山紹介及びもっとも楽な登り方:
会津の南にある、頂上部に池の点在するたおやかな山。系統的には東北の山より尾瀬の山のひとつと思われる。登山口の桧枝岐はかつては秘境といわれていたが、尾瀬の裏口としても有名となり、野岩鉄道の開通で、東武とリンクして交通の便が良くなったので行きにくい山ではないが、首都圏からの日帰りはクルマ利用でないと厳しい。最も楽な登り方は、桧枝岐滝沢からのピストン。難易度2。
登山記録:2004年10月17日(日) 実働時間:4時間47分 費用発生:38,270円 (79巻機山込み)
500浅草・・・723下今市726・・・844会津高原855=駒ヶ岳登山口1019−1038取付−1146水場分岐−1249駒の小屋1255−1309会津駒ヶ岳1312−1323駒の小屋1335−1422水場分岐−1506駒ヶ岳登山口1512=1625会津高原1655・・・1930春日部1942・・・大宮2005
秋となり、2000メートル峰クラスの登山を行うには絶好の季節となったが、休みと天候がなかなか合わず、また10月頭に風邪をひいて寝こんだりもしたので、なかなか山に行けなかったが、17,18の連休を確保し、幸い好天が期待できるとの事なので、会津駒ヶ岳と巻機山をまとめて始末するプランを立てた。これ以上先延ばしすると雪が積もる可能性があるので、この2座を二日連続で踏破するのが妥当と判断した。会津駒は尾瀬の裏側にあり、さして難しい山でもないのだが、日帰りで登るのは難しく、さりとてめんみつに泊まりがけのプランを立てて登るほどの山でもなかろうと考えていたので今まで登らずにいたが、残が少なくなってきたので実施の運びとなった。
土曜の夜、仕事を片付け八時過ぎに会社を後にし、いったん自宅へ戻ってザックを担ぎ、中和田のローソンで菓子パン9個を買った後、夜10時過ぎ、桜ヶ丘から京王線で新宿へ向かう。新宿駅の構内を通り、地下鉄丸の内線に乗換える。赤坂見附でホーム対面の銀座線に乗換えて浅草へ向かう。銀座、三越前とメトロらしい駅を過ぎ、神田から末広町、上野と過ぎて田原町、稲荷町と停車し、夜11時半ころ浅草に到着。
今夜の宿は吾妻橋近くのカプセルホテルである。こんなところに泊まらねばならぬのは、翌日の会津高原8時55分発のバスに乗るためにはどうしても浅草発5時の準急日光行きに乗らねばならないからである。インターネットの路線情報でどう検索しても、会津駒日帰りしたくば東武の始発に乗れという解答であった。フロントで三千円を支払ったあと、5階のカプセルに入る。こういうところは初めてだが、スペース的にはB寝台車並みで、カプセルに入ってブラインドを引けば空間は確保される。テレビもあるのでなかなか快適である。
目覚ましをセットして寝る。寝過ごしたら計画がすべてパーになるのだが、うまい具合に4時過ぎに目が覚めた。そろりと起きてカプセルホテルを抜け出して、東武の浅草駅へ向かった。4時50分過ぎ、駅のシャッターが開く。寝たりないが睡眠不足分は車内でカバーしようと思う。5時発の準急日光行きに乗る。幸い東武快速のクロスシート車だったので、窓枠にもたれる。なんでこうまでして会津駒に登らねばならないのかとも思う。
断続的に目を覚ましたものの、新鹿沼までは眠って過ごした。下今市で会津高原行きに乗換え、またも眠りこけ、鬼怒川奥の峻険な区間もすべて眠って過ごし、会津高原の手前までよく眠れた。8時48分、会津高原着。山の冷気をひさびさに感じる。ここで沼山峠行きのバスに乗りかえる。バスは館岩村、伊南村の山間を走り、スノーシェッドをいくつか抜けて檜枝岐村に入り、10時19分頃登山口に到着した。いそいそと歩きはじめる。しばらく林道を進むと左手に林道終点へつながる近道があらわれたのでそちらを進む。すこし細く急峻な道を登り、ほどなく林道と合流する。きょうは日曜日、人気の山なので路肩にはゾロゾロとクルマが停まっていた。
会津駒の登山道の取り付きは40段の木の階段で始まる。しばらくジグザグに高度をかせぐ取り付きのきつい登りとなった。高度をあげるにつれ、紅葉が見ごろとなり気持ちのいい登高となる。ひさしぶりの山行きで苦しいが、調子の悪いなりに高度を稼ぎ、取り付きから1時間すこしで水場の分岐に出た。ここは休まず前進する。紅葉の樹林帯を着実に高度をあげてゆくと、右手に会津駒から中門岳へのなだらかな稜線が見える。標高1700mあたりから路傍に雪が散見されるようになった。あちこちに雪解けのぐずぐずした跡があって歩きづらいが慎重に進む。左手からは尾瀬の燧ケ岳が望める。ふたつのピークと裾野の曲線美ですぐそれとわかる。
やがて稜線近くなると木道をたどるようになる。眼前の駒の小屋へ、木の階段のような道をこらえて、のぼりついたところが駒の小屋の建つ駒大池であった。眼前のこんもりとした丘が会津駒のピークである。ザックを置いて空身で頂上をめざす。駒大池の右手を通ってひとしきり登ると、中門岳へ向かう巻き道との分岐に出た。右へ進み、頂上への最後の一投足をしのいで、大きな標柱の立つ会津駒ヶ岳の頂上に到着した。登頂のポーズ、決めっ!
やはり尾瀬方面の展望が良い。燧ケ岳が優美な裾野をさらし、奥には至仏山が控える。西側には平が岳がデンと横たわり、頂上部が白い。北側は樹林越しに中門岳へなだらかな尾根道が続いている。ひととおり展望を楽しんだ後、さっさと戻りにかかる。展望の良い中門岳へ行くべきなのかもしれないが、体調が今ひとつなので引き返す。駒の小屋までもどって、白あんぱんとホットケーキとソーセージマフィンをお茶で流しこんで、13時35分ころ下山にかかる。木道をとてとてと下った後は、歩きやすい下りなので本気を出してがつがつ足を運び、雪も消えて樹林帯に入り、あっさりと水場の分岐を通過。
ここから傾斜が急になるが、構わず足任せに高度を下げたので、インパクトが足にかかり(翌日これで苦しむのであるが)足が張ってくる。ジグザグの下りを経て、小屋から1時間15分ほどで木の階段を下って林道に出た。往路同様近道をたどって、駒ヶ岳登山口のバス停には15時過ぎにもどりついた。15時12分の会津高原行きのバスで戻る。桧枝岐の温泉にはバスの接続が良過ぎて入れなかった。バスは尾瀬帰りの登山客で満員の盛況であった。16時25分ころ会津高原に着き、待ち時間できのこソバ(600円)を食べた。たくさん入ったキノコは味も歯ごたえも今ひとつで、値段ほどの味ではなかったが、身体から塩分が抜けているのでスープは全部飲んだ。
16時55分発の快速浅草行きで会津を後にする。新藤原までの野岩鉄道は、県境の山間の静かなところを走る。ほどなく山の端に日が沈んだ。新藤原で2両増結し、下今市からは快速運転となって電車は闇の中を疾走する。長年の懸案のひとつであった会津駒だったが、やってみたらあっさりと登れた。いつもならこのまま自宅へ帰るのだが、明日は巻機山に登らねばならない。