳥の唐揚げであった。食後、夜の薬師岳に登って見る。白砂の斜面を五分も登ると頂上である。稜線が観音岳の方に続いている。甲府方面のの夜景がすばらしい。
小屋に戻り、翌朝の混雑を回避するため今のうちにトイレに入る。ここのトイレは大穴を掘ってその上と廻りをトタンで囲って、穴の上に数本の丸太と板を渡しただけのスリリングなトイレである。隙間だらけのため臭いはあまりしない。寝室に戻り眠ろうと思ったが布団は3人で2つ。枕はちゃちな旅行用空気枕(これはいただけない!)、ろくに眠れぬまま朝になってしまった。寝不足の上、高山という事もあり体調はあまりよろしくない。「二番絞り」の力ではバテるのが相場である。短期決戦のつもりで小屋を出る。
下界は雲海、我、天上を行く・・・・薬師岳を過ぎ、白砂の稜線を観音岳に向かう。来し方を望むと富士山が実に美しく聳え立ち、北側の甲府方面はまったくの雲海である。その上に八ヶ岳と茅が岳、奥秩父連峰、浅間山が選ばれし者のようにぽっかりと雲海を突き抜け姿を見せている。南側は野呂川の絶壁を隔てた向こう側に白根三山がよく見える。とくに北岳が雄大である。西側は観音、地蔵の先に早川尾根、甲斐駒が見える。最上級の絶景に見とれつつ歩みを進め、最高峰の観音岳に着いた。
ここからは白砂と岩稜の急な下りをへて鞍部からアカヌケ沢の頭への急な登り返し。これが非常に苦しかった。寝不足でもはやフラフラの体である。アカヌケ沢の頭から少し下って地蔵が林立する賽の河原に着く。そこから地蔵岳のオベリスクの基部まで登ってみる。上まではとても無理であるが。
鳳凰三山を踏破し、あとは下るのみ、賽の河原から鳳凰小屋めがけて白砂のザレ場の急斜面をズザザザと下り、ほどなく樹林帯に入り、沢に水が見えてくると鳳凰小屋である。小屋の主人に下山ルートの事を聞く。青木鉱泉に下るドンドコ沢コースより御座石鉱泉に下る尾根ルートの方が楽で、マイクロバスの便も確実との事。それに従い御座石鉱泉へ下ることにしたが、フラフラの身にはどこを歩いてもきつかった。
すぐに尾根北側のトラバース道となる。木の桟道がいくつもあり緊張する。疲労がその極みに達しているせいもあり相当厳しかった。歩きとおして燕頭山。まだ御座石鉱泉までは二時間以上の行程、急な下りを続けていくと下のほうでガサガサッという音がした。すわ、野生動物か。白い大きなモノが見えた。多分カモシカではなかろうか。
「ギャギャギャー」という鳴き声をそのカモシカらしき動物はあげつつ去っていった。突然の遭遇に当方はびっくりした。それからは野生動物に出会わぬよう、歌を歌いながら下ることにした。狂ったように数々の歌を熱唱し、口が疲れる頃、どこまで続くんだこの野郎と思わせた道も高山の雰囲気が薄れ、西の平に着いた。あと40分。もはやフラフラで目はうつろである。しかしこれで南アルプスの「入門コース」である。白根三山登頂は覚束ないなと思う。
尾根を外れ急坂を下る。途中サルの群れに出くわす。なおも下りつづけると眼下に御座石鉱泉の建物が見えた。やっと終わった…
御座石鉱泉の湯で疲れを流す。湯は乳白色で黒い鉱石片が浮いておりいかにも効能がありそうであった。休憩料と穴山駅までの運び料で4000円であった。下山駅の穴山は無人駅であった。乗車駅発行証を取って乗る。甲府駅の売店で珍しく土産物を買い込んだ。よく自分でもかかる山に登って五体満足で帰ってこれたものだと思う。夕餉時には自宅に帰れる時刻であった。