62 恵那山 2191m (Time Attack mix)

山紹介及び最も楽な登り方、

飯田と中津川の間にデンと聳える雄峰。カテゴリ的には中央アルプスに分類されるのだが、むしろ南木曽の山のイメージが強い。中津川市街からながめるその姿は圧巻。堂々とした図体ながら山頂部は広く、長い稜線が広がっている特色がある。最も楽な登り方は、マイカー利用であれば新設された広河原からのルート。公共交通期間利用の場合は、神坂峠までタクシーで上がるか、園原から林道を歩くか、判断の分かれるところだと思います。難易度2プラス。

2003年10月27日(月) 実働時間:7時間57分 費用発生:22,066円

2316八王子・・・町田・・・小田原106・・・610名古屋618・・・733中津川853=923園原−1055広河原登山口1100−1200看板(1716m)−1230昼食地点1240−1303稜線分岐−1325恵那山頂−1335恵那山避難小屋−1345恵那山頂1355−1407稜線分岐−1434看板−1505広河原登山口1510−1620園原1623=1840名古屋1857・・・新横浜2026・・・八王子2134

山行きのあとは家に帰ってからすぐこの原稿を打っているのであるが、今回は実働8時間程度なのに疲れが激しいく、パソコンの前に集中できない。もっとも計画をつくっていたときは日帰りはたぶん無理と思っていて、下手をしたら山中でビバークもありえただけに、幸運が重なったにせよ比較的早い時間に帰着できた事はラッキーであるといわねばならぬ。

恵那山は標高も2200そこそこで、登高に要する時間も手頃な普通の中級山岳であるが、木曽の奥に位置しているせいもあってアプローチがいまいちであり、日帰りでは登れず、また登山口までタクシーを利用した場合タクシー代が馬鹿にならないのであり、さらにメインルートの黒井沢コースが林道工事のため通行不可であるなどの要因で、いままで登れずにいた。が、最近思考が、仕事上いろいろあって感化されてしまっており、「登れない理由を挙げるのではなく、2連休で登るベストの方法を考える」といったビジネス頭の考え方で、各ルートを比較検討した。

神坂峠ルートは黒井沢ルートの次にポピュラーだが、アップダウンが激しく、かつタクシー代8000円を要するためパスし、新設なった広河原コースをピストンする計画を立てた、が、行きの計画は立てて、帰りは下山時刻に応じて適当に判断することにした。ということは昼神温泉あたりで野宿もありえるかもしれない。

山行きの前夜、私は八王子某所の焼き肉居酒屋で、業務上の交際で、カルビや牛タンを食いながらビールを飲んでいた。私は酒に弱いので、ビール数杯でもうヘロ酔いである。だが山に行こうという意識は残っていて、夜11時ごろ、宴を抜け出して、ふらつく足で八王子駅の横浜線ホームへ向かった。町田で小田急に乗換え、東海自然歩道ツアーで二十回以上もやったパターンではあるが、小田原へ向かった。

ムーンライトながらは空いていて、当方も慣れているので名古屋止まりで禁煙車の7号車に座る。熱海から先は眠れた。気がついたら豊橋だった。そこからも断続的に眠れて、うとうとしながら名古屋に到着。中央線の中津川行きに乗換え、また車内で一眠りすると多治見を過ぎ、列車はだんだん山間に入って行く。駅ごとに高校生が乗って、ほどなく終点の中津川に到着。ここで8時53分の園原経由飯田行きのバス「いいなかライナー」を待つ。

待合室でスポーツ紙を読み、昨夜八王子で買っておいた弁当を食べ、ボーっとしながら1時間少々の空白を埋め、飯田行きのバスに乗りこんだ。バスは中津川インターから中央高速に入り、神坂PA内に設置された馬篭バス停に立寄るとほどなく長大な恵那山トンネルに入る。全長8キロのトンネルを抜けると園原インターはすぐで、インターを降りた所にあるバス停で私は下車した。まずは登山口までの長い車道歩きである。MDウォークマンを耳に当て、好みの音楽を聞きながら前進する。

園原農協の横を通り、本谷川沿いに歩き、ヘブンスそのはらへの道を分けてなお歩くと、運動公園や月川温泉への分岐が見えてくる。KOTOKOさんの歌を聴きながら、若干の上り坂ではあるものの快調に前進する。ほどなく戸沢の集落に入る。ささやかな集落であるが、民宿が一軒と釣り堀のある観光施設があった。戸沢の集落の一番奥の民家の先に車両通行止めの表示があった。若干傾斜が険しくなってきたがたんたんと歩いて、林道が本谷川を高巻き気味になって、ほどなく登山者用駐車場に到着。広河原まではあと2キロである。S字カーブで高度を上げて、谷沿いの道を進んで、なお歩くと、古びた短いトンネルがあり、それを抜けたところが登山口であった。所要時間をニ時間と踏んでいたが、一時間半で踏破できた。林道を離れて河原に下りて、難所と言われて2週間前には死者も出た本谷川の渡渉だったが、3本の板の仮設橋があり、水量も少なかったのであっさりと渡った。

ここからが厳しい登りであった。対岸の高巻き道を進み、ENA→ のペンキ印に従って右折し高度を上げて行く。小さい岩混じりの急な登りだが道はよく整備されており歩きやすい。急な坂からジグザグの登り道、また一直線の急な登りが続くが、それほど難しい所はなかった。あたりの木々の紅葉が美しい。淡々と登って、若干傾斜がゆるくなってきたと感じて看板のある1716m地点に着いた。そこからは傾斜はややゆるくなったものの、なかなか高度を稼げないので、笹の中の尾根歩きが長く感じた。

空腹も感じて足がふらついてきたので、1800mまで上がったところでたまごサンドとホットケーキの昼食。園原・飯田方面の展望がひらけており、紅葉の山々やヘブンス園原、遠くには飯田の街をはさんで南アルプスの山々がつらなっている。食事をしてある程度元気になり、気を取り直して再度のぼりにかかる。そのあとまた尾根どおしの急な登りとなるが、斜面にトラロープが張られていたり、木のステップに鋸で切れこみが入れてあったりで道の環境がよく意外にあっさり2000mを越えて、稜線の分岐に出た。ここを右折し、恵那山の頂上へ向かう。

林の中の傾斜はゆるいが、一直線の登りがえんえんと続く単調な登りを二十分ばかりしのいで、一等三角点のある恵那山の頂上にたどりついた。最高点は尾根上を進んだ避難小屋の裏手の岩山という話を聞いていたので、ザックを頂上に置いて、空身で避難小屋をめざす。快適な頂上部のプロムナードを歩いて、少し下って、恵那山避難小屋に着いた。裏手の裏山に取り付いて最高点と思われる箇所にタッチしておく。帰り際避難小屋を瞥見する。ストーブのある土間と板張りの六畳間くらいのスペースがあり、寝具持参なら泊れるなと思った。早々と山頂に戻り、マサフィーの水を飲みながら一憩。登頂のポーズ、決めっ!

13時55分ころ山頂をあとにした。きょうはこのあと計画ははっきりしていないが、できることならビバークはしたくないので本気で下った。頂上直下のゆるい下りを猛然と飛ばして、12分で分岐を過ぎて急な下りに入り、適当にしのいで笹原の稜線もサッサと下って、39分で1716mの看板を通過した。ヒザが痛くなる急な下りを堪えながらダダダダと本気出して下る。かといってこんな道で怪我をしてもつまらないので、集中力を保ちながら足の置き所とインパクトに気を付けながら下っているうちに高度計の数値が面白いように下がってゆき、紅葉の樹林帯に入って、沢の音が聞こえ出して、ほどなく本谷川に降りついて木の橋を渡り、林道に戻りついたのは15時5分であった。

ディスコ音楽のMDを聴きながら下りの林道をノリノリで猛進する。リック・アストリーやカイリー・ミノーグを聞きながら手をグルグル回し、下りのエネルギーをうまく使って前進し、S字カーブ、駐車場、林道入口を過ぎて、戸沢の集落をすぱっと下り、園原目指して前進する。頭の中を空っぽにして、ただただ、前へ、前へ進む。こういう下り、叫び声を上げたいほどの快感である。ヘブンスそのはらからの道を合わせるとインターまであと2キロの表示、本谷川沿いを猛然と下り、中央高速が見えてきて、74分のMD1枚を聞き終わるころ、園原のバス停に着いた。

時刻は16時20分。急いでバス停の時刻を確認したが、16時10分の名古屋行きのバスが出たばかりであった。飯田行きも中津川行きも園原を通るものは終わっている。憮然としながらも、仕方がない昼神温泉まであと5km歩くかと考え、数歩歩き始めたときに目の前に名古屋行きの高速バスが遅れて現れた。これできょうじゅうに帰れる。

バスは恵那山トンネルを抜けて中央道を疾走して、恵那峡SAで休憩後、バス停に立寄りながら名古屋を目指す。土岐のあたりで日が暮れて、春日井で高速を降りて名古屋市内に入り、18時半過ぎに名鉄バスセンターに到着した。眠いのと2時間以上の全速すっ飛ばしの影響で少しめまいがした。きしめんでも食って帰りたかったが、接続よく名古屋18時57分発の「ひかり」が入って来たのでそのまま帰る事にする。眠りこけながら私は新横浜へ向かった。

63 九重山へ進む

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