YAMAMIX CLIMAX 2006 さいはて紀行

94 斜里岳 1547m

2006年7月10日(月)  所要時間6時間50分 費用発生:102,500円(95羅臼岳込み)

前夜1815八王子・・・新宿・・・神田・・・浜松町・・・1950羽田空港2030***2230新千歳空港2250・・・2255南千歳2351・・・550釧路559・・・817清里町820=840清岳荘843−934下二股−1100上二股−1125馬の背1133−1150斜里岳1152−1205馬の背−1245上二股−1330熊見峠1340−1444下二股1450−1533清岳荘1550=1610清里町1613・・・1628知床斜里1715=1805ウトロ温泉1810=1830岩尾別温泉(木下小屋泊)

百名山踏破への道は遠い。しかし利尻大雪を登っていい気になってしまったのか、その次の週にはもう知床やるぞと意気込み航空券を手配してしまったのだから自分でもあきれる。百名山という華麗なゲームが佳境にさしかかり、ラスベガスのスロットマシーンに見境なくコインをつぎこむギャンブラーのようである。職場の方々はあきれ返り、連休とっていっぺんに行ってきたほうが安く上がるのにと言うが、長期連続登山は体力的にきついのと前回お話した社内世間体的な理由もあって、北海道といえども1泊2日で処理せざるをえない。まあ、本音はヒグマが出る恐れのある知床は勢いでやるしかないという思いもあった。

さて、前回と同じような書き出しで恐縮だが、日曜の夜18時過ぎに会社を抜け出して、18時15分発の「ホリデー快速ビューやまなし」で新宿へ向かう。外は雨、私の心もはっきり言って陰鬱である。いくら百名山踏破のためとはいえ、行きたくもない山に10万もつぎ込むとは正気の沙汰ではない。今回のターゲットは斜里岳と羅臼岳であるが、北海道らしさといった原始性や奥深さや神秘さといった魅力はあるのだろうが、標高は丹沢程度なので、正直魅力はあまり感じない。でもこんな機会でもなければ知床なぞ行かないだろう。新宿で中央線、神田で山手線、浜松町でモノレールと乗り継ぎ乗換えが続いて羽田空港に20時すこし前に到着。

20時30分発のJALで新千歳へ飛ぶ。外の見えない飛行機はつまらない。一週間前はスカイマークの安売り航空券で安く上げたが、今回はそれより1万円も高いJALである。といっても違いは機内誌、ドリンクサービスの有無とと音楽が聞けるかどうかの違い。天候があまりよくないせいか、すこし遅れて22時半すこし前、雨の新千歳にランディング。さすがに肌寒さを感じる。JRに乗り継ぎ南千歳まではすぐである。ここで釧路行きの夜行特急「まりも」を小一時間待つ。

忙しいスケジュールの中の待ち時間、夕食でもと思ったが、南千歳の駅前にはコンビニの一軒も見当たらない。どこかにあるとは思うのだが雨に濡れたくない。リュックの中には例のごとく菓子パンがあるのだが行動に差し支えるのでまだ手をつけたくない。幸か不幸か駅構内に冷凍食品の自販機(メニューを選ぶと自動的に加熱調理してくれるやつ)があったので、焼きそば、フライドチキンとポテト、チャーハンおにぎりと唐揚げのセットを立て続けに注文。(一皿あたりの量が微妙にすくないし、腹もすいていたのだ)なんで北海道に来てまでこんなものを食べねばならぬのかとも思う。

「まりも」の車内でひと眠りして、6時まえに釧路に到着。前年と違い釧網本線の接続が9分と良過ぎるので食料調達できなかった。5時59分の網走行き、一両だけのディーゼルカーに乗る。またまどろんでしまったので釧路湿原を見ることはできなかった。目が覚めたら川湯温泉。列車は森の中を北へ向かい進んでいって、国境の短いトンネルを抜けてオホーツク海側に出るとたちまち空が晴れてきた。緑、札弦と過ぎて、清里町には8時18分に到着。ここからのタクシーはきのう出発前に予約しておいた。車は麓の農地をすっ飛ばし、ほどなく山の中へ入り、ダートの林道をガガガガと勢いよく進みほどなく清岳荘に着いた。タクシー代は四千円弱。

登山届けを書き、今シーズンヒグマの出没情報がないのに安堵してから歩き始める。すぐに林道に出て、十分ほど歩いて林道の突き当りから沢沿いの道となる。下二股まででも飛び石伝いに沢を渡るところは5−6回あった。ペンキマークをきちんと見ていけば問題ないのだが、足任せに進める道でないのがもどかしい。40分ほどで下二股に到着。新道で熊見峠経由で登ることも念頭をかすめたが、オーソドックスに行こうと考え、往路は沢沿いの旧道をとることにしたが、この道には苦戦した。斜度がきついのは承知していたが、登山ルートは連続して現れる滝や渓流のまにまにつけられていて、満足なスタンスがとれないところもあって緊張した。

振り返れば斜里あたりの耕地や青いオホーツク海が望めるいい道なのだが、登るほうはこれで本当に一般コースですかというようなキツさ。私が岩とか沢とかを得意としないこともあるとは思うが。チェスの手を考えるように頭で動きをシミュレートしてから実際に手足をうごかすので、長考?したり、ハテどうしましょうかと固まったりしながら登る。それでもこの難コースに対応し、上のほうにある七重の滝、霊華の滝のあたりでは滝の流れを見る余裕もあった。そのあと沢の水量も斜度もましになって、コースタイムどおり一時間半かかって上二股。このあとすぐに沢の流れは消えて、それなりの傾斜の道を進むと馬の背直下のザレ気味の登り。少しだけ雪が残っていた。

11時半ころ馬の背に到着。ここまでくれば頂上は近いのでアンパンとジャムパンの行動食。風が少し出てきたのでジャンパーをはおって、斜里岳ピークへの登り。眼前の斜面をひと登りして、右手に小さな石祠を見て、大パーティーとすれちがって身体をちゃっかり休めそのあと岩がかった登りを過ぎて、ややザレた急な登りを経て、あっさりと斜里岳頂上に到達した。登頂のポーズ、決めっ!風が強く、霧もあって頂上からの眺望はない。寒いので写真だけ撮って早々に引き返し、13分で馬の背へ戻ってきた。ここからは明日の行程も考えて、先行する大パーティー(松山から来られたそうだ)をあえて追い抜かず、先行パーティーのペースにあわせて下ることにした。とぼとぼと斜面を降りて沢水が出てきて、上二股へ戻ってきた。

yama06syari.jpg (11895 バイト)斜里岳を踏破

復路は熊見峠経由の新道を使う。ほとんどのガイドブックが下山は新道利用で紹介しているし、あの急峻な滝混じりの道を降りるのは危険である。熊見峠までは最初はトラバースや雪渓の横切りなどもあったが、稜線に出てからは登り返しもあってそれなりにしんどい。上二股から一時間弱で熊見峠。恐ろしい名前の峠だが、ここから眺める斜里岳ピークは圧巻。ときたま霧が晴れわずかに頂上部が顔を出す。ここから下二股への下りは、時折段差のきつい箇所もあったが、木の枝や根に手を添えていれば問題ない。なにより休み休み下れるので楽である。

だんだん沢の音が大きくなって、15時少し前に下二股まで戻ってきた。清岳荘からのタクシーは16時ピックアップで予約しているので、ここで松山の大パーティーを追い越して、沢沿いの道を淡々と下り、林道に出て15時半過ぎに清岳荘に帰着。自販機のゲータレードを飲み、メインザックを回収してからタクシーに乗りあっという間に清里町駅へもどった。接続よく16時13分の網走行きディーゼルカーに乗って、斜里岳を眺めながら三駅、知床斜里に到着。次に乗るのは17時15分のウトロ行きバス。駅前のセイコーマートで食料の買い足し。

バスの中でひと眠りし、気がついたらオシンコシンの滝のそばをバスは徐行で通っていた。左手にはオホーツク海。ついに来たのだ知床へ。ほどなくバスはウトロ市街に入り、ウトロのバスターミナルには18時ころに到着。きょうの宿泊は岩尾別温泉の木下小屋を予約してある。時間が遅いのでここから先はタクシーに乗らざるを得ない。携帯電話でウトロ観光ハイヤーを呼び、知床の奥へ向かう。左側にオホーツク海、奥に聳える羅臼岳が雄々しい。

「おっとと」目の前をエゾシカが通り過ぎ、運転士が車を減速させる。朝と夕暮れには出てくるとの由。知床五湖方面の道を分けるとここはサファリですかと思うくらいエゾシカがあちこちに。ほどなく岩尾別温泉に入り、ホテル地の涯の横をすこし入って、木下小屋に到着。ウトロからのタクシー代は4000円であった。小屋で宿泊手続き。素泊まり寝具持参といえども露天風呂つきで1500円は安い。ひと風呂浴びて汗を流した後、小屋前のテラスで、斜里で買ったキムチとポテトサラダを肴に缶ビールを飲んでいるとまた鹿が出てきた。こうして知床の夜は暮れて行く。

95 羅臼岳

2006年7月11日 斜里岳から継続、所要時間7時間31分 

400木下小屋−534弥三吉水−626銀冷水−650大沢−723羅臼平−821羅臼岳830−915羅臼平−950大沢−1050危険地帯上−1131木下小屋1220=1240ウトロ1400=1450斜里1520・・・1607網走1905=1935女満別空港2015***2200羽田2240=2335聖蹟桜ヶ丘2340・・・2345高幡不動

北海道の夜明けは早く、山小屋の朝も早いので三時まえから皆がバタバタしだす。久々の山小屋泊まりなのであまりよく眠れなかったが、手早く菓子パンの朝食を済ませ、午前四時ジャスト、長年の懸案事項であった知床、羅臼岳へ向かいスタートした。この山、登りだしてから1時間弱のオホーツク展望台前後に登山道にアリの巣があって、アリを食べにヒグマが出没する「危険区間」があり、ワーニングの看板がある。そんなのに撲殺されるのはたまらないので、往路は20人の大パーティーにおねがいして、後ろにくっついて登るという手を使った。

一時間ほどゆっくりと登高を続け、危険地帯の上でパーティーに礼を述べてから別れ、本来の調子で歩き出す。といってもこの山にはヒグマはどこにでもいる可能性があるので鈴2つとラジオを鳴らしながらの登高となる。しばらくはさすが知床だと感心しながらうっそうとした樹林の中を進み、ほどなく弥三吉水を通過。このあとしばらくは極楽平のやや平坦な道となる。内心ビクビクしながら歩いていたのでこのあたりの記憶はあまりない。そのあと仙人坂の標柱が出て、そこそこの登り坂をしのいでほどなく銀冷水に到着。このあと登山道は左側へ寄って行って、ほどなく大沢の雪渓に出くわした。

白馬大雪渓ほど大きくはないが、斜度はこちらのほうが厳しい箇所があると思う。悪いことに杖を昨日の斜里岳からウトロへの移動中にどこかに置き忘れてきてしまっており、足だけでこのヤバイ所を乗り切らねばならない。とりあえず4年ぶりに軽アイゼンをはめて雪の上をザクザクと歩き始める。途中で斜度がきつくなる箇所があって、ふみあとが明確でない箇所では雪面にトゥキックをかましてステップをきりながら登った。滑ったら大変なのだが、こういうところでは恐怖にのまれたほうが負けなので、とにかく眼前の雪をザクザクと蹴る。ここはかなりスタミナをロスした。

ようやく斜度がゆるくなり、雪渓を脱出してほどなく羅臼平に到着。左側に三ツ峰、右側に羅臼岳にはさまれた小広い台地である。ウインナーロールの行動食の後ヤレヤレと歩みを再開。テント泊の人が食料を保管する鉄製のフードロッカーを見る。しばらくはハイマツの真っ只中を進み、ひと登りして羅臼分岐を経て、岩清水の横を通るといよいよ羅臼岳へ向けての急な登り。最初は段差のきつい道だなと思っていたが、雪の上を少し歩いた後にこんどは岩混じり、ついには大岩ゴロゴロの中をコースサインにしたがって登るようになって歩きづらい。一箇所体をひねりながらエイヤッと登ったのでわき腹がつったように痛くなった。

8時20分ごろ羅臼岳頂上に到着。風やガスが出てきているので遠望はなく、三ツ峰や知床連山方面は見えたが、きのう登った斜里岳は霧のまにまに見え隠れするだけ。見えるといわれている国後島は確認できなかった。帰りも気が抜けない箇所がいくつかあるので、10分ほどの滞留で頂上をあとにして、岩ゴロゴロの急下降をしのいで、アルペンティックな岩混じりの下りを集中して下る。どうにか岩清水まで戻ってきたところで朝方一緒だった大パーティーとすれ違う。ここからは羅臼平の気持ちよい道である。まだあの雪渓の下りがあるので気が抜けない。ほどなく雪渓の入口。アイゼンを装着して雪の上をザクザク進む。

yama06_rausu.jpg (10301 バイト)羅臼岳頂上で登頂のポーズ

転倒したらアウトと思える道だったが、行きに通ったときから大人数が通ったせいで雪の上に足形がくっきりついており、そこめがけて慎重に足を置いていけばよかった。時折上がってくる登山者とすれ違いのときに脇へよけるときにステップを切りなおすのに緊張した。かなり疲れたが、大沢の下には9時50分ころ戻ってきた。一休みして、またラジオを聴きながら下りにかかる。一時間ダダダダと下って、銀冷水仙人坂極楽平弥三吉水を順調にすっ飛ばして、10時50分ころあの「アリの巣危険地帯」の上まで戻ってきた。往路とちがって、ここでは一人でこちらの存在を知らせなければならない。腹のそこから突き上げてくる恐怖。

「♪うれしい歌 悲しい歌 たくさん聞いたなかで 忘れられぬひとつの歌 それは仕事の歌〜」ロシヤ民謡の「仕事の歌」を熱唱しながら下り続ける。「ヘイッ!この若者よ〜、ヘイッ!前と進め〜、さあみんな前へ進め〜」傍から見たらバカミタイであるが当方は大真面目である。だが、このやり方には重大なミスがあった。ただでさえ7時間に及ぶ登り下りで疲れきっているところへ本気で歌を熱唱したものだから息が切れて気分が悪くなってしまった。

「♪イエスタデイ・・・・オーマイ・・・トラブス・・・シムソー・・・ファーナウェイ〜・・・・」それでもボソボソとビートルズを歌いながら下り、どうにか危険地帯を脱出。あとはここまできたら気合で下るしかない。ようやく私は羅臼に、あの羅臼に登ったのだ。さあ木下小屋まではあと少しあと少し、ジグザグ気味のターンを切る道を順調に高度を下げて言って、11時半ころに木下小屋へ戻ってきた。メインザックを回収した後、無料露天風呂に入ったが、観光客も入りにきていたのであまり落ち着かなかった。

岩尾別バス停までは3キロ歩いてもよかったのだが、カンカン照りで暑く、当方も羅臼岳の登り下りの疲労と熱唱の後遺症で集中力が切れてしまっている。観念してホテル地の涯の公衆電話でウトロ観光ハイヤーを呼ぶ。タクシーは快走し、ほどなくウトロに到着。微妙に観光ズレしたウトロの街を散策した後、斜里行きのバスで海を見ているうちにひと眠りして、斜里からは1両のディーゼルカーで網走へ向かう。小清水や北浜のあたりからも知床連山が見える。いちばん右側に見えるひときわ高いのが羅臼岳である。私は列車の窓から風に吹かれて、知床連山に見入っていた。

網走では女満別空港行きのバスの時刻まで間があったので、夕暮れの街をぶらついた後、炉ばた焼きの店に入り、ソウハチやコマイ、ジャガイモの焼いたのなどを食べた。長年の懸案であった大きな山をふたつクリアして、感慨に浸りながら飲むビールはうまかった。

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