2004.10.24 (sun) action time:3時間59分 cost:\36,300
2104八王子・・・2207横浜2224・・・909米子915=1008大山寺−1018僧兵道分岐1030−1129六合目避難小屋1134−1226弥山1246−1314六合目避難小屋−1407大山寺1440=1515大山口1517・・・1533米子1557・・・1756岡山1807・・・2110新横浜・・・2205八王子
秋も深まり、高い山にはぼつぼつ雪が積もり始めた。週末の好天を確認し、中国地方の名峰、伯耆の大山にねらいをつける。前々日金曜の昼休み、八王子のみどりの窓口に指定券と乗車券を押さえたら三万五千円かかった。大山の遠さというものを行く前から感じる。だがこの山を踏破すれば、山行のテキスト代わりに使っている日本百名山の踏破数が80の大台に乗る。これは興奮を隠せない。
土曜日の夕方、会社で資料づくりをしていたら地震が起こった。ビルの八階なのでかなり揺れを感じた。この世に怖いものはひとつしかないと思っている私でも多少はたじろぐ。余震が何度も続き、ネットで確認したら新潟方面がひどいことになっているという。幸い東海道線の夜行には影響は出ていないので、夜8時半、会社を後にして京王八王子駅のコインロッカーに預けてあったザックを引っ張り出し、駅前のスーパーで菓子パンや弁当を買いこんで、横浜線の電車に乗った。
車中で林原めぐみさんのエッセイ「なんとかなるなる」を読んで時間をつぶし、東神奈川で京浜東北線に乗換えて一駅、横浜着。今日乗るのは22時24分発の高松・出雲市行きの夜行特急「サンライズ出雲」である。この電車は個室寝台がメインだが、二両だけ寝台券不要の「ノビノビ座席」が連結されており、安く快適に移動できる。きょうはそれに乗って山陰へ行く。12号車に乗りこむと、そこはフェリーの平土間を思わせるカーペット敷きのスペースが一人分ずつのスペースで仕切られた半二層構造の「ノビノビ座席」であった。座席車の扱いだが、横になれるし毛布のサービスもある。夜行バスとの競争が激しいからか、JRも柔軟になったなと思う。
カーペットの上にすわりながら夜食の弁当をたべていると車掌がやってきたので、シャワーカード310円とタオル歯ブラシセット200円を買う。そのあと10号車のミニラウンジでミネラルウォーターを飲みながら夜の東海道線を眺める。何本か湘南電車を追い抜き、小田原でシャワー室が空いたのでシャワールームに入る。脱衣所で鍵をかけて、シャワーカードを差し込み、着ているものを脱いでシャワー室に入る。目の前にタイマーがあり6分と記されている。お湯を使えるのが6分間だけで、緑のボタンを押すとタイマーが減って行く。揺れる電車の中でのシャワーもおつなものである。ひとしきり体を洗い、残り時間が1分になるとピーという警告音が出る。
さっぱりとした気分で12号車に戻り、カーペットの上に横になり窓の外を眺めているうちに沼津を過ぎた。このあたりは東海自然歩道がらみで何十回も通っているのが、やはり寝ながら見るのは気分がいい。眠くなったのでブラインドを引いて、枕灯を消して寝る。そのあとは岡山の手前まで何も覚えていない。
岡山で前部の7両の高松行きを切り離し、7両編成となったサンライズ出雲は伯備線に進入する。当方はまだ寝足りないので、またゴロゴロしているうちに電車は鳥取県に入り、行き違いの運転停車を何回か行って、伯耆溝口を過ぎると右手に今日登る大山が見えた。北側はいくつかこんもりとした稜線だが、南側の裾野がスッキリとしていて美しく、思わず見とれてしまった。伯耆大山で山陰本線と合流し、9時9分、米子着。接続良く9時15分の大山寺行きのバスに乗りこむ。バスは米子市内を走った後、大山観光道路に入って高度を上げ、赤松という集落を過ぎてからは山の中に入り、10時過ぎに大山寺バス停に着いた。
きょうは大山寺で祭りがあるらしく、観光客で賑わっていて焼きイカの露店なども出ていた。旅館の横を右折して大山寺橋を渡り、ほどなく夏山登山道に入る。まずは古びた石段を上がってゆく。10分ほどウォーミングアップ代わりの登りを続けたところにベンチがあったので弁当の朝食。ワイシャツ姿になって登りに挑む。ほどなく石段は終わり、丸太階段状の道で高度をかせぐしんどい道となった。このコース、頂上までの距離は2.8kmだが、1000m近い高度を稼ぐのでそうとう急峻である。
三合目のあたりから登りが急になってきた。一歩ずつのっそりと登ってゆく。きょうは日曜日の紅葉シーズンなので登山客がかなり多い。苦しいのを紛らわせるためにMDウォークマンをはめてクラシック音楽を聞きながら登る。高度計の数値が面白いように上がり、先日の台風で崩れたところをうまく踏み跡をたどってすり抜けて、元谷登山道を合わせてなお進む。ほどなく樹林帯が尽きて、六合目の避難小屋に到着。人が多いので水だけ飲んで、一息入れてすぐ出発。
ここからは低木帯となる。ただ道は引き続き急峻で、丸太のほかに金網の中に石を入れたブロックを足がかりにして高度を稼いで行く。左側は三銛峰や大山北壁、ふりかえれば米子の街や弓ヶ浜・境港方面、日本海まで見渡せる。多くの登山者とすれ違いながら進んで行き、左奥に見えるユートピア小屋の高さに近くなってくる。やがて低木帯も終わり視界がひらけ、ガレ気味の上り坂を進んでゆく。高度の割りにアルペンチックなのは独立峰ゆえの気象の厳しさなのだろうか。
やがて道はなだらかになり、ダイセンキャラボクの群生地を木道で上がって行って、ほどなく弥山頂上に到着した。ロープの張られている剣が峰方面に少し足を踏み入れ、弥山の三角点まで足を伸ばした。登頂のポーズ決めっ!この山の最高峰は剣が峰だが、崩落が激しく危険なので地図には通行不能と記されており、一般的には弥山をもって大山の頂上とされているようだ。私も剣が峰方面へ少し稜線をたどってみたが、最初の鞍部からは崩落のためルートに自信が持てず、怪我をしてもつまらないので弥山へ引き返した。
人が密集した頂上で休む気が起こらず、さっさと戻る。木道を下り、急勾配の下りをうまくストックを使いつつ、ステップが長く衝撃を受けそうな所は斜に構えて勢いがつかないように下った。30分ほどで六合目の避難小屋に戻り、登山ツアーの団体を追い抜きながら下って元谷分岐を過ぎ、台風の崩壊地を過ぎてからは斜度のきつい木の階段を技術を駆使してヨッハッと軽やかに下る。こういう多少人工の入った下りでの技術は東海自然歩道で鍛えられているのでお手のものである。
しばらくそのような真剣なエクササイズをおこなっているとあっけなく標高1000を切って、ゆるやかな下りを経てもとの石段に戻った。ほどなく大山寺の参道に戻り、観光客をかき分け露店を瞥見しつつ下って、14時過ぎに大山寺バス停に戻りついた。行動時間4時間足らずなので歩き足りない感じもしたが、14時40分のバスで大山をあとにした。大山北麓を抜けてからは佐摩などの集落を抜け、田園地帯を過ぎて大山口駅に到着。ここで米子行きのわずか一両のディーゼルカーに乗換えて四駅、15時33分米子に到着。
きょうの帰りはもう少し遅くなると踏んでいたので20時1分の「サンライズ出雲」のB個室を押さえていたが、この時間だと今日中に帰京できるし、いまから米子で四時間半の空白を埋めるのも勿体無いのでみどりの窓口で、サンライズの寝台券を払い戻して、岡山行きの「やくも」と岡山からの「のぞみ」の特急券を買いなおした。かにめしを買って15時57分の「スーパーやくも」に乗りこみ、車中で遠ざかる大山をながめつつ、かにめしをほおばった。