山紹介及びもっとも楽な登り方:
北アルプスの代表的な山岳。なんといっても特異な頂上部の「槍の穂」が強烈な個性を放っている。東鎌尾根の表銀座コース、西鎌尾根の裏銀座コース、飛騨乗越からの槍平コース、上高地からの槍沢コース、穂高岳からの大キレットコースなど、一般ルートだけで5本ものアプローチを有し、「すべての道は槍ヶ岳に通ず」といった様相を呈している。穂高のようにいくつものピークが天空に聳える宮殿のような構えもいいが、槍ヶ岳はその5本の道を集めた槍の肩から、天空へ向かって一本突き出ている構えもまた美を感じさせるのである。かように強烈な個性を持っているから、人気もまた絶大なのだが、簡単には頂上に立たせてくれない。もっとも楽な登り方は上高地から横尾を経ての槍沢を詰めるコース。難易度4。
登山記録:2002年8月4・5日(日・月) 費用発生:26,840円
第1日:八王子029・・・・急行アルプス・・・松本442・・・505新島々515=620上高地BT640−713明神−747徳沢755−835横尾853−930一の俣−1000槍沢ロッヂ1020−1048ババ平−1110大曲り−1153天狗原分岐1210−1340殺生ヒュッテ1350−1430槍ヶ岳山荘(泊)
第2日:槍ヶ岳山荘515−532槍ヶ岳540−602槍ヶ岳山荘615−710天狗原分岐720−745大曲り−800ババ平−815槍沢ロッヂ820−838一の俣−907横尾912−945徳沢−1015明神−1049上高地BT1120=1230新島々1253・・・1323松本1354・・・スーパーあずさ8号・・・1605八王子
夏休みがやってきて、ことしはどこの大物をやってみようかなあと暮夜ひそかに時刻表とガイドブックを広げて、麦茶をすすりつつふけゆく夏の夜。昼間かいしゃで多少、気に障ることがあろうと、この瞬間には一時的なれど忘れ去る事が出来るのである。もっとも山旅にもその人の「好み」というのが出るのであって、私の山の好みは、奥多摩奥秩父を別にすれば、やはり南アルプスである。あのどこまでも広がる鬱蒼とした樹林は深い感動と癒しを与えてくれる。北アなんぞ岩ばっかりで日が照って大通俗になっていて、登山としてのおもしろさでは南アに一歩劣る。北ア好きの方が聞いたら怒鳴られそうだが、小生はそう感じている。まあ音楽と同じで、モーツァルトが好きかヴィヴァルディが好きかは聞く人の好みに左右されるのだが。
そういう訳で今年のメインターゲットは南アルプス南部の盟主、赤石岳にしようと心を決めていたが、ことしは台風の当たり年で7月に上陸した台風6号のせいで静岡から井川のバス道路でがけ崩れがあって、道路不通のため静岡から畑薙ダムの間のバスは運休中である旨の告知を東海フォレストのサイトで見かけた。念のため静岡鉄道バスの新静岡営業所に電話で問い合わせて見たが、やはり不通の事。よってドラマの期日は決ったが、主役に事欠くことになってしまった。なんてこったい。畑薙ダムのそばには小さい売店があってそこの店番の女の子はけっこうきれいだったのに。(これホント)いや、そこのしいたけソバとおでんは美味しかったのに。
代役をさがせ!まだ登っていない百名山の3000m峰ならなんでもいい!とあわてだしたのが夏休みの四日前、穂高から帰ってからであった。もっとも上記の3条件を満たすのは槍ヶ岳と聖岳のみで、聖岳もアプローチが赤石岳と同じであるため不可。ということで槍ヶ岳しかなかった。代役と言っては槍ヶ岳様に失礼に当たる、が、つい5日前に歩いたばかりの上高地街道をまた歩くのは本意ではない。
資料作成に追われて土曜日の夜やっと仕事がはねて、上司に「明日から3日間、夏休みを取らせていただきます、休み中の連絡先は、山の中なので携帯は通じません」と言い残して私は旅に出た。きょうは仕事が遅くなると読んでいたので、京王八王子駅のコインロッカーに登山リュックを隠しておいた。そのあとゆっくりと夕食を済ませた後スーパーで食料など買いこみ、私は八王子駅に向かった。めざすは毎度おなじみの急行アルプスである。もっとも今回はターゲットが急遽決ったので指定券は取っていなかった。案の定自由席は満員の盛況で八王子から座れるわけがなかった。まあ世の中そんなものであろう。
客席の最後尾と壁との間の隙間に縮こまり、席が空く甲府を待った。もともとこの手は青春18きっぷ時期の東海自然歩道のムーンライトながらで編み出された手である。もっとも大月にも笹子トンネルにも気付かなかったのだからそこそこ眠れたのであろう。甲府で南ア方面の登山者がどっと降りたので席にありつく事が出来た。これをやらかすたびに、夏山シーズン中は甲府まででいいから毎日増発を出して欲しいと思う。そのあとは眠れて、気がついたら電車は塩尻に停車していた。松本で新島々行きに乗換え、6日前と同じ行路をたどる。バスの中で一眠りし、気がついたらバスは釜トンネルを抜けていた。
意気上がらず淡々と山行き用のシャツに着替え、登山靴をはいて、朝食トイレをすませて、ポータブルMDのスイッチを入れて上高地街道を歩き始めた。歌の世界にどっぷりはまりながら、上高地街道を北上する。林の中を淡々と進み、明神到着。時々梓川ぞいに出ながら歩き、1回だけ沢を高巻くためのアップダウンをこなして、徳沢到着。前回と同じようにここでMDを取り替え、なおも前進を続ける。新村橋を過ぎてもダート道を淡々と進むと梓川の流れが広まって、横尾大橋が見えてきて、上高地から2時間弱で横尾到着。ポカリスエット(250円)を飲んで一息。
ここからは初験の道である。ダートの林道が狭まって普通の登山道になり、蝶が岳への道をわけてからも梓川ぞいの道が延々と続く。もっとも道そのものはそれまでと大同小異、音楽を聞きながらでも充分対応できる道である。槍見河原を過ぎてからも、淡々と進み、意外にあっけなく一の俣に到着。かつてはここから常念岳方面へ道が延びていたが現在は通行止となっている。そのあとすぐニの俣を吊橋で渡り、ここからちょこっと道がのぼり気味になってきて、ヤレヤレと汗をかきつつ進んで行く。槍沢ロッヂのプチ水力発電場を瞥見したあと道がちょっと急なのぼりになり、それをこらえて槍沢ロッヂ到着。またポカリスエット(300円)を飲んで一息。ついでにおにぎりの第二朝食。
さて、ここからが本番である。Tシャツ一枚になって登りに挑む。といっても基本的に沢筋ベースのやさしい登りなのでそんなに苦にはならない。岩のゴロツイた枝沢をいくつか渡るとババ平。ここはもと槍沢小屋の跡で、度重なる雪崩のために今のやり沢ロッヂへ移転したのである。テントがいくつか立っている。そのあとは槍沢の河原の端っこをつめてゆく単調な道が続き、いつのまにか高度計も2000mを越えて、目の前に東鎌尾根が出てきて、水俣乗越への道を分ける大曲りを通過。ここで登山道はひだりにカーブし、谷の傾斜にあわせてどんどん傾斜がきつくなってきた。それまでの数時間が概して楽だっただけに、この登山道の様相の変化はこたえた。
急峻になる一方の登山道に辟易しながら登り続け、コースタイム並の時間をかけて天狗原の分岐にたどりついた。ここでウイダーインゼリーを吸い込んですこし休む。そのあと、ここが踏ん張り所だと自らを奮い立たせ、谷筋斜面のジグザグ登りを一歩一歩進んで行く。ガイドブックによればここから殺生ヒュッテの前まで2時間もかかるという。しかめっ面をしながら登ると滝見岩という所に出た。槍沢の対面に、細い流れがたてに流れおちている。そのあと雪渓の末端にある水場を越えて、槍沢をトラバース気味に横断したあと、殺生ヒュッテ直下の岩のガラガラしたジグザグ登りにかかる。ここで正面に槍ヶ岳が見えてきた。
美しい。
他に形容の仕様がないのである。槍の穂先が天空に向かって鋭くそびえるその存在感は見るものの胸を打つ。登山道は槍の肩へ向けてジグザグをきりながら、空へ向かって伸びている。なんとぜいたくな景観であろうか。思わず感嘆のため息がもれる。絶景を眺めながら、ジグザグ道を進んで行くとヒュッテ大槍への分岐。そこからも登りは続く。高度的には空気が薄いので苦しい登りだが、斜度はそんなに酷くなく、あのザイテングラートの登りには比ぶべくもない。フウフウ云いながらガラガラの斜面を登って行くと、横に岩屋が見えた。播隆窟とよばれる岩屋で、江戸時代に槍ヶ岳を開山した播隆上人がここに53日間こもって修行したという解説板がある。そこからすこし高度をかせいだところで、天狗原の分岐から1時間経ったので休憩にした。槍の穂をながめつつウイダーインゼリーを吸い込む。
その道が 天へと至る 槍ヶ岳
そこから同じような道を20分ばかり登ると殺生ヒュッテへの分岐。通らない道もあるのだが、最後の登りを前にもう1回休んでおきたいので殺生ヒュッテを回った。小屋の前で景観に見とれる。槍の穂、肩から西には大喰岳がずんと大きい図体をさらし、槍の穂の東は東鎌尾根が続いている。振り返れば常念岳がすっきりとした形で見える。さて、槍ヶ岳山荘へ向かって最後の登りである。はじめは小広い道をゆるく登って行くのだが、だんだん登りがきつくなって行き、そして岩間のジグザグ道となった。あちこちに槍ヶ岳山荘への残り距離がペンキ書きされていて励みになる。だんだん大きくなってくる槍の穂を見ながら一歩一歩慎重に進む。道そのものは問題ないが何しろ空気が薄い。高度をあげるにつれ、東鎌尾根から大天井岳への稜線が見えてきた。えっちらおっちら登って、午後二時半に槍ヶ岳山荘到着。さすがにくたびれた。
目の前の槍の穂には多くの登山者が列を作っているが明日の朝イチに回すことにして、8500円を支払って宿泊手続きを行った。さすがは四方から登山者を集める槍ヶ岳山荘だけあって、いくつもの建物が建て増されている。雷鳥の間の中二階のスペースの一番右に寝ろと指定される。そのあと談話室で山の本などを読んで夕食を待った。5時過ぎからの夕食はごはん、薄い味噌汁の他はおかずの大皿であり、山菜や冷めたハンバーグ、唐揚げが少量ずつであった。そのあと喫茶室でグラスワイン(400円)を飲んで、談話室のテレビで笑点の大喜利を見てから寝室に戻り横になった。雰囲気が違うのと通路の音が聞こえるのであまり眠れなかった。午前2時に目がさめたのでトイレをすませ、そのあともう1回ねむけをもよおす効果のある頭痛薬を飲んで横になる。
山小屋の朝は早く、3時過ぎから皆がバタバタし出す。四時には当方も再度目を覚ました。身体がしゃきっとしないが致し方ない。ごはんと味噌汁、鮭の切り身少々の朝食のあと、槍の穂へ挑む。しかし外へ出たら昨日とは打って変わって強風がゴウゴウとうなっていた。やれやれと思う。こんな悪状況で視界の悪い中、技術のいる槍の穂へ挑むのは本意ではないが、登らなければ頂上へ行けないから淡々と槍の穂に取り付いた。やはり疲れていても昨日やっておけば良かったかと思う。岩の城砦を三点支持を忠実に守りながら慎重に登って行く。時折吹きつける強風が嫌らしい。そのあとはハシゴが出てきて緊張が高まる。そのあとも岩の城砦の中を足場、手の置き所を見定めてこなしてゆく。岩にアングルが打ちこまれている箇所ではそれも頼りにする。最後にけっこう長いハシゴの2連発があって、それをこなすと六畳間ぐらいの広さの槍ヶ岳頂上に出た。強風にあおられつつ、登頂のポーズ・決めっ。
【写真】槍ヶ岳直下のクサリ場
期待していた景観は強風とガスのためほとんどなく、早々と戻りにかかる。下りは慎重を期したためか、へっぴり腰で降りたためか、登りよりも時間がかかって、どうにか小屋に戻りついた。喫茶室のコーヒー(350円)を飲んでひといきつけたあと、上高地めがけての長い下りをはじめた。先が長いので静々と小幅の足さばきで下ったが、もともとそれほどきつい下りでないため淡々と下ることが出来、15分程度で殺生ヒュッテ横を通過し、そこからは岩の上をタップダンスを踊るように下って行き、播隆窟、ヒュッテ大槍分岐を過ぎて谷をトラバースし、早送りのビデオを見るように下って行き、槍ヶ岳山荘から55分で天狗原分岐に戻りついた。休憩のあと、日が出てきたので再びTシャツ1枚になって下りにかかる。谷沿いの下りを快調にこなし、あっさりと大曲りを通過。
ここからは槍沢沿いのなんでもない区間になる。15分ばかり進んでババ平を経て、ゆるやかに下っていくつか沢を横目で見ながら下ってゆく。槍見岩で槍の穂に最後の別れを告げてから一下りして槍沢ロッヂ着。5分休憩のあとなおも下る。水力発電場からは道が沢沿い歩きに近くなり、あっさりと橋をふたつ渡って一の俣を通過。ここからは帰りのバスの時刻が念頭に浮かんで、意識して早足で下り、ロッヂから47分で横尾に戻りついた。
あとは過去5回も歩かされている上高地街道を進むのみである。ウイダーインゼリーを吸って一息ついたあと、ポータブルMDの音楽を聞きながら猛然と進んだ。上高地街道も6回目(3往復)なら慣れたものでサッサカサーと進んで33分で徳沢、なおも進んで、アップダウンをひとつはさみ徳本峠からの道を合わせ、1時間3分で明神。登山客・観光客が混在した上高地街道をひたすら進んで、小梨平のキャンプ場に戻ってきた。上高地起点の山は大抵登ったので、過去5回足を運んだ一流観光地・上高地にも当分これで来る事はないであろう。河童橋の横を通り、横尾から1時間37分、槍ヶ岳山荘から4時間34分で、観光客でごった返す上高地バスターミナルにもどりついた。
バスの整理券を取ったあと、アイスモナカをほおばる。山から下りてきた身にはひときわうまく感じられる。そのあと11時20分発のバスに乗り込んだ。 いつものように釜トンネルの入口まで焼岳が見送ってくれた。トンネルを抜ければ158号線である。バスの中で一眠りし、新島々から松本電鉄、松本からスーパーあずさで帰途についた。