YAMAMIX CLIMAX 2006 FINAL
98 幌尻岳 2052m
2006年7月31日・8月1日(月・火) 所要時間14時間24分 費用発生:96,000円
ついにこの日がやってきた。少年時代から、いつか登りたいと思ってきたあの幌尻岳、お金がかかりまくる上にヒグマが出るかもしれないという恐怖、そして幾度もの渡渉を要するという難コース、こんな山に行くくらいなら中央本線沿線にもっと素敵な山はいくらでもある・・・これは正常な考え方である。しかし、日本百名山踏破というおろかな行いが大詰めを迎え、北海道の百名山もこの山のほかにはすべてやってしまったのでもうこの山を先送りできなくなってしまったし、お金の問題は「カイシャインのいまなら10万くらい出してもさほど痛くない、むしろ将来のほうが見えない」的な発想に
なってしまい、ついに実施となってしまった。
7/30:909高幡不動・・・新宿・・・神田・・・浜松町・・・1020羽田空港1115***1305新千歳空港1340=1420苫小牧1440=平取(ビジネスホテルびらとり 泊)
今回は夏休みの4連休を利用したので余裕のある日程である。7月30日日曜日の朝、シュラフにテントを詰めたいつもより重いザックを背負い羽田へ向かった。ここ数回のパターンで新宿・神田・浜松町と乗り継ぎ乗り換えて羽田空港へ、そして羽田発11時15分のスカイマークで新千歳へ向かった。7月だけで4回目の北海道行きなのでもう飛行機移動に慣れてしまっている。ほどなくランディング。空港構内のドラッグストアで二日分の食料として菓子パン12個とドリンクを買い込み、13時40分発の苫小牧行きバスに乗る。バスはほどなく北海道らしいだだっ広い平原に入りしばらくすると苫小牧の市街地に入り、14時過ぎに苫小牧駅に到着した。
次に乗るのは14時40分発の日高町行き長距離バス「ひだか号」である。苫小牧の市街地を抜けるとのどかで広々とした勇払原野のあたりを走り、富川から内陸部に入って16時過ぎに平取バス停に到着。予約しておいた「ビジネスホテルびらとり」に投宿。日曜日なので多くの商店が店を閉めていたが、ローソンがあったので食料とビールを買い足すことが出来た。そのあと地方都市によくある寿司屋と天ぷら屋とうなぎ屋が兼業の店で夕食。上天ぷら定食(1300円)を注文したが、天ぷらの中に嫌いな春菊が入っていた。一気に嚥下したがどうもツイてない予感がする。
ホテルに戻りナイター中継で巨人の負けっぷりを見ながらキムチとポテトサラダを肴にビールを飲み、九時過ぎに就寝。翌朝四時過ぎに起床、予約したタクシーは5時に来る。いよいよ史上最大の決戦だ。少しばかりの胸の高鳴りと、多くのいやだなぁという思いを抱いて私はホテルを出た。
7/31: 500平取=615林道仮ゲート620−650林道ゲート(奥幌尻橋)−754取水口−814渡渉開始−940幌尻山荘1004−1114命の水分岐−1257幌尻岳1327−1450命の水分岐1506−1606幌尻山荘(テント泊)
タクシーは平取から日高町方面へ国道を快走する。二風谷を過ぎて振内の街に入り、豊糠方面の道に入って低い峠を越え、なお山奥深く分け入って、ほどなくダートの林道に入る。運転手の言によればこんな道が25キロも続くとのこと。タクシーは森の中の林道をガタガタとひたすら奥へ奥へ進み、6時15分、仮ゲート(数年前の災害の後、一般車の入れるゲートが従来より2.5km手前となった)に到着した。タクシー代は16,500円だった。一週間前のトムラウシのときと並ぶバカ出費である。
今回はシュラフとテントの入った重いザックのほかに、菓子パン12個と500mlペット3本の入ったビジネスバッグを肩からぶら下げる重装備?である。ひとつにまとめられなかったのは額平川の渡渉対応で登山靴をザックの中に格納せねばならなかったためである。ビジネスバッグ肩がけにしたのは、仕事で数年使い苦楽を共にしたバッグを持っていけばこの山行もうまくいくかもしれない、といったセンチメンタルな気持ちがあったからかもしれない。山奥の林道をひとりとぼとぼと歩く。額平川の谷を高巻きながらの単調な林道歩き。30分ほど歩くと奥幌尻橋を渡り、03年までの登山口だった林道ゲートを通過する。しかしここからも単調な林道歩きを強いられた。荷物も重く今回は先が長いのでスピードをセーブして歩いた。
森の中の林道を林道ゲートから5キロ強、時間にして一時間強歩き、ようやく取水口に到着。ここから山道に入る。しばらくは山肌の高巻き道を進む。谷の斜面につけられた道で、道幅が狭いので歩きづらい。一箇所川沿いの岩をヨコバイ状にトラバースする箇所があり、ここではビジネスバッグを前方に放り投げてから進み、あとで回収するという手を使わねばならなかった。取水口から20分ほどで渡渉開始地点に到着。川の流れをはさんで対岸に赤テープのコースサインが。要するにこの川を渡れということなのである。きのう平取で聞いた話によればここ数日まとまった雨が降っていないので水位は下がっているとのことだったが、それでもヒザが濡れるくらいの深さ。いちばんつらいのは水の冷たさ。10秒も水の中にいると足が痛さを感じてくる。
ほどなく右岸へ渡り返す2回目の渡渉、そのあとは右岸沿いにつけられた歩きにくい細い道をかなり歩かされる。そのあとは渡渉の連続、蛇行する川のまにまに右左と渡る。ストックを川面にさして深さを見ながら進む。川の流れをよく見て、@流れの速くないところ、Aなるべく浅いところ、B川底が一枚石ではなく小さい石でできているところを狙って歩くようにしたが、渡渉ポイントによってはそんなによい条件がそろっている所もなく、あやうくこけそうになるシーンやうわこんな水の勢いかよと思うところもあった。苦しさのあまり私は思わずつぶやいた。
マリア。
3回目の渡渉からは川沿いのコースサインに従い断続的に渡渉が現れ、当方もその対応に手一杯となった。さすがに10回を越えると水の冷たさはもう慣れちゃいましたよとなったが、それでも痛いものは痛い。コケないコツはよく考えて足を運ぶことと急がないことだと思う。今回の山行にあたって、沢登りは普通の運動靴で対応した。ほんらいなら渓流シューズや地下足袋を使うべきなのかもしれないがこのためだけに購入するのはためらわれた。さて、渡渉開始から一時間余、渡渉回数18回(復路にカウントしたときは23回だった、往路と復路でコース取りが違ったのかカウント忘れがあったか)を数えるころ、右前方にこげ茶色の幌尻山荘の建物が見えた。
管理人にテント泊を申し込み1000円を徴収される。この幌尻山荘は2年前から完全予約制になっており、1ヶ月前の予約開始と同時にいっぱいになる人気の?山小屋である。この山に登るには超人的な健脚の人でないかぎりこの小屋に泊まらざるを得ないから、おそらく登山ツアーの会社がサッと押さえているのであろう。一人なので予約制を「知りませんでした」と言って予約なしで現地で交渉(山小屋なので追い返しはしないだろう)、ということも考えたが嘘をつくのもどうか、悪法といえどもルールはルールなので、やむを得ずこのためだけに石井スポーツでテント(16,000円)を買い持ってきた。テント泊も予約が必要かどうかは定かでない。とりあえず登山靴に履き替え菓子パン2個の行動食。
さて、荷物の大半をデポし、アタックザックに菓子パン4つと500mlペット3本を入れて登りに挑む。ヒグマの出現を危惧していたが、幌尻山荘管理人の言によれば「皆に同じことを聞かれます、いることは確かですが見た人はほとんどいませんから心配いらないでしょう」との事。北海道らしいうっそうとした原生林の中の登りだが道そのものは歩きやすく、一時間ちょっとで命の水分岐に着いた。命の水は登山道を少し外れたところにあるので、余計な体力を使いたくないので立ち寄らず進む。ここからかなりの急登。岩や木の根にすがりながらどんどーんと高度をあげてゆく。
左側に戸蔦別岳のピラミッドが見えてきて、ほどなく北カール縁の稜線に出る。カールをはさんで屏風のような幌尻岳頂上部が見えた。黒部五郎と似たような感じである。そこからはカール縁ぞいにじりじりと高度を上げてゆく道である。いよいよ長年の念願であった幌尻岳山頂が目の前、手の届くところまで見えてきた。このあたりまでくると胸の高ぶりは筆舌につくしがたいものがある。一箇所ロックガーデン状のところをあせらず通過。なお稜線上を高度をあげていって、新冠コース分岐を通過。右前方に新冠湖が見えるがあとは四方すべて山。ここまで山奥深い景観は北アルプス黒岳くらいしか思い当たらない。さていよいよあと10分。
さいごの緩い斜面を登り、7月31日12時57分、私はついに幌尻岳の山頂にたどり着いた。ついに、ついにやったぞとの思いがこみあげてきた。登山をはじめて15年、ここまで来れる日がようやく・・・昨年の光岳同様涙がにじんできた。ガスが出てきたので景観はあまりなく眼下の東カールや神威岳方面の稜線が望める程度。感動に15分ほど浸ってから菓子パン2つの行動食。帰りは大阪から来た4人パーティーとつかず離れずの下りとなった。稜線を適当に下り、ロックガーデンを過ぎて命の水手前の下りでは4本の手足をうまく使って通過。ガスの中の下りとなったので往路とは違う趣きがあった。
幌尻山頂で、夢がかなった瞬間
命の泉まで下れば勝ったも同然。あとは一時間ばかし変哲のないくだり道を歩けばよかった。四時ごろ幌尻山荘に帰着。さっそくテントの設営にかかる。自宅で1回リハーサルをやったが初めて設営するので取扱説明書を見ながらの設営となった。ポールを立ててインナーテントを張ってフライシートを張ってどうにか設営できた。小屋前の広場は数十人の登山者の集団がビールを飲みながら夕食という大盛況。大阪から来た4人パーティーの方と談笑。ラーメンをご馳走になった。そして夜になりテントへ。中高年の登山者何人かが「この中で寝るの?」「広そうで良いね〜」などと言ってくれたが現実はそう甘いものでなかった。
六時半ころ眠りについたが目が覚めたのが八時半、眠れない。眠気を催す頭痛薬を飲み、十一時から二時まではまどろめたがそこから先はどうにもならなかった。午前三時、早暁出発組で小屋周辺がバタバタしだし、四時過ぎに夜が明けたが寒いし、悪寒がする。おまけに下痢症状がでてきて30分に1回のペースでトイレに行く始末。幌尻登頂で気が緩んだか、テント泊で体が冷えてしまったか、2年前の黒部五郎同様体調を崩してしまった。なんてこったい。寒気がして奥歯ががちがちと震える。とりあえず震える手でテントを撤収。大阪から来た4人パーティーの方に熱いコーヒーを頂いて本当に助かった。食欲がないので菓子パンが1個しか食べられなかった。
8月1日:716幌尻山荘−842渡渉終了850−910取水口−1043奥幌尻橋1120−1154仮ゲート1420=1520振内1535=1615平取(ビジネスホテルびらとり泊)
体調は悪いが動けなくなる前に山を下りないといけない。運動靴に履きかえ重いザックを担ぎ渡渉を始める。今回は勝手を知っていたせいか往路のときほど難儀しなかったが、体調が悪いので必死だった。21回目まで回数をカウントした後右岸沿いの歩きにくい道を進んだ後、2回渡渉があってようやく渡渉終了地点。ひといきついてから右岸の高巻き道を進み、岩沿いのトラバース地点をクリアして、9時過ぎに取水口までもどってきた。ここからは仮ゲートまで8キロ余の林道歩きで、ふだんならMDウォークマンでも聞きながらあっという間なのだが今回はMDウォークマンを持ってきていないし(ヒグマ対策上音楽に没頭しながら歩くわけには行かない)体調がそうとう悪い。
最後の力をふりしぼっての林道歩き。往路では登り気味だったので緩いくだりだろうと思っていたが高巻きの関係上ところどころ緩いのぼり返しがあってつらかった。たまらず9時46分、荷物を置いて休憩。仰向けに寝転んで20分休む。やはりものごとを最後まできちんとやり通すということは登山に限らず難しい。よろよろふらふらと歩きを再開し、だんだん道がきりたったがけ沿いになってきて、奥幌尻橋の林道ゲートまで戻ってきた。ここまできたらあと2.5kmの林道歩き、男だったらそのくらい耐えられるなと思うが、苦しいしタクシーの約束時刻までは間があるのでここでも40分ほど横になって休んだ。
最後の2,5kmは憤怒の形相で歩いた。足よあと30分だけ動いてくれ、そう思いながら前進した。仮ゲートのチェーンを目にしたときは嬉しかった。たまらずその場に倒れこむ。暑い中2時間ほどゴロゴロして過ごした。林道ゲートは自販機も何もないところなのでただじっとしているしかない。2時20分ころ迎えのタクシーが現れた。フラフラの状態で一昨日通った道を振内まで運ばれる。タクシー代は10,050円であった。振内に着きまっさきに自販機に駆け、アミノサプリの500mlペットを一気飲みする。今日のこの後の予定は日高町・占冠経由で札幌に出て北海道百名山全踏破を祝ってひとり大宴会を予定していたが、とにかく早く横になって休みたかったので一昨日泊まったビジネスホテルびらとりに電話をかけ、空室を確認してから15時35分発の富川行きのバスに乗って16時過ぎに平取到着。ホテルに駆け込み布団にばたっとぶっ倒れる、身体が熱い・・・
ひといきついたあとふらつく足で市街地にある薬局へ行き解熱薬とセイロガンと体温計を買う。熱を測ってみると38.2度。これはいかん。かくして北海道最後の夜は何も食えず布団の中でもだえ苦しむ羽目になった。
8月2日 平取820=900鵡川920・・・950苫小牧1007・・・1027南千歳1043・・・1046新千歳空港1215***1345羽田空港1432・・・1449浜松町・・・神田・・・新宿1510・・・1540高幡不動
朝六時過ぎ、どこからかラジオ体操のテーマが聞こえたので目が覚める。とりあえず14時間横になったのと薬の効果で熱は下がった。平取発8時20分のバスで鵡川に出て、鵡川発9時20分の日高本線ディーゼルカーで苫小牧に出て、南千歳乗り継ぎを経て11時少し前に新千歳空港へ戻ってきた。スカイマークのカウンターで航空券を買い、食欲はないが北海道に足を踏み入れることは当分ないので待ち時間を利用してサッポロラーメンを口に運んだ。みそラーメンのスープが疲れた胃にしみる。7月だけで4回北海道へ行ったが、ジンギスカンが食えなかったのが唯一の心残りだ。
新千歳発12時15分のスカイマークで羽田へ戻りにかかる。後半のアクシデントに伴うバタバタはともかく、これで最大の難関をクリアし、北海道の9座をすべて退治し、百名山登頂数は98座となり、これでいよいよ残るは北アルプス薬師岳と山形県の朝日岳の2座となった。