山紹介及び最も楽な登り方
北アルプスの3000mクラスの名峰でありながら、立山黒部アルペンルートのアクセスの良さもあり、北アルプスでは最も楽に登れる山。また、富士山・白山とともに日本三名山にあげられている。山岳信仰が盛んで、雄山には多くの登山客が押し寄せる。とはいえ、やはり3000mは3000mなので、それなりの心構えは必要であると思われる。一の越からはモロにアルペンティックな登りです。難易度2プラス。
登山記録 2002年7月21日(日) 費用発生 31,880円
2230立川・・・西国分寺・・・武蔵浦和・・・大宮020・・・(急行能登)・・・542富山552・・・652立山700・・・707美女平740=830室堂841−930一の越950−1040雄山−1100大汝山−1120雄山1130−1210一の越1220−1310室堂1315=1325大観峰1415・・・1420黒部平1425・・・1430黒部湖1505=1515扇沢1530=1600信濃大町1617・・・1949立川
梅雨が明ければ夏がやってくる。本業の仕事が忙しく、休みが週1ペースで推移しているためそれに合わせたスケジュールを組まねばならない。山高きが故に尊いと言うわけではないか、夏はアルプスという観念に取りつかれているため、容易に登れる立山にねらいをつける。
7月20日、土曜日、梅雨明けしたとみられるその日、パソコンの前でエクセルと格闘し、アクセスのクエリーが出てこなくてイライラしながら夕刻になり午後六時半、仕事がはねて、私は自宅へ帰途についた。山へ行く前にビッグイベントがひとつ待っている。自宅近くの八幡神社で盆踊りがある。東京音頭と炭坑節をしこたま踊った後、荷物をまとめてモノレールの駅に小生は向かった。
モノレールで立川に出、国電を乗り継いで大宮へ。ここで夜行急行「能登」に乗り換える。立山にあっさり登るには室堂へ出なければならないが、乗り継ぎの労が少ないのは富山回りの方である。予算上の制約があるので、座席車の夜行急行「能登」利用とあいなった。
私がはじめて夜行列車に乗ったのは中ニのときである。それが夜行急行の「能登」であった。北陸ワイド周遊券を手に北陸地方のローカル線に乗りにいっただけだったのであるが、当時としては大旅行に感じたことを覚えている。もっとも14年前は14系の客車列車だったのが、ボンネット489系の電車列車であること、横軽の碓氷越え区間がなくなったので信越線経由から上越線経由になったこと、上野発21時ちょうどだったのが0時近い発車時刻になりその分スピードアップされている事など、往時を偲ばせる材料はあまりない。ただ小生のどこかへ行きたい、一時的でもいいから日常から離脱したいといった旅心は、いいか悪いかは別にして変わっていないのである。
午前0時20分、大宮発。この急行「能登」は最終列車としての使命も担っており、上尾、桶川、鴻巣と近距離客を下ろして行く。1時19分高崎着。ここから先は上越線に入り直江津までは停車しない。(長岡で運転停車はしていると思われるが)私は手早く夜食をすませ、シートに横になった。目が覚めたら列車は直江津と糸魚川の間のトンネルの多い区間をごうごうと進んでいた。ほどなく直江津に停車。市街地をちょっと走って姫川を渡り、右手に北陸自動車道が寄り添ってきて、天嶮親不知越えにかかる。また眠くなってきてしばしまどろみ、再度目が覚めたときは車内の減光が解除され、ペールギュントの「朝」が流れたあと、富山到着まであと5分であると言うアナウンスがあった。
常願寺川を渡り、富山着5時42分。地下道をわたって富山地鉄の乗り場へ向かい、室堂まで通しの切符を買う。富山地鉄はごく普通のローカル私鉄だなと言う印象を受けたが、夜行疲れですぐに眠ってしまった。途中駅に気付かぬまま、立山駅に到着。ここからいよいよアルペンルートである。まずはケーブルカーで美女平へ上がる。7時発のケーブルの整理券をもらって改札口に並び、狭いケーブルカーの中に押し込められる。山肌をガックンガックン登って行き、7分で美女平到着。ここで7時40分発の室堂行きを待つ。早朝だというのに大勢の客がバスを待っている。
3台のバスに分乗して、室堂へむけて出発。高原道路を徐々に上がって行き、称名滝を遠くから瞥見したのち、カーブを切りながらバスは坂道を上がって行く。天狗平のあたりでちょっと眠ってしまい、気がついたら標高2450mの室堂であった。トイレを済ませ、山菜そばの朝食を食べ、いよいよ立山へ向かう。まずは一の越へ向かわねばならないが、このあたりのコースは錯綜しているため良く見ていかねばならない。この夏は雨が少なかったため、いたるところに雪がのこっており、一の越までの石畳の道も、随所で雪渓を渡らねばならない箇所があった。団体の登山客がかなり多く、コースは数珠つなぎの様相を呈してきた。
勾配が徐々にきつくなってきて、何度目かの雪渓をわたると目の前に一の越山荘の建物が見えてきて、行動開始から一時間足らずで一の越に到達できた。大勢の登山者で賑わっており、小学校の林間学校と思われる団体もいる。ところで今日は調子がよろしくない。先発ピッチャーは1回を投げてその日の調子を判断するが、きょうも1時間歩いてみて、夜行疲れのせいか仕事疲れのせいか、昨日踊り過ぎたせいなのかはわからないが、あれしきの登りで息が苦しく感じる。軽い高山病かもしれない。
もっとも最高峰の大汝山まではコースタイム1時間20分そこそこなので、だましだまし歩くことにして、ザックを位置の越に置いて、水のボトルだけを持って、空身で頂上をアタックする事に決めた。ここからは本格的な岩のごろついた登りである。もっとも、登山者が多く中にはスニーカー姿のもいて、彼らのペースに合わせたのでけっこうちんたらとした登高になった。だんだん眼下の一の越が小さくなり、やがて視界から消えると小広い台地に出る。そこからも急峻なガレたのぼりが続く。こういう箇所では左手で手近の岩につかまりながらヨッコラセと登って行く。
一の越から一時間足らず、主峰である雄山(3003m)の頂上小屋に到達。ここから最高峰の大汝山までは20分である。いったん鞍部まで下り、ザクザクした稜線沿いの登りをこらえる。谷から冷たい風がバタバタと我が身を打つ。やはり防寒のジャンパーを羽織ってくれば良かったかと思うも、一の越に残してしまっている。霧で悪い視界の中、斜めの登りから露岩帯を登り、ようやく古びた標柱があるだけの大汝山頂上(3015m)にたどりついた。標柱は岩の間のわずかなスペースにあったので、手を伸ばしてその標柱にタッチする。
登頂のポーズ、決めっ!さてあとは早々にズラかるのみ。慎重に岩の上を下って行き、ひとしきり下って雄山の登り返しをこらえて、ほうほうのていで雄山頂上小屋に戻りついた。御札や破魔矢などの山岳信仰関連グッズの他、ジュースやビール、カップラーメン等も売られていた。寒いのでインスタントしるこを300円で注文。雄山のピークの入口にゲートがあり、入山料500円を徴収していたので、雄山のピークを踏む事は敬遠してそのまま一の越に下る。
体調がよろしくないのと、登って来る人が多いので焦らず慎重に下る。三点支持が要求される箇所もあって気が抜けない。あとは右手に杖、左手で適当にバランスを取って、しずしずと、口で「キャラメルキャラメル・・・」と言いながら足を一歩ずつ小さく踏み出して集中しながら下って行く。ほどなく先ほどの小広い台地に戻りつき、そこから急峻な下りを、集中力を切らさぬように下って行く。キャラメルキャラメル。
ようやく眼下に一の越の建物が見え、ほどなく一の越にもどりついた。ザックを回収し、一息ついた後、室堂への戻りにかかる。ジグザグの下りを済ませたところで霧が晴れ、視界が晴れてきた。一の越から立山への稜線とそれに群がる人の多さ。北側に目をやれば剣御前、別山、真砂岳がドーンとそびえている。藍より青き大空に、そそり立つ山々、そして室堂高原の眺め、涙が出てきそうなくらい綺麗な別世界である。
何箇所かの雪渓を気をつけて渡り、くだり気味の道を絶景をたのしみながらゆっくり進み、午後1時過ぎに室堂に戻りついた。帰りは話のタネに、現代日本の観光ルートである立山黒部アルペンルートをたどって黒部ダムを見て大町経由で帰る事にし、団体客でごった返す室堂ターミナルから大観峰をめざす。四台立てのトロリーバスに乗り、立山の下をぶち抜いたトンネルを疾走し、大観峰でロープウェイを50分待って、満員のロープウェイを針ノ木岳やスバリ岳の絶景を楽しみながら下り、黒部平からは満員の地下ケーブルに乗って黒部ダムへ降りる。このロープウェイと地下ケーブルで1000m近く一気に高度を落とす。急激な高度ダウンで耳がツンとしてきた。
やはり黒部ダムは圧巻であった。堤体の高さが186m、よくもこんな巨大な建造物をつくりあげたものだと感心する。ダムの堤体から勢い良く下流へ放水され、水煙と虹が立ちのぼっている。黒部ダムの堰堤上を息を呑みながら渡った所のはずれに、作業員達の銅像と百人を越える殉職者の石碑がある。やはりこの地にこれだけのものを作り上げるのには作業スタッフの苦労は想像を絶するものだったと思われる。
ダムの対岸の展望台の脇から再びトンネルの中に入り、黒部ダムが出来あがるまでのパネルなどを見ながら扇沢行きのバス乗り場へ行き、トロリーバス5台に分乗させられて扇沢をめざす。針の木トンネルを抜けて、扇沢に到着。ここから大糸線の信濃大町まではバスで30分である。下界へ戻るや、猛烈な暑さが戻ってきた。日帰りで慌しく、信濃大町発16時17分の「あずさ94号」で私は帰途についた。