YAMAMIX CLIMAX 2002 追撃戦

46 四阿山 2353m

山紹介及びもっとも楽な登り方:

上信越国境の山々の中の雄峰。標高も2353mとなかなか高い。菅平から見た根子岳の景観もまた良い。そんなに樹林が深くなく、笹原や草原が随所に見られるのも面白い。また日本武尊ゆかりの伝説もあり、日本武尊がここで「我妻はや」と叫んだ事がこの山名の由来になっていることからか、高原的な山にしては宗教的ななごりを残しているのも特徴です。まあ上信越国境の山では、やはり一度は登っておきたい山であります。ルートは複数のアプローチを有しますが、マイカー利用ならば鳥居峠からの道が歩きやすい。バス利用ならば菅平高原から。お好みにより根子岳に寄って見るのもよいかと。難易度2プラス。

登山記録 2002年8月12日(月) 費用発生:16,500円

529聖蹟桜ヶ丘・・・分倍河原・・・府中本町・・・武蔵浦和・・・大宮652・・・752上田830=909菅平口−1012鳥居峠1025−1105的岩分岐−1125賽の河原東屋1140−1145花童子の宮跡−1217稜線の休憩舎−1312四阿山1325−1440沢をわたる1445−1500菅平牧場−1535菅平高原1610=1705上田1715・・・1818大宮・・・新宿1903・・・1940聖蹟桜ヶ丘

 ♪見たこともないもの、見てみたい、クジラのダンス、ありんこの涙、いつかきっと見れるよね〜という某グループ企業のCMソングではないが、まだ見ていないものへのあこがれ、好奇心が旅の原動力である。まあ人生の楽しみから好奇心と食欲を取ったら真っ黒になってしまうのであるが。故に小生は旅に出て山に登る。大自然というピッチで火の玉となって暴走する。あとついでにうまいものも食べに行く。

 8月8日、取引先の会社との打ち合わせのために飯田橋に出て、打ち合わせ前にその会社の食堂でジャンバラヤ(洋風チャーハン?)を食べた。このジャンバラヤが意外に、といっては取引先様に失礼にあたるがうまかった。幸せは小さなつみかさね。仕事に追い詰められて、世間虚仮などと口走ってしまうのも本質なのだが、本質だけしか見られないのも情けないのではないか、今が楽しければそれでいい、今日一日だけは楽しみましょうという考え方になれないものか、最近はそう思っている。

 8月9日、となりの席のM永さんが夏休みを取り、その次の日にやふーメールが届いた。「ぼくは今、セーシェルでバカンスを満喫しています。日本を離れて3週間、うーんやっぱりセーシェルの青い海はいいなあ、まあキミはせいぜい仕事をがんばってくれたまえ」むろん冗談であり、イタズラである。だがこのくらいのぶっ飛んだお話が出来る心の余裕は持っていかねばなア、としみじみ感じた。

とまあ枕はこのくらいにして、今年の夏は立山・穂高・槍と北アルプスを登りまくり上高地街道を存分に堪能した。だがまあ8月中にどこかもう1座登っておきたいと考え、しかし相次ぐ大規模山行きで手元不如意になっていることもあり、日帰りで安く上げられる所を探し、四阿山をやろうと決めた。この山、登山起点が上田であり、長野新幹線ルートにありおなじみの中央本線ルートから外れていると言う事もあって、いままで登らずにいた。前の晩、テレビを見ながらパッキングし、1時前にちょっとの眠りにつき、五時前に起床。朝7時前に大宮に行かねばならぬ。

 中和田のコンビニで食料を調達した後、聖跡桜ヶ丘5時半ころの電車で分倍河原に出、南武線で一駅、府中本町から武蔵野線に乗換えてしばしまどろみ、北朝霞で目が覚めた。荒川を長い鉄橋で渡る。そのあと武蔵浦和で埼京線に乗換え、与野本町から埼玉新都心をかすめ、大宮駅の地下ホーム到着。きょうはここから、長野新幹線である。6時52分発のあさま501号で上田へ向かう。座れるかどうか危惧していたが、幸い空席はあった。車中でまたもしばしまどろみ、気がついたら軽井沢であった。そのあと新幹線はトンネルをいくつか抜け、小海線と接続する佐久平に停車。そのあとも疾走し、7時52分上田着。大宮からちょうど一時間。なんたる速さ。

 上田駅前のマクドナルドでフランクバーガーセットの朝食をすませ、8時30分発の菅平高原行きのバスに乗る。今回四阿山の計画を立てるにあたってルートをいろいろ考えたが、ガイドブックにはなぜかバスの通らない鳥居峠からのルートが紹介されている。昭文社の山岳地図ではいちおう菅平から直接四阿山へ登るルートもあるようだったが、あまりポピュラーではないらしい、という事は登山口が見つからないかも知れないなどと考え、安全策でバスで菅平口まで行き、そこから徒歩で県境の鳥居峠を目指そうと考えたが、これは失敗であった。

 菅平口でバスを下車。ここから国道144号線を、嬬恋村方面へ向かって歩き出す。地図を見る限りでは1時間20分もあれば歩けそうだと考え、MD1枚聞いていれば大丈夫だなと考えたが、意外に交通量が多くMDを耳にあてて歩くどころではなかった。横を側方間隔をあけてはくれるものの大型トラックなんぞが通ったのでは生きた心地がしない。さらに日陰があまりなく、夏の日差しがじわじわと照りつけ、大汗をかく。けっこうな登り道が続き、下渋沢の集落を過ぎ、渋沢温泉前を通過。そのあと四阿高原への分岐をすぎてからは、道は大きいカーブを繰り返す登りとなった。

 ヤレヤレと汗をぬぐいつつ、バスを降りてから一時間強で、長野群馬の県境にある鳥居峠に到着。暑さに耐えかねドライブインに入ってアクエリアスをがぶ飲みし、アイスモナカをほおばる。やっとこれで一息つくことができた。だが本番前にけっこう体力を使ってしまったなとも思う。さて峠の標識脇から林道を進む。ダートの林道だが日陰が少なく、太陽光線がガンガン照りつけてくる。私は帽子を持ってくるのを忘れた事に気付いた。しかたがないのでタオルを頭に巻きつけ、「ほっかむり」をして登り続けた。ほどなく林道が三叉路になり、そこを左折してさらに単調な登りが延々つづく。MDウォークマンを聞きながらではあるが、暑くてたまらぬ。

林道のドン詰まりが分岐になっていて、直進は的岩コース、右折が花童子の宮跡を辿るコースで、こちらのほうが現在は一般的らしい。右折してやっと林の中の登山道に入り黙々と登って行く。山腹をゆるく登ったあと、低木帯に入り若干見とおしがきくようになる。ほどなく標高が1600を越え、最初のあずまやにたどりついた。鳥居峠スタートから一時間が経過したのでここで弁当の朝食。そのあと再度ちょっとしんどい登りが続く。ほどなく道は木の階段が続くようになり、ひとしきり登ると花童子の宮跡。山岳信仰が盛んであったころ、ここに中宮が置かれていた旨の看板がある。

 そこからも階段混じりの急な登りが続き、辛抱を重ねて目の前の尾根に取りつくと、道は尾根伝いに西へ進む。いったん巻き気味にすこし下ったのち、再度目の前にピークが現れ、それを一歩一歩詰めて行く。ほどなくあずまやが現れ、的岩からの道と合流した。そのあと登山道は北に向きを変え、いったんちょっと下った後目の前のこんもりとしたピークを登って行く。足元が岩でガレており歩きにくく、稜線なので風が強くなってきた。まあこのあたりが勝負所である。そのピークを越えると道はいったんガクッと下り、鞍部までおりてから再度登りに転ずる。そして尾根どおしにすすんでから嬬恋清水の分岐を経て、また木の階段混じりの急な登りとなる。

もうちょっと歩けば頂上かなと高度計の数値から推測していると、ほどなく四阿高原からの道と合流し、そこから木の階段をひと登りして根子岳からの道とも合流。ここまでくれば頂上は近い。木の階段を登りきって、そこからひと登りで頂上の一角に出た。登山道沿いに小さい社がふたつあり、北側に頂上の標柱が立っている。どうにか息を整え、頂上の標柱にタッチした。鳥居峠から三時間弱。やれやれ、登頂のポーズ・決めっ。

546azumaya.jpg (14924 バイト)四阿山山頂にて、登頂のポーズ

行動時間の割には暑さのせいかへばっていた。頂上でウイダーインゼリーを吸いこみ、ポカリで水分も補給しておく。午後でガスが出てきており遠望はあまりきかない。せいぜい嬬恋方面と菅平方面と根子岳が見渡せる程度である。落ちついたあと、夕立を警戒したため早々と下山にかかる。下りは菅平牧場へ向かう。あの国道歩き1時間は御免であると考えた。そういえば私の登山はピストンが大半で、往路復路が別ルートというのは一昨年の空木岳以来であったななどと思い出す。根子岳方面へ稜線をたどり、草原状になったところに菅平牧場への分岐があった。

浮石の多いザレた道がけっこう長く続く。けっこう神経のいる下りなので慎重に下った。ところどころ平らになった部分があり、こういうところで昼寝をしたら気持ちいいだろうなと思う。ひとしきり下って、中四阿への尾根伝いの道が続く。笹原の根子岳が独特のスタイルで立っている。ほんのちょっと登り返し、中四阿のピークを巻いたあと、尾根上の下りがけっこう長く続く。浮石と足を置いてもいい石の区別に迷う。稜線をはなれて低木帯に入り、笹の中をかき分ける箇所もあったが淡々と下って行き、下りがだんだんなだらかになってきたところでダートの林道にくだり、そこから林道ぞいに西へすすみ、そのあと再度下って行く。そして沢を丸木橋で渡る。沢水で手と顔を洗い、汗を流す。

そこからちょっと登り返すと菅平牧場に出た。草をはむ乳牛肉牛を見ながら、牧場の柵沿いにくだり、ダボス牧場の登山口におりついた。そこからは観光客にまじりながら牧場沿いに西へすこし歩き、菅平牧場のレストハウスに出た。ここで「菅平牧場ソフトクリーム(300円)」を購入。車道を下りながら食べる。しっかりした風味のソフトは絶品。疲れた体にはひときわうまく感じられる。今日に限っては私は幸せだ、そう思う。

菅平高原の別荘地内の車道を一直線に南下し、そのあと旅館街を下って行く。避暑地と言うよりは大学体育会系の夏合宿のメッカらしく、アメフト・ラグビー・剣道・陸上などの練習風景を瞥見しながら、旅館とグラウンドが続く中を淡々と下って行く。ほどなく菅平高原のバス停に到着。バスを待つ間シャツを着替え登山靴からサンダル履きの涼しいスタイルに替える。帰りのバスでは眠りこけ、上田からはあわただしく新幹線で帰京した。

47 剣岳 へ進む

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