YAMAMIX CLIMAX 2003 FINAL

57 常念岳 2857m

山紹介及び最も楽な登り方、

北アルプス南部の秀峰。高さや存在感では槍・穂高に及ばないものの、その端正な三角錐のピラミダルな山容は高峰をあまたつらねるアルプスにおいて強烈な個性を放っている。槍・穂高の山域に何回か出かけていると、いい天気の時には背後にその姿を見せてくれるのであって、そうなると常念岳という山は否応無しに印象に残ってしまうのである。どちらかというと安曇野の奥のほうに位置しているため、北アルプス展望路線として知られるJR大糸線の車窓からでも見え、北アを語る上で欠かせない山ではある。最も楽な登り方は、ヒエ平(一の沢林道)登山口からの往復、難易度3プラス。

登山記録:2003年8月11日(月) 費用発生:21,850円

040八王子・・・452穂高=525ヒエ平−638エボシ沢653−818最終水場825−915常念小屋927−1032常念岳1037−1118常念小屋1122−1142最終水場1155−1240エボシ沢−1325ヒエ平=1355豊科1433・・・1500松本1504・・・1549上諏訪1847・・・茅野1906・・・2036八王子

白山から戻ってきて次の休みに、常念岳へ出かけた。今年は南アルプス・白山と高峰を踏破したので、残りひとつはエリア的なバランスを考えて北アだろうと考え、昨年穂高岳山荘のテラスから見て印象に残っていた常念岳をやろうと決意した。昨年北アのメジャーどころを登りまくってわかったのだが、北アは人気がある上に岩がゴロゴロしているイメージが強いのであり、総合的な山域の楽しみとしては、南アのほうが一枚上であるかに思うのだが。

さて、日曜の夜仕事がはねていったん自宅に戻って、野球中継を見ながらザックに荷物をまとめて夜十一時半、私は旅に出た。もっともよく旅に出るくせにたいていは翌日中、長くても一泊二日で帰ってくるのではあるが。モノレールで高幡不動へ出て、京王線で京王八王子に出たのが0時20分。駅前の深夜スーパーで弁当やおにぎりを買いこんだあと、JR八王子駅へ向かう。横断歩道を渡って保健所の前を過ぎ、京王プラザホテルの横をかすめるとすぐJR八王子駅である。深夜の雑踏の中、中央線下りホームへ向かう。

きょう乗るのは中央線の臨時夜行快速「ムーンライト信州81号」である。長らく親しんだ急行アルプスが廃止になってしまって、その代わりに臨時夜行快速が登場したのである。だがこの列車は全車指定席なので思い立ってすぐ乗るということがやりにくいし、夏季以外は週末しか運転されないので平日登山者には使いようがない。さらに夏休み期間は青春18きっぷシーズンなので指定券が取れるかと危惧したが、前日に行っても入手できたので「ながら」のようにプラチナペーパー化まではしていないらしい。ほどなく国鉄型カラーの旧特急型電車183系が入線してきた。車内はほぼ満席であったが、昨年までのように全員登山者ではなく、4割ぐらいは18きっぷ利用と思われる若年層の旅行者であった。10年くらい前の「各駅の甲府松本行き夜行列車」を思い出す。

簡リクのシートに座り、夜食の弁当をかきこんで文庫本など読んでいるうちに藤野、上野原を通過。眠くなってきたのでウトウトする。茅野までは何も覚えていない。そして上諏訪に停車、岡谷に停車。塩嶺トンネルを抜けて塩尻に停車。松本盆地に入って空が白み始め、4時41分、松本に停車。アルプスならここで上高地方面の登山者が降りて半分くらいの乗車率になるのだが、「ちくま」からの乗換え組を加えるとほぼ満席の状態は変わらなかった。18きっぷ利用者は大糸線でどこまで行くのだろうか。列車は大糸線に進入し、4時52分、穂高に停車。中房温泉方面の登山者がかなり降りる。早朝の駅前はタクシー相乗りの手配で異様な雰囲気。

タクシー相乗りでヒエ平へ。穂高から西に進んで安曇野の山裾まで進んだ後、鳥川橋を渡って別荘地のような所を走り、そのあと一の沢林道に入り終点のヒエ平に着いた。何台かのタクシーが停まっていた。起き抜けの状態なのでとりあえず歩くことにして淡々と歩きはじめる。沢沿いの高巻き道を進んで、小さい神社のような休憩所を過ぎると、道は沢とつかずはなれずのルートとなり、何回か丸木橋で枝沢をわたるという面白い道となる。沢沿いの歩きなのでさして傾斜はきつくなく、1時間ちょっと淡々と歩いたところでエボシ沢に出たのでここでウナギ丼の朝食。

十五分休憩して歩きを再開したが、このあたりから登りがきつくなってきた。いったん右手の山肌を高巻くようになっていて、その取りつきが木の階段があったりしてなかなかきつい。夜行のせいか調子が上がらないので、悪いなりの歩き方としてゆっくりのんびり歩くことを心がけた。前夜小屋泊と思われる下山者とかなり頻繁にすれちがう。標高1900を越えたところでいったん下りとなってもとの沢に戻り、沢沿いをすこし上がってまた右手を急登して高巻く。ヤレヤレと思いながら、木の階段でステップがつくられた道を登って行く。そのあとまた沢に出て、もう一度高巻いて、こんどは今までずっと左岸を辿るが、高巻いていた一の沢を渡る所があった。ここが最終水場である。

ひとやすみした後、左側の山へ取りつきの急登。十分ほど歩いて第1ベンチ、そのあとも樹林帯の中をジグザグに高度を上げて行って、沢音が聞こえなくなって第2ベンチ、第3ベンチと順当に通過。しばらく歩くと常念乗越の広大な斜面が見えて、何回かターンを切って高度を上げて行くとわりあいあっさり常念乗越に出た。風が強い。常念小屋前のベンチで一憩してマサフィー(アラブ首長国連邦の水)を飲んで、行動食のウイダーインゼリーを吸いこむ。きょうは下界は晴れているが山は曇天で時折小雨がぱらつくというすっきりしないパターンである。寒いのでジャンパーを羽織る。

そのあとザックを置いて空身で常念岳への登りにかかる。標高差400mを1時間で稼ぐ普通の登りだと思っていたが、意外に苦労する登りであった。岩のゴロゴロした斜面を赤ペンキのコースサインにしたがってジグザグに高度を上げて行くシンドイ道である。このあたり、傾斜はともかく高所なので息が乱れる。40分ばかり急な登りを続けると岩にペンキで「あと15分」とかかれた地点を過ぎ、そこからは北アルプスらしい荒涼とした稜線を進み、前常念との分岐を過ぎる。高度計の数値を見ながら展望の利かない、気の抜けない登りを続け、最後はジグザグをはさんだあと眼前のピークのいちばん上までのぼりつめるとそこが常念の頂上であった。展望はゼロだが、稜線が蝶が岳の方へ先へとさらに延びている。

登頂のポーズ、決めっ!こんな寒い所に長居してもしょうがないので5分の滞留で折り返し、岩のゴツゴツした所を器用な手さばき足さばきで下り、分岐を過ぎ、稜線をたどりそのあと急降下。濡れた岩でつまづくとよろしくないので、集中力を切らさぬようにタ、タ、タ、と岩の上に足の置き所を見定めて、うまく手や杖を補助に使って高度を下げて行く。ほどなく眼下の常念小屋が見えてきて、傾斜が緩やかになって広場に出て常念小屋の前に戻りザックを回収した。時刻はまだ11時18分。常念小屋泊まりにするには早いので、多少強引ではあるがこのまま下ってしまうことにする。腹が減っているが、すこし下った所の最終水場のほうが強風の吹く常念小屋より休憩地点としてロケーションはいいので我慢してそこまで下る。

ステップに気をつけながら快調に下って、第3第2第1ベンチをすっ飛ばして、ほどなく沢の音が聞こえ出し、最終水場に戻った。残雪の残る沢ベリでおにぎりとホットケーキの朝食。そのあとは順調に一の沢を下った。滑らないように足の運びに気を付けながら、タタタタと高巻き道を下って、ちょっとの登り返しをこらえて、高巻きの取りつきの下りを適当にくだるとあっさり45分でエボシ沢を渡った。ここからは通常の沢沿いの下りなので適当に下れる。一回滑って手をついたもののあとは足任せに高度を下げる。高度1600を切った所で日が射してきた。丸木橋の沢沿いでは何組かの登山者が昼休みをしていた。だんだん右側の流れが太くなって行って、高度はあっという間に1380mまで下がった。

「イチ・サン・パー!」と快哉を叫んで、なお前進する。ほどなく神社に戻り、そこから先は高巻き状の道を進んでいって、1時25分、ヒエ平に戻りついた。ここから穂高駅までは14.5kmあり最悪の場合歩くつもりだったが、ヒエ平にはタクシーが2台停まっていた。往路が乗り合わせでタクシー台が半分で済んでいて予算には余裕もあるし、炎天下3時間もさらに歩くのは危険なので、私はタクシーに乗った。豊科駅までで5,140円かかった。

4時間前には頂上で寒いと言っていたのが嘘のように、下界の豊科駅前はシャレにならないくらい暑かった。30度は越えているだろうと思う。急に高度を下げたので耳がツンとしたのを気にしながら大糸線の電車を待った。車内でウトウトして、松本で15時4分発の中央線上諏訪行きに乗換えて上諏訪まで行く。駅前の精進湯が休みだったので間欠泉センターの温泉プールで汗を流して、夕暮れの諏訪湖など眺める。そして上諏訪駅前の食堂でビールと刺身天ぷら定食で祝宴を張って、そのあとスーパーあずさで帰京した。

58 魚沼駒ヶ岳へ

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