光岳&聖岳ツアー 2005.8.1〜8.4
初日(8/1:月)行動時間7時間28分 費用発生(4日間合計):63,000円
前夜1935八王子・・・2135岡谷2145・・・2345飯田(飯田駅前ビジネスホテル泊)550=(タクシー)=730易老渡732−850面平−1032朝食地点1050−1126易老岳1132−1229三吉平−1319静高平1335−1355光小屋1419−1435光岳1445−1500光小屋
ついにこの日がやってきた。南アルプスのいちばん南でいちばん奥深いといわれている光岳と聖岳。いままで先送りにしつづけていたのだが、カイシャイン生活に感化されたのか、「安定は幻想なんであって今の自分の地位が3年も5年も続くと思ったら大間違いだ、それなりに社会生活できているいまのうちにやってしまおう」的な発想になってしまい、光岳と聖岳の実施を決断した。私が南ア南部、塩見以南の「山と高原地図」を買ったのはまだ高校三年のころであって、その時以来、光岳は神秘の世界南アルプスの最南端、最果てにある山なんだというイメージが定着していた。私の心の中にある山へのあこがれの根幹を成す部分が南アルプスであり、南部はそのもっとも神秘性の高い部分という認識だったので、この山の登頂が実現すると、言葉では言い表しにくいが「今野さんの青春の最終回」のような感じになってしまうおそれもあった。この山への思い入れは他の山とは比べ物にならないほどいっぱいあるのだが、これ以上前置きが長くなるのもうまくないので、いきなり、
7月31日の夜、会社がはねてから私は八王子駅前のコンビニで3日分の行動食として菓子パン21個を買った。そのあと駅前の「富士そば」でもりそばをかきこんでから八王子駅のコインロッカーに預けておいたザックを回収し、そのあと19時35分発の特急「スーパーあずさ」で旅に出た。特急列車は夜の中央本線を疾走し、小仏トンネル、笹子トンネルをぬけて甲府に到着。なお列車は松本方面へ向けて疾走し、諏訪盆地に入って茅野、上諏訪に停車。次の岡谷で飯田線に乗り換える。
飯田線の2両の電車はゆっくりと伊那盆地を南へ進んでゆく。それまでの「スーパーあずさ」が疾走していただけにこの対比は際立つ。岡谷から飯田まで二時間もかかるのでは、中央高速バスに客を奪われるのもむべなるかなである。この結果飯田線からは特急・急行などの優等列車はおろか首都圏からの直通列車すらなくなり、ただの長距離ローカル線になってしまったのである。眠ろうと思うが妙に目が冴えて眠れない。23時45分、飯田着。駅前のビジネスホテルに投宿。手早く風呂に入って寝る。
翌朝は5時過ぎに起床し、六時前に飯田駅前からタクシーに乗りこみ「光岳登山口のイロウドまで」と運転手に告げる。易老渡(いろうど)までのタクシー代は一万七千円であった。途中に高速道路のような矢筈トンネルを抜けたことや、下栗の集落を抜けてからの遠山川沿いのダート道はけっこうな悪路で車が揺れたことが印象に残っている。七時半に易老渡に着き、橋を渡って対面の急な登りに取りかかった。いつもより荷物が重いので苦しい。取りつきの登りは急峻で最初の30分は苦しかったが、いつものペースで高度を稼ぎ出してからは淡々と進み、一時間強で道がやや平坦になり、面平を通過。
そのあとも樹林帯の斜面を延々と高度を稼ぐ単調な道であった。赤テープのコースサインを見ながら一歩一歩自分の体を上げてゆく。湿った木の根が張り出した所では滑りやすいので警戒して登った。高度計の数字を見ながら淡々と登り、いつのまにか二時間が経過していた。きょうは先が長いのでわざとゆっくり歩くよう心がけたせいか、まだ疲れを感じない。標高2000を越えたら食事にしようと考えたが、そのあたりで蜂らしき大きな昆虫に付きまとわれたのでやり過ごすためにさらに前進し、けっきょく行動開始から3時間ノンストップとなった。
菓子パン3つを腹におさめた後、なおも登りを続ける。ほどなく2254mの三角点を通過し、そのあと尾根上のわずかな上下や巻きをこなして、その後もう一度登りがあって、主脈にだんだん近づいて11時半頃に易老岳に到着した。南アルプスの南部の南だけあって、うっそうと茂る原生林の中のピークであった。ひといきついた後、稜線を光岳方面へ南下する。緩い下りがしばらくは続く。立ち枯れの木・倒木が目立つ所を過ぎるとほどなく右手が開けて、三吉ガレの左側を通過。そのあとすこし下って、谷底からの沢の音を聞きながら進み、アップダウンをはさんで三吉平を通過。ほどなく鞍部のぬかるみに出て、そこからは涸れた沢をつめるような急な登りとなった。
KOTOKOさんを聴きながら苦しい登りを50分ほどしのぐと、ガラガラの沢の登りが易しくなり、どことなく庭園のような雰囲気を漂わせるようになった。鳳凰山は白砂と岩の巨大日本庭園だったが、ここは緑あふれる植物園のようである。そして静高平の水場に到着。ここまで苦しいのぼりが続いたので水をゴクゴクと口に運ぶ。ここから光小屋までは15分程度である。イザルガ岳への分岐を過ぎると亀甲状土のセンジが原を横切る。ついにここまでたどりついたのだ。光岳だ、センジが原だ。木道を感動に震えながら歩いた。ゆるい斜面をひと登りして、県営光小屋には14時すこし前にたどりついた。
宿泊手続きをしたあと、空身で小屋裏手の丘にむかい歩を進める。すぐに寸又峡分岐を過ぎて、どうということのない道を進むと、あっけなく光岳頂上に到着した。登山をはじめて14年、ようやくあこがれの山の頂きに立った。行動時間7時間そこそこで着いたので、難易度的には他のアルプスの山に劣るが、ついに最果ての地に来たのだという感慨があふれてくる。だが、夢がひとつ叶ったときはそうなのだが、一抹の寂しさ、虚無感のようなものは残る。これからは、何が私をしばりつけるのであろうか。山の頂上で涙ぐんだのは初めてであった。
ついに光岳をやった・・・
淡々と来た道を引き返し、光小屋に戻った。ここの小屋は食事は@三人以下のパーティであることA15時までに小屋に到着することB50歳以上である事 の3条件すべてを満たした人にしか食事を出さない小屋である。だが、こんなベテランの行く山域で小屋に泊まるのはほとんどが50歳以上なのであって、食いはぐれたのは数人であった。六時ごろ小屋食組の夕食が終わったのを見計らって食堂へ行き、コンビニ弁当の夕食。明日は激闘が予想されるので早々とシュラフに入って(南ア南部の山小屋は寝具がシュラフなのである)寝る。
二日目(8/2:火)行動時間7時間45分
450光小屋−502静高平−536三吉平−637易老岳−805希望峰−845茶臼岳−900茶臼小屋分岐917−1027上河内岳分岐−1037上河内岳−1047上河内岳分岐1100−1235聖平小屋
夜が明けて、菓子パン3つ食べて出発。朝の木道を進み、静高平で水を詰めてからいっきに谷筋の道を下り、三吉平を通過し、そのあと易老岳へのゆるい登り返しを堪える。三吉ガレを過ぎ、見覚えのある登りをしのいで易老岳にもどりついた。ここから希望峰まではコースタイム2時間20分の登りなので気合いを入れ直して進む。易老岳を下ったあと、アップダウンを繰り返す尾根上をゆっくりめのペースで進む。それでも下りよりは登る箇所の方が多い。前夜に茶臼小屋に泊まったと見られる登山者とすれちがいだすころ、道は登りの様相を強めて、眼前の山をつめて、8時過ぎに希望峰にたどりついた。仁田岳への分岐がある。
そのあとはハイマツの稜線を進み、すこし下って木道をたどるとちいさな仁田池に到着。ここから茶臼岳の登りとなり、視界が開けザレ斜面を登ってゆく、アルプスの頂上直下らしい登りとなる。ニ十分ほどそんな登りを続け、茶臼岳2604mの頂上に立った。めぐり合わせの悪い事に、ガスで視界はきかない。幅広い稜線をくだり気味に進むと、茶臼小屋への分岐に着いた。4時間以上ノンストップだったのでここで菓子パン3つの行動食。そのあと眼前のこんもりしたピーク(「ハイジの丘」という通称らしい)の左側を巻いて、すこし下って亀甲状土の平地になった。ガスが晴れ、眼前に上河内岳のとんがり頭が見えてきた。三角屋根の山容の美しさ気高しさはどうだろう。
亀甲状土から上河内岳を望む
上河内岳の登りから左前方に今回の最終目的地、聖岳が見えてきた。聖なる山、聖岳。前聖から奥聖にかけての稜線のカーブは、天空に巨大な船をうかべたかのようである。穂高のような派手さはないが、堂々たる風格を持ったすばらしい山である。聖岳のたたずまいに見惚れながらすすんでゆくうち、お花畑から奇岩の竹内門を過ぎる。上河内岳の急斜面の登りをしのいで、上河内岳の肩に到着した。縦走路はこの山のピークを通らず信州側を巻いているが、ここまで来て頂上を踏まないのも上河内岳様に対して失礼にあたるので、私はザックをデポして、アクエリア巣を飲みながらジグザグのザレ道を登って行った。標高2803mの頂上までは十分足らずであった。
肩まで戻り、ひとやすみしたあと十一時ごろに聖平へ向けての下りを開始した。赤みがかった岩をからみながら下り、ほどなく南岳へぐうんと登り返し、そこを耐えると厳しいくだりが続く。信州側が崩壊地になっており、そのすぐ右側を縦走路が走っているので慎重に下りを続けた。正午近くなり日が照ってきたので集中力が乱れる。眼前の聖岳がどんどん高くなり、きょう一日稼いだ高度をすべてパーにして樹林帯に入ってからも下りはなお続く。南アルプスは北アなどにくらべて、ピーク間の高低の差が激しいが、あらためてそれを実感する。
歩き出してから八時間近くなり、もういいかげんにしてくれと思う頃、ようやく視界が開け、鞍部の三叉路に出た。きょうの宿、聖平小屋へは右手の木道をたどればすぐで、十二時半過ぎに聖平小屋にたどりついた。激しい疲労で息もたえだえ宿泊手続きをする。この日の聖平小屋は混んでいて(赤石を回って聖岳を登るひとも、聖・光を狙う人もまずこの小屋に泊まるという立地の良さ?があるのだが)登山者に西瓜が振舞われたりと盛況で、シュラフの間隔もきつめであった。四時半からの夕食には、地元名産のアマゴの唐揚げが出た。静岡井川産のお茶がうまい。
あまり眠れぬまま朝になり、朝食を食べてヤレヤレと出発。寝不足の上、山行三日目なので本来の調子とは程遠いが、無理にスピードを出さず適当に登るしかない。昨日通った三叉路を右折し、聖岳への登りにかかる。
三日目(8/3:水) 行動時間8時間49分
444聖平−556小聖岳−652聖岳710−751小聖岳−840聖平911−1015滝見台−1100乗越−1157聖沢吊橋−1236出合所小屋跡−1257聖岳登山口−1333椹島ロッジ
お花畑の斜面を登って、アザミ畑のフェンスを過ぎて、西沢渡への分岐を分けて、2500ちかくまで高度をあげてから稜線上をすこし下って、そのあと小聖への大登り。視界が開けて稜線に出て、眼前の大障壁のごとき聖岳をみながら小聖にとりつき、回りこみ気味に高度を上げて行って、一時間強で小聖に到着した。まだまだこれからなので休まず先へ進む。わずかに下ってやせぎみの稜線を進んで、稜線上の突起をいくつか越えて進んでゆくといよいよ聖岳直下の大登りとなった。大斜面にジグザグの道がはるか上まで続いている。
しんどい登りを一歩一歩ザクザクと進んでゆく。登っても登っても上はきりのない斜面が続き、胸が苦しくなる道だったが、高度計の数値が順調に2800、2900を越え、ようやく頂上の線がおりてきて、のぼりの終わりが見えた。稜線に出て、聖岳3013mの頂上に到着。実に苦しかった。兎岳から赤石にかけての高峰のつらなりが素晴らしい。その奥に悪沢・塩見が隠れるようにみえ、目を凝らせば仙丈や甲斐駒まで見える。東側は笊が岳が見え、そして空中にぽっかり浮かぶものは富士山。
まだ集中力を切らしてはいけないので名残惜しい頂上をあとにして、大斜面をとてとてと小幅ステップで下っているうちにガスが出てきた。あと30分行動開始が遅かったら頂上で何も見えなかったと思われる。ほそい稜線を慎重に通過し、小聖を越え巻き下りを経て樹林帯に戻った。お花畑の中を下り、すこしの登り返しをしのいで、わりあいあっさり西沢渡分岐を過ぎて、なおも下って三叉路に戻った。木道を進み聖平に戻ってきた。置いといた余分な荷物を回収し、菓子パン3つを冷たいポカリのペット(500円)で流しこむ。
あとは椹島へ向けて下るだけなのだが、この道はいやらしかった。始めのうちは沢をからみながらの快適な道だったのだが、まず高巻きのためのきつい登り返しがあって、支流を越えるたびにアップダウンがあり、木の桟道が続いたりで集中しないといけない道であった。一回丸木の桟道でスッ転んでひやりとした。滝見台を過ぎてもしんどい道は続く。ようやく道が高巻きから普通の下りらしくなってきたところが乗越で、そこからはジグザグの下りがえんえんとつづくウンザリする道となった。
まだ終わらないのかと思いながら、南アルプスの懐の深さをあらためて思い知らされながら下り、ようやく聖沢吊橋に出た。わたってからなんと登り返し。ここにきての登りは厳しい。ほどなく原生林が人工林に変わり、トラバース気味の道を進んで、ようやく出合所小屋あとに到着。木々の間から赤石ダムの湖面が見える。ここから階段混じりの急斜面を一気に下って、13時少し前、大井川林道の聖岳登山口にたどり着いた。やれやれ。あとは林道を30分ばかり進むだけであるが、カンカン照りのなか汗だくの歩きはつらい。
赤石沢が離れて、峠とは言えないほど目立った登りのない牛首峠を過ぎて、見覚えのある赤石登山口の40段階段が見えた。2年前と同じように椹島ロッジへの下り道を進む。13時33分、ズタズタの状態で椹島ロッジの売店にゴールし、いっちゃった目で「生ビール(600円)下さい」と言う。ジョッキを一気に飲み干す。うまい、これほどうまいビールはこの場所こんな状況でしか味わえない。空き腹の所に一気に飲んだので酔いがいきなり回ってきたが。
畑薙行きのバスに間に合う時刻であったが、まだ東海フォレストの小屋に泊まっていないので(光小屋や聖平は県営小屋なので対象にならない)乗車権利がないので椹島で一泊するほかない。風呂に漬かり3日間の疲れを流し、夕食後6時から布団に入って寝る。畳と布団の寝床のなんとありがたいことか。翌朝まで良く寝れた。
帰還(8/4:木)
810椹島ロッジ=920畑薙第1ダム940=1310静岡1407・・・三島・・・熱海・・・1702横浜
8時10分のリムジンバスで椹島をあとにした。バスは大井川沿いのダート道をガタガタと進み、畑薙ダムで静鉄バスに乗り換える。リクライニングシートに凭れながら静岡へ向かう。大井川沿いの道を進み井川で休憩、そのあと富士見峠を越えて安倍川水系に入り、横沢で2回目の休憩。土産物屋でおでんを食べる。山が遠ざかり、安倍川が近づいてきた。疲労感と達成感と、これで南アルプスの100名山はおしまいだという虚無感を胸にしながら私はバスに揺られた。