山紹介及び最も楽な登り方;
日本海近く、秋田と山形の県境に堂々と聳える火山峰。標高こそ東北では尾瀬の燧ケ岳に次いでの2位だが、象潟の海ぎわから裾野がはじまり、たちどころに二千メートルの山頂に至るその風格は圧巻であります。日本海からの海風をモロに受けるため、なかなか全容を現さない山ですが、写真とかで見てもこの山のおおらかで風格のある美しさはため息をのむばかり。一応火山性の山で、新山は江戸時代に噴火でできた溶岩ドーム。最も楽な登り方は、鉾立からのピストンだが、コースがバラエティに富んでおり長く感じる。難易度3。
登山記録 2005年7月17日(日) 所要時間 7時間42分 費用発生43,000円
前夜2039聖蹟桜ヶ丘・・・新宿・・・神田2126・・・2130上野2145・・・(あけぼの)544象潟550=630鉾立−717賽の河原−800御浜小屋805−845七五三掛−1010御室1020−1042新山1044−1109御室−1219七五三掛1225−1306御浜小屋−1326賽の河原−1412鉾立1545=1658酒田1725=2010仙台2050・・・2256上野・・・神田・・・新宿2345・・・022聖蹟桜ヶ丘
前日の土曜日、秋田県の好天の予報を聞き、いきなり鳥海山をやろうと思い立ち、昼休みにみどりの窓口で「あけぼの」のB寝台券を押さえた。夜七時、会社を抜け出していったん自宅へ戻ってシャワーを浴びてから、ナイターを見ながらザックに適当に必要なものをパッキングをして、サッと夜行日帰りの旅に出た。飲みものは桜ヶ丘駅の自販機でペットボトル3本、食料は上野駅構内のコンビニでパンやおにぎりや駅弁を買い込むという有様。
じつに慌しい旅立ちだが、この山は昨年8月に失敗している。西銀座や平ヶ岳をやった余勢をかってもう一座と考え向かったのだが、風雨吹きつける悪天候で傘が破壊され、賽の河原あたりで撤退した因縁の山である。原因は少々の雨なら何とかなると考えた驕りにあるのだが、ともかく落とし前はつけないといけないのでこの夏の一番手に組み入れた。上野発21時45分のブルートレイン「あけぼの」青森行きは13番線から発車する。先頭は赤く塗られたEF81電気機関車が牽引し、電源車をはさんで10両の青い寝台車がつらなっている。新幹線や夜行バスに押され、人気凋落しつつあるブルートレインだが、だからこそ当日券ゲットという荒技が可能なのかもしれない。外観は旅情を感じさせるブルーの車体にゴールドの帯だが、中に入れば国鉄時代と何も変わらない老けた内装である。駅弁をかきこみ、日刊ゲンダイを読みおわると、することもないので寝台に横になったがなかなか眠れない。
高崎を過ぎて水上に運転停車し、清水トンネルに入ったあたりまでは覚えていたがそのあとは良く眠れ、車掌に起こされた時には列車は吹浦、小砂川あたりの日本海沿いを走っていた。5時44分、象潟着。改札前にはすでに登山口の鉾立行き「鳥海ブルーライナー」が停まっていた。バスは丘陵地帯から山の中へ分け入り、ぐいぐい高度を上げて六時半ころ鉾立に到着。雨は降っていないが晴れ間もなく、あたりを霧が包んでいた。
いそいそと歩きはじめる。最初はコンクリ階段の道が鉾立展望台まで続き、そのあとは石畳の道がえんえんとつづく。歩きやすいが先は長いので、勢いをセーブして歩いた。ほどなく秋田・山形の県境を過ぎ、なおも石畳の坂道をあがって行くと右手におおきな雪渓が現れた。なお上がってゆくといったん傾斜が緩やかになり、賽の河原を通過。しばらく歩くとまたそこそこの坂道となる。きょうはまだ梅雨明けでないが三連休の中日のため登る人は多い。休憩をひとつはさんで八時ごろに御浜小屋に到着した。まだ先は長い。
御浜小屋からは眼前のこんもりとした丘に取り付き、ひと登りすると扇子森(標識では御田が原)の小広い台地。ここから八丁坂の下りを経て万助道の分岐を過ぎ、ひとしきり登り雪渓をひとつ渡るともうそこが外輪山コースとの分岐直下の七五三掛(しめかけ)であった。ここでは多くの登山者が一憩していた。ここからすこし急坂をのぼり、分岐を左手に取ると下りが始まる。鉄階段の前では渋滞が出来ていた。そこから千蛇谷へは短いが急な下り。ザレ気味なので警戒していたが、滑って転倒してしまった。長い雪渓を踏跡をたよりに渡ってから軽く右岸の斜面を雪渓沿いに登り、また左岸へ渡り返す。白馬大雪渓並みのスケールだが、こちらはベンガラの粉などはまかれていないので渡ってからのルートさがしで若干まごまごした。
そのあとも随所に岩の点在したしんどい坂道が続く。七五三掛から御室までは1から10までの番号のついた道標があるので励みになる。腹もすいて若干バテ気味となったが、気合いで登りきり、霧の中からゆらゆらと御室の丸太でできた鳥居が現れた。ここで菓子パンの昼食。風が強いのでジャンパーを羽織る。エネルギー補給したあと、最高峰、新山へのアタック。空身で登りたかったが、霧で道を見失い万が一・・・の事を考えザックを背負って挑んだ。新山は江戸時代に噴火でできたピークなので岩がただただ堆積したなかをペンキマーク頼りに行く。岩の中の急峻な登りをこらえ、さらにすこしの下りを経てまた登り返してやっとのことで新山頂上にたどりついた。霧のため展望はゼロだが嬉しい。登頂のポーズ、決めっ!やったぃ♪。
ここの下りは集中力を切らせないので、二分ほどいて携帯電話で自分を写しただけで頂上を後にした。集中して下り、ヤレヤレといった感じで御室に戻った。帰りも長いので、そのままさっさと退散にかかる。しずしずと坂道をおりてゆくが、湿った霧でメガネがくもり足の置き場に困ったのでちり紙でメガネを拭きながらの下りとなった。霧は濃くなり10メートル先は真っ白な状況なので雪渓の下りでは緊張した。足をつっぱって、雪渓の横切りをしのいで、七五三掛への短い登り返しをこらえて、七五三掛まで戻ってきた。
なお下り続けて、万助道分岐を過ぎてからの扇子森の登り返しに苦しんだものの御田が原を過ぎたところで霧でルートを見失った。あわててルートファインディングするも自信がもてない。偶然、他の登山者が数メートル先の霧の中ゆらゆらと見えて正しいルートに戻れたが、闇雲に進んでいたらあぶないところであった。しばらく進んで御浜小屋へ帰着。このあとは石畳の単調な下りである。先の見えない石畳をたんたんと下って、賽の河原を通過。雪解け水が石畳を横切って右側の谷へ流れている。
雪渓のたもとでアミノサプリを飲んでから、ジャンパーを脱いで気合いで下り続け、何人もの登山者に抜いたり抜かれたりしているうちに県境を過ぎて秋田県に戻ってきて、コンクリート道をふらつきながら下って行くと鉾立の大駐車場が見えた。行程のわりに苦戦して嬉しかったのか、私は右手を高くかかげ、感動に胸を焦がしながら車道に降り立った。鉾立ビジターセンターで鳥海山の解説や熊の剥製を見たり、レストハウスで稲庭うどんを食べたりして酒田行きのバスを待った。