91 飯豊山 2105m

山紹介及び最も楽な登り方:

東北地方でも有数のエリアの広さを有する飯豊連峰。最高峰は西にある大日岳2128mであるが、古くから信仰登山で親しまれ、一般的に飯豊山とよばれているのが主峰の飯豊本山2105m。アクセスは良いとは言えず、食事つきの小屋もすくないので、この山を登るには相当の気合いを必要とする。最も楽な登り方は・・・・・多方面から登山道があるが、表玄関でよく歩かれているということで川入御沢キャンプ場から。難易度5マイナス。

登山記録:2005年9月19・20日(月・火) 費用発生 41,000円 所要時間:

前夜1903八王子・・・1948新宿・・・大宮2042・・・2135郡山2151・・・2342喜多方(泊)13時間13分(2日間)

9/19:500喜多方=TAXI=605御沢キャンプ場620−820横峰小屋跡830−912地蔵分れ−1012三国小屋1035−1149切合小屋1205−1330飯豊本山小屋−1344飯豊本山−1400飯豊本山小屋1412−1524切合小屋(泊)

9/20:545切合小屋−654三国小屋702−747地蔵分れ−810横峰820−927御沢キャンプ場−948川入−1054いいでの湯1250=1320山都1338・・・1416会津若松1433・・・1542郡山1602・・・1701大宮1707・・・1737上野

百名山の残りを一桁にしておきたかったので、いままで登りたくない山として先送りにしていた飯豊山をやろうと決めた。この山、東北地方の山にしては奥深く、ロープウェイやスカイラインの魔手?も受け入れず、主峰の飯豊本山ですら最短コースで登りのコースタイム9時間を要し、日帰りでは(普通の人は)登れず、なおかつ北アルプスのように山小屋設備も充実しておらず、基本的に食料と寝具は持って上がらなければならず、登れるものなら登ってみろと云っているような難物の山である。さりとて本州の百名山は北アルプス薬師岳と、東北の朝日岳と飯豊山しか残っていない。名前の良い朝日岳は100座目に取っておく予定で、薬師を登ってしまうと日本アルプス百名山全踏破になってしまうのでまだやりたくないし、中腹の太郎平までの道はすでに歩いている。というわけでもう飯豊を先送りできなくなってしまった。

山行き前の日曜日、体調はよろしくなかった。例によってザックを京王八王子のコインロッカーに入れて出社したが、ここの所の精神的なストレスか頭が痛くてたまらない。職場パソコンの前でペインに顔をゆがめ、鎮痛薬を2回飲んで押さえこんだが幸先が悪い。やがて会社がはねてふらふらとビルを抜け出してザックを回収し、よろよろとコンビニで菓子パン15個を購入し、足取りも重く八王子駅に向かい、少しでも楽をしたかったので特急あずさ号のシートにふんぞり返りながら新宿へ向かい、湘南新宿ラインに乗り換えて大宮へ。

大宮発20時42分の「やまびこ69号」で郡山を目指す。3連休の中日だったので自由席には坐れず、郡山までスキー置き場にうずくまって過ごし、郡山から快速列車で喜多方を目指す。列車は夜の山中をモーター音を響かせながら快走し、分水嶺を抜けて猪苗代に停車。郡山のコンビニで買った中華丼をかきこんでいると、列車が急にストップした。ほどなく「カモシカと衝突しましたので安全確認のためしばらく停車します」旨の放送があり、喜多方到着が20分ほど遅れた。先が思いやられる。喜多方はラーメンのうまい街として全国にその名が知れ渡っているが、深夜の到着で明日も早いので、早々と駅前のビジネスホテルに投宿。風呂に入って寝るだけ。

四時間ほど眠った所で目覚ましに起こされ、因果な道楽だと重いながら身支度を整える。何気なく窓外を見ると雨が降っている。(週間天気予報で雨は降らないだろうと判断して宿を押さえて、実際来たら降ってるという嫌なパターン)あーあーと思いながらフロントを出て、予約しておいたタクシーに乗る。刻々と上がるメーターを凝視しながら一時間が過ぎ、御沢キャンプ場に6時過ぎに到着。喜多方からのタクシー代は7,500円であった。朝食のおにぎりをほおばり、小雨の中意気上がらぬまま出発。

ほどなく登山道入口から急なのぼりが始まる。木の根が張り出して歩きにくい上に道が抉れてこれは越せないぞと思える段差があり、そういうところは左か右に踏み跡があり、木の幹や根につかまりながら登ってゆく。雨の中高度を上げて下十五里、中十五里と高度を上げてゆく。このあたりで雨脚が強くなり、ホームセンターで買った980円の雨具(そんなものをいまだに使っている)では防げなくなり雨水がしみ込んできた。こんな状態で飯豊山にたどり着けるのか、3ヶ所ある鎖場をクリアできるのかと思い、撤退をもまじめに考えた。しかし宿代交通費の三万円をドブに捨てるわけにはいかないので、こういう考え方はしてはいけないのだが前進しようと考えた。

上十五里、笹平を過ぎたあたりで雨脚は弱まり、横峰小屋跡ではすこし降ったり止んだりという状態になった。雨具を着たままの登りで暑さを感じたのでたまらずポカリを飲む。今回は荷物が菓子パン15個のシュラフ込みなのでいつもより重い。やれやれとゆるやかな道を進み、小白布沢分岐を過ぎて、ほどなく地蔵岳ルートと水場道ルートが分岐。後者の方が楽なので迷わずそちらを選ぶ。トラバース道を進んで水場で水分を補給したあと、ひと登りして稜線の分岐に出た。すこし下って最初の難関・剣が峰の岩場である。

雨上がりなので一枚岩が濡れており滑る危険性が高く、足の置き所には難儀した。岩だらけの斜面をいくつか登り剣が峰頂上に達して、そのあとの三国岳への登りも岩また岩で苦しんだ。岩だの鎖場だのは今までの経験で対応できるレベルだが、ここのはいかんせん長く、集中力を保つのに苦労する。しかもペンキのコースサインがほとんどないので若干のルートファインディング力が必要だと感じた。岩場がやっと終わり、ひと登りして三国小屋。とりあえず菓子パン三個を流しこむ。そのあと右折して切合小屋方面へ進む。

ひとつ下ってそのあとは稜線上のこまかいアップダウンが続く。MDウォークマンのオムニバス版(いろんなアーティストを節操なく詰めただけ)を聴いて気を紛らわせながら進む。ほどなく七森の登りの鎖場。短いので三点支持に気をつけてスパッと登り、登り切ってからは気分を切りかえるためにスピードを落として歩いた。だんだん三国小屋が遠ざかる。稜線上を進んでゆくと、道がいきなり行き止まりになった。あれれと思いながらあたりを見まわすと右側に一段下って続くトレイルがあった。そのあと稜線を登り気味に進み、種蒔の表示を過ぎると眼前にピラミッド状で形の良い飯豊本山と切合小屋が見えてきた。いよいよ飯豊の中心部に入ってきた。

すこしくだってなだらかな山道を進み、大日杉からの道をあわせ切合小屋に到着。ザックの荷物の大部分を小屋にデポし、身軽になって12時過ぎに頂上めざし出発。まず谷筋のような道を草履塚めざし一気に登る。登り切ってからこんどは姥権現めざしガッと下る。帰りが難儀だなと思いながら下り切って、赤頭巾をかぶった姥権現を通過。そのあとすぐに御秘所の岩場。集中していればなんとかなる登りで、距離も短いので無難に過ぎた。そのあと稜線をすこし上がっていよいよ御前坂の大斜面。MDウォークマンをKOTOKOさんベスト版につけかえ、気合いで登る。

ザレ気味の斜面をジグザグに高度を上げる、頂上直下にありがちなガチンコ勝負の道だなと思ったが、このあたりから風が強くなってきて、ゴウゴウと我が身を叩く。苦しみながら登り切って一の王子の標識を通過。ケルンを目印に小広い斜面を横切って、最後のひと登りを堪えると眼前に飯豊本山小屋が見えた。時刻は一時半、ゆっくりしてられないのでそのまま前進、相変わらずの強風の中、視界の悪い広い稜線を慎重に進んでゆく。緩く下って、やや登り返したなと思ったところで突然飯豊本山頂上の標柱に出た。風が厳しいのでタッチするやいなや引き返す。

面白味のない道を戻り、2時ごろ本山小屋に戻って菓子パン3個の行動食。そのあと今日最後のふんばりだと己を励まし、引き続きMDウォークマンのKOTOKOさんでトランス状態になりながら強風の斜面をウォリャと下り、稜線を進んで、御秘所の下りでは疲れからかスタンスを誤りバランスを崩しひやりとしたが、なんとかしのいで姥権現からの登り返しは本当にゆっくりゆっくり歩くよう心がけ、草履塚を越えたあとの下りを慎重にすすんで、ようやっと切合小屋が見えてきて、本山小屋から74分MD1枚聴きおわるくらいの時間で小屋にもどりついた。きょうは団体登山客が1グループ居たせいか管理人がおり、宿泊料2500円を徴収される。まだ三時半だがすることもないので寝袋に入る。(この小屋、基本的には避難小屋なので喫茶室や蔵書もなければ売店もない。唯一売っているのが800円の缶ビール)

夕方六時ごろに目が覚めたのでおにぎりとパンの寂しい夕食。そのあとまた寝袋に入ったが枕が無いせいかなかなか寝つけない。睡眠薬代わりの頭痛薬をのんで対応する。朝五時に起きて菓子パン3つを食べた後、脱出行をはじめる。種蒔までは快適な尾根歩きだったがそのあとはアップダウンが連続し、だんだん疲れてくる。それでもどうにか七森を越え、鎖場の下りをしのいで三国岳への登りを耐え切って、7時前に三国小屋まで戻ってきた。飯豊連峰の稜線や大日岳の眺めが良いが、どうにも剣が峰方面が気になる。休憩もそこそこに、最後の難所に挑む。

ホールドとスタンスに気をつけながら、岩また岩の斜面をひとつひとつクリアして行って、三十分強の時間をかけて難しいところをクリアした。ホッとしながら稜線を進み、地蔵水場のトラバース道を余勢を駆ってほいほい進み、あとはどうということもなく8時10分ころ、横峰小屋跡まで戻ってきた。ひといきついた後、ここから御沢に向けて最後の下りだが、随所に道標があるので気分的には楽で、ほぼ十分ごとに笹平・上十五里・中十五里・下十五里とポンポン通過していった。足場がやや不安定なので、足の置き所だけ気をつけるため中十五里のあたりでは「ラー、メン、チュル、リン」と声に出しながら一歩一歩ステップを切っていった。

9時20分過ぎに御沢キャンプ場に帰着し、沢沿いの道を20分ばかり進んで数軒の民宿が建つ川入の集落を通過し、幅広い道路に出てなお歩きつづける。(川入までバスが入るのは7月中旬〜8月中旬のみ)単調な車道歩きなので私はまたKOTOKOさんのベスト版を聴きながら、ハイな気分に浸りながらせっせと歩いた。MD1枚聴きおわるころ、バスのある「いいでの湯」にたどり着いた。次のバスまで間があったので、いいでの湯の露天風呂では存分にくつろいだ。

12時50分発のバスで磐越西線の山都へ出て、ニ両編成のディーゼルカーで会津若松へ向かう。会津若松で駅弁と喜多方ラーメン(お土産用)を買い、郡山行きの快速の車内で駅弁を平らげた。郡山発16時2分の新幹線で帰京。大宮まではわずか一時間である。例によって都内某所で特大コーラを飲んで、ひとり祝勝会を挙げた。エビピラフが運ばれるまでの間、私は飯豊山の地図を広げ、ついに登ったぞ、あの飯豊にとひとり悦に入っていた。

92・93利尻岳 大雪山へ

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