2004年5月3日〈月) 所要時間2時間23分 費用発生 54,700円(石鎚山含む)
1917八王子・・・2002新横浜2009・・・2227新大阪2235・・・大阪2250・・・2308新今宮2312・・・和歌山市018−103和歌山港230=430徳島港445−532徳島547・・・711貞光720=820見の越850///西島906−933剣山935−951西島///1008見の越−1035夫婦池−1133つづろお堂−1146剣橋1205=1255貞光1313・・・1354阿波池田1410・・・1433琴平1448・・・1501多度津1619・・・観音寺1648・・・1757伊予西条(泊)
マーケティングにおいて20代と30代はツルとカラスほどの差がある。20代はトレンディな若者だが、30代になってしまえばオジサン、家庭を持った生活者のイメージが出てくる。私はいまのところ独身だが、若者である20代のうちにこの道楽も一区切りをつけておきたい心理が働いたのか、30歳の誕生日を迎えてしまう7月までに百名山の70座を登っておこうという気になった。職場の上司にお願いしてゴールデンウイークにどうにか2連休を確保し、四国の2座をやろうと考え暮夜時刻表と格闘した。
日曜日の午後七時、会社サーバーの下に隠しておいたリュックを出して、ネクタイを外し私は旅に出た。八王子の券売機で新大阪までの乗車券と特急券を買い、横浜線の電車に乗る。中村うさぎの文庫本を読みながら過ごす。8時少し過ぎに新横浜に着き、新幹線ホームへ向かう。売店でシウマイ弁当を買い、20時8分発の「のぞみ67号」に乗る。ゴールデンウイークの真最中なので自由席は満員で、名古屋まで座れなかった。デッキに坐ってじっと我慢する。尻が痛い。
名古屋で席が空き、ようやくシウマイ弁当を開き、食べ終わる頃新幹線は濃尾平野から山中に入り、再び平地に出てちょっと走るともう京都。つぎが新大阪である。22時27分新大阪着。在来線ホームに向かい、東海道線の新快速で一駅、大阪で環状線に乗り換えて新今宮へ行く。大阪環状線は連休中なので空いていた。新今宮から南海電車の区間急行に乗換えて和歌山へ向かう。さすがにこれは混んでいて、堺でようやく席にありついた。
四国初上陸のスケジュールはじつに出来が良くない。当初は名古屋発の夜行高速バスで眠って徳島入りしようと目論んでいたが、休みの日程が決まってからバスの指定券を押さえにかかったが満席、あわてて次善の策をたてた結果、和歌山からのフェリー利用ということになった。さて、駅ごとに客を降ろしてがら空きとなった南海電車は、みさき公園から和泉山地の山の中に分け入り、孝子(きょうし)に停車。トンネルを抜けて和歌山県に入り、0時18分ころ、和歌山市に到着した。徳島行きのフェリーが発着する和歌山港までは南海電車が通じているが、この時間では終電を過ぎている。3キロ弱なのでタクシーを使ってもよかったのだが、経費節減と時間調整をかねて和歌山港まで歩くことにする。
深夜の和歌山市街をとぼとぼと歩く。何でもない車道歩きだが、時間が時間だけに緊張したのでそれなりに汗をかいた。和歌山港への分岐点を間違え、少し多めに歩かされた。しんと静まり返った夜の工業地帯を歩く。なんで剣山に登るのにこんな所を歩かねばならないのかとも思う。ほどなく目の前に南海の線路が見え、一時過ぎにようやく和歌山港のフェリーターミナルに到着した。ポカリをのみながら出港時刻の2時30分をじっと待つ。待合室にある四国の観光案内リーフレットをすべてに目を通し終わる頃、ようやく一時間半の空白が終わり、1800円の乗船券を買って長い連絡ブリッジを渡って船へ向かう。そういえばフェリーで移動するのもはじめてである。
タラップを渡り「フェリーつるぎ」に乗りこむ。深夜なので乗客は車利用がまばらにいる程度。潮の香りがするデッキを過ぎて船室に入る。カーペット敷きの船室に腰を下ろす。定刻2時30分、エンジンが響きフェリーは出港した。揺れは感じないが流れ行く灯台の灯りが海上を走っていることを感じさせる。寝ようと思ったが流儀がちがうせいか眠れない。客席の一隅に「フェリーつるぎ文庫」があった。数年前に出た麻宮騎亜の「サイレントメビウス」の漫画本を4冊持って、寝そべりながら読む。近未来の東京、特殊警察組織が謎の化け物と戦うというSF漫画。
香津美リキュールに彼氏などいたかなと思いつつ漫画を4冊読み終える頃ようやく眠くなったのでしばしまどろむ。4時30分、徳島到着のアナウンスで起きる。タラップを下り、フェリーターミナルの建物を出て、四国に第一歩を記す。ここから徳島駅までもやはり四キロ程度あるが、和歌山港と同様の理由で歩く。もっとも夜が明けてきたので気分的には楽であった。港エリアから市街地に入り、5時半ころ徳島駅に着いた。駅前には私が乗れなかった夜行バス)(オリーブ号)が停まっていた。
5時47分発の阿波池田行きディーゼルカーに乗る。吉野川に沿う地味なローカル線である。眠くなってきたが貞光を寝過ごすと計画が大幅に狂うので眠気を堪える。何回か意識が飛んだが、穴吹を過ぎてそろそろだと思い、7時11分、貞光でディーゼルカーを降りた。数人の剣山狙いの登山客が下車する。当初の予定ではつづろお堂までバスを使いそこから3時間歩くつもりだったが、貞光駅前で登山者とタクシー3人相乗りの話がまとまったので、タクシーで一気に登山口の見の越まで行った。
車は山奥へ分け入り、つづろお堂からはヘアピンカーブを繰り返して高度を上げ、夫婦池からは山腹を巻きながら走って、見の越に到着。タクシー代は3人で1万円。昨夜以来の強行軍で疲れているので恥も外聞もなくリフトを使う。窓口で剣山リフトのHPのプリントアウトを見せて料金を10%引きしてもらった。リフトは急斜面をガンガン登り、15分ほどで西島駅に到着した。ここからジグザグ状の登山道を登ってゆく。出だしから急な坂道なのでしんどく感じる、が、20分も歩くとあっさり頂上の山荘に到着した。頂上部は気持ちの良い草原地帯で、木道を歩いて頂上へ向かう。歩きながら写メールを何枚か撮っているうちに剣山頂上の標柱が見えた。
わずか27分の登高で臆面もなく快哉を叫び、来た道をほいほいと下る。きょうは雲が多く展望はあまり良くないが、東側の木屋平方面が良く見えた。あっけなく西島へ戻り、リフトで見の越におりつく。帰りはバスのある剣橋まで歩くことにして山腹の車道を30分弱歩いて夫婦池に至り、そこから登山道をくだりにかかった。こちらのほうがあまり歩く人がいないせいか、登山道らしく感じた。3箇所沢を横切り、スギの樹林帯に入ってからは道が歩きよくなり、ほどなく傾斜がやや急になってジグザグ道を下ると下に人家が見え、耕地の一番上に出た。あとは道なりに進んで、夫婦池から一時間弱でつづろお堂に到着。国道からまた山道を下り、橋を渡って国道に戻り少し歩き、昼前に剣橋のバス停に到着した。
12時5分発の貞光行きバスで眠りながら貞光へ向かい、阿波池田までのディーゼルカーでも眠りこけ、JRを乗り継いで石鎚山登山口の最寄り駅、伊予西条へ向かう。さぬきうどんは多度津駅の売店で一応食べた。
2004年5月4日〈火) 所要時間5時間20分 剣山から継続
741伊予西条=835石鎚ロープ前840・・・850成就駅−910成就社−930八丁−1005前社森休憩所−1045ニの鎖下小屋1100−1123弥山−1139天狗岳−1156弥山1205−1222ニの鎖下小屋−1248前社森休憩所−1320八丁1325−1348成就社−1410成就駅1420・・・1430石鎚ロープ前1517=1608伊予西条1618・・・1801岡山1807・・・2110新横浜2114・・・2146橋本
「四国地方はあすの午前、前線の影響で強い雨が降るでしょう」伊予西条のビジネスホテルで、無情にもテレビの気象情報が宣告する。近場なら山行を断念するところだが、ここで引き返すともう一度四国へ行かねばならず、五万円は損してしまうので、強行を判断した。7時41分発の石鎚ロープウェイ行きのバスに乗る。この時点では雨は止み、日差しがまぶしくてカーテンを閉めるほどであった。起床後に頭痛薬を飲んだので眠くなり、まどろむうちに石鎚ロープ前のバス停に着いた。石段を上がり坂を少し登ってロープウェイ駅、1800円の往復券を買う。
8時40分発のロープウェイは斜面の上の空中をするすると登り、あっさりと山頂成就駅に到着。雨が強くなってきたので傘をさして歩きはじめる。しばらくは林道のようなダート道をジグザグにのぼり高度を上げて行く。あまり調子がよくないうえに滑る危険性もあるのでゆっくり歩くことを心がけた。ほどなく成就社の境内を通り、本格的な登山道に入るが、まずは八丁へむけての下りであった。もったいないと思いつつ20分ばかり下って八丁。ここからきつい登りがスタートする。この山、山岳修験道の歴史が深く、白装束の登拝者とよくすれちがう。登山者間の挨拶も「こんにちは〜」ではなく、ここでは登る人には「おのぼりさん」下る人には「おくだりさん」と言うのがルールらしい。(私は、こんにちは、で通しました。長年の習性は変えられません)
雨は容赦なく降り続き、当方もやけ気味に静々と足を運ぶのみであった。八丁からの登り道は木の階段が続出するきついコースであった。それだけ登る人が多いのだろう。考え事をしながら高度をあげてゆくと、試し鎖の分岐に出た。この山、修行の場と言う事で、試し鎖、一の鎖、ニの鎖、三の鎖の4箇所、岩壁に鎖が垂れ下がった区間があるが、「自信のない人」は巻き道でパスできるようになっている。私は腕力はないし、この雨では鎖場は難しいのですべて巻き道を使った。
左へ回りこむようにして巻き道を登って、前社森の休憩所。トタン小屋に小さな茶店がある。なおも登りは続く、しばらくすると階段ののぼりが一段落し、森の中をゆるくのぼり、そして少し下って夜明峠に到着。ここからしばらく階段混じりの道を登ってゆく、左手が傘を持ちっぱなしなので、左肩が凝ってきた。右手の杖とチェンジして進んで行くと、一の鎖分岐に出た。眼前の岩から鎖が垂れ下がっている。巻き道を登って、しばらくすると土小屋からの道を合わせ、長い木の階段をこらえてニの鎖下小屋へ到着した。
ここから弥山頂上まではコースタイム35分なので、ザックを小屋の隅において、爽健美茶のボトルだけをポケットに入れて空身で歩く。激しい雨で岩肌から雨が滝のように落ちている。ニの鎖の迂回路からは斜面に鉄製の桟道がつけられておりちょっと怖さを感じた。滑ったら大変な所である。そのあと木の階段をまた登って、面河からの道を合わせ、三の鎖分岐に出た。また右側を巻いて迂回する。ニの鎖とおなじような鉄製の桟道や木の階段を登り切って頂上部の稜線に出るや、風がビョウビョウと吹きつけてきて傘が飛ばされそうになる。ほどなく頂上の山荘横を通り、弥山頂上に到着。
最高峰の天狗岳をどうするか迷ったが、とりあえず行ってみることにして、弥山を慎重に鎖でおりて稜線をルートファインディングしつつすすむ。道標はなく、コースサインも不明瞭で、登山道のレベルも弥山までとは段違いであり、三点支持をつかうところもあった。風が吹きつけ雨が叩くよろしくない状況の中10分ほど前進すると岩塊の上に石祠の立ったピークに着いた。なお前進すると次のピークにはケルンが立っていた。どれが天狗岳かわからないが、経過時間から考えてこのへんではと思い、ケルンのピークを天狗岳であると自己認定して、引き返した。弥山へのもどりも相当しんどかった。
弥山頂上の小屋のストーブにあたりながら一休みしたあと、12時過ぎ、ヤレヤレともどりにかかる。雨はようやく止んだが、木の階段は濡れており油断はならない。一段一段ていねいに下った。それでも空身の下りは楽で、あっさりとニの鎖下小屋に戻りザックを回収。なお淡々と下り、一の鎖を巻いて夜明峠を過ぎ、あっさりと前社森休憩所に到着。ここからは木の階段が連続するが、集中力を切らさぬよう慎重に歩いた。くだりきって13時20分ころ八丁に到着。最後になって成就への登りがあるが、MDウォークマンを耳に当てて、KOTOKOさんの歌を聴きながら静々と登った。意識を登りから離しておいたので苦しくなく、歌を四曲聴きおわると成就社に戻った。
あとは林道のような道をぷらぷらと適当に下れば良かった。14時10分頃成就のロープウェイ乗り場に到着。一人きりでゴンドラに乗ってツーッと下り、山麓におりついた。濡れたものを着替えて15時17分発の伊予西条行きバスに乗り、車内で一眠りして伊予西条到着。Uターンラッシュでにぎわう中、16時18分発の特急「しおかぜ24号」で四国脱出にかかる。観音寺からの予讃線の車窓から瀬戸内海を見て、宇多津を過ぎて瀬戸大橋を渡る。鉄骨越しに海を見下ろす迫力。感心しているうちに列車は与島を渡り、また橋を渡って鷲羽山のトンネルに入った。岡山からは「のぞみ」で新横浜まで三時間である。