YAMAMIX CLIMAX 2001 

42 白馬岳(2932m)

山紹介および最も楽な登り方:

有名山岳を数多く連ねる北アルプスの北東に位置する名峰。槍・穂高に標高こそ及ばないものの、夏なお雪を多く残す大雪渓や可憐なお花畑などがあり、日本アルプス中トップクラスの人気を誇る。アルプスにしてはアプローチが容易なため一見楽そうな感じがするが、頂上に立つにはそれなりの気力体力を要する。最も楽な登り方はやはり距離の短い猿倉からの大雪渓コース(要アイゼン)難易度4。

登山記録:2001年8月14・15日(火・水)  費用発生:27,000円

2342大塚・・・014立川・・・110大月118・・・508信濃大町532・・・600白馬615=645猿倉720−810白馬尻820−840大雪渓下−1005大雪渓上−1045お花畑避難小屋1055−1145村営頂上宿舎−1205白馬山荘1230−1250白馬岳1310−1325白馬山荘(泊)530−540頂上宿舎ー640大雪渓上−740大雪渓下−805白馬尻−840猿倉=白馬957・・・松本1142・・・上諏訪1419・・・1601八王子

日々パソコンの前でエクセルで文書作成や資料作成などに苦闘していてイライラが募り、休憩室にエスケープして悪癖ではあると分かってはいるのだが煙草を取り出し火をつける。煙をくゆらせながら次の休みはどこへ行こうかなあと煙草をくわえたまま思案する。中央線沿線ぞいに住む者にとって、山と中央本線は不可分の存在であるかに思えるのであって、やはり夏休みは松本方面へという頭があったのか、白馬岳をやろうと決めた。体力もないのに有名山岳を登りまくるのは言い方は悪いがブランド品を買いあさるのに似ている。白馬岳は日本アルプス中屈指の有名ブランドである。私はあまりブランド品に関心も知識もないのだが、ロレックスやオメガと聞くとそわそわする境地には入っている。

それはさておき、月曜の夜仕事を切り上げいったん家に帰ってから登山セットをひろげザックへのパッキングを行い、広末涼子主演のドラマを見てから旅装を整え腕時計をブローバ・クラシックからカシオのプロトレックに換え、夜十一時私は旅に出た。モノレール大塚駅前のコンビニで食料を仕入れ、いったん立川へ出た後、きょうはアルプスの増発は出ていないのでまず座れないなと考えた私は、オレンジ色の快速電車で大月まで出て、そこで急行アルプスをつかまえる手を使った。案の定、急行列車は混んでいてデッキに立つ人もいる状態であった。私は憮然とした表情で屑物入れに寄りかかりながら席が空くとみられる甲府を待った。

村上龍の刹那的な小説を読んでいるうちに列車は笹子川を遡り、長い笹子トンネルを抜けて大日影トンネルなどをいくつか抜けると日川ぞいから甲府盆地の端に出て勝沼ぶどう郷を通過。列車は甲府盆地を緩やかに下り塩山に停車。果樹園の中を走って山梨市に停車。笛吹川を渡って石和温泉。ここで降りる人がいたので席にありつくことが出来た。深夜の甲府市街を列車は走り、酒折を通過し左から身延線が寄り添ってきてほどなく甲府に到着。ここで南アルプス方面の登山者がどっと降りるためかなり席が空く。ここで横になれたため、そこから塩尻までは何も覚えていない。

急行列車は塩尻で10分停車した後、早暁の松本盆地を快走し4時31分、松本着。上高地方面へ向かう登山客がどっと下車するが、同じくらいの大阪始発急行「ちくま」からの乗換え客が乗ってくる。列車は朝の大糸線を走り、豊科・穂高に停車した後、終点信濃大町に到着した。ここで大糸線の快速南小谷行きに乗りかえる。快速はわずかニ両の編成のため席はほぼ埋まった。車内でうとうとするうちに列車は姫川水系に入り、6時ちょうどに白馬着。駅前は多数の登山者でにぎわっており、早朝にもかかわらず土産物屋は店を開け、店頭では「大雪渓必需品」ということで軽アイゼンが並べられている。猿倉行きのバスも満員の盛況であった。

バスは白馬山麓の高原をちょっと走った後、林道をぐいぐい登って行く。1ヶ所路肩が崩れかけている所があり、そこでは乗客全員がいったん下車させられた後、50mくらい歩かされて再び同じバスに乗る。そしてほどなく標高1250mの猿倉バス停に到着。出発前にここで朝食。コンビニ弁当を食べ終わる頃、猿倉荘のスタッフがラジカセを持ち出しスイッチを入れるやおなじみのラジオ体操第一のメロディが流れ出す。「山に登る前に準備運動をしましょう」とスタッフが言い、あたりにいた50名ほどの登山者がおもむろにピアノのメロディに合わせラジオ体操第一を踊り出す。小生も素直に、高校時代以来と思われるラジオ体操第一を踊る。

そのあとトイレを済ませ、サンダルを登山靴に履き替え登りを開始した。まずは猿倉荘の裏手を軽く登ってから林道に出て、鑓温泉分岐を見てダート道をテクテク30分ほど歩くと登山道がスタートする。若干岩のゴロゴロした歩きづらい道を進む。完全な樹林帯ではないので日が射して、暑さを感じる。一汗かいたあと、白馬尻の小屋に着いた。たまらず小屋の冷たいポカリスエット(500mlペットが350円)を買ってしまう。小休止の後、なおも登高を続けると、標高1700m地点で早くも大雪渓が現れた。谷を雪がうめておりはるか上まで続いている。盛夏なのにこんなに大量の雪があるとは奇異である。

六本歯の軽アイゼンを靴底に装着し、恐る恐る大雪渓を登り行く。すべったらえらいことになりそうな雪の斜面ではあるが、雪上にまかれたベンガラの粉で最も安全なルートが示され、かつ登山者が多いのでいちばん歩きやすい所は足の置き所がつくられており、落ちついて登れば大丈夫である。雪の谷をわたる風が冷たいのでジャンパーを羽織って登る。先行者の足跡を見定めてゆっくりと雪渓を一時間強登り、高度を400mほど稼ぐと雪渓は終わった。抜けた所で小休止をかねてアイゼンを外しジャンパーを脱ぐ。そこからは岩混じりのガラガラの斜面の急登。随所にコースサインや木の階段などでルートが作られているものの、斜面をひたすら登る厳しい道が続く。そのような厳しい道を40分ばかり登ると、目の前にお花畑の避難小屋が見えた。小屋の横で休憩。このあたりから登山道の両側にはロープが張られお花畑保護のためか、緑色の腕章をつけた監視員が巡回に当たっている。監視員を置くのもどうかと思うが、登山者のモラールもそこまで低下したのかとも思う。

そこからはお花畑の中のガラガラ道をジグザグに急登し、標高2500を過ぎると道はお花畑の中をトラバース気味に斜め右上に登って行く。右側は雪解け水が岩の間をさらさらと流れ、雲上の別世界の様相を呈してくる。ほどなく右上に頂上宿舎の建物が見え、一歩一歩のぼりつめて行く。木の階段でいっきに高度を稼ぐ所もあって息が乱れる。路傍の大岩に黄ペンキで「ガンバレ」と大書きされている。たしかにここは踏ん張りどころである。小屋の建物がだんだん大きくなり、ようやっと村営頂上宿舎に辿りついた。ここからは稜線で、すぐ上のほうにもう一軒、団地のような大きい山小屋がある。岩とわずかな高山植物が点在する間の道を20分ばかり登ると白馬山荘。ここまで来れば頂上は目と鼻の先なのでここでおにぎりの昼食。

時刻は昼の十二時。結構ハードな道で体もフラフラなので、この白馬山荘に泊まることにし、チェックインの手続きをする。一号館の5番eのスペースに入れとの指示を受ける。そのあと小屋に荷物を置き頂上へのアタックを開始する。荒涼とした斜面をヤレヤレとおもいながらのぼりつめて行く。ガスがかかっており遠望は利かず、西側対面の旭岳が見える程度である。小屋から20分ほどで、白馬岳頂上にたどりついた。北側は稜線がさらに三国境・雪倉岳方面へ続き、東側は目もくらむ断崖がスパッと切れ落ちている。西側は旭岳が雄々しく聳え、南側は村営宿舎からの稜線の他、丸山・杓子岳・鑓が岳などがガスの間に見え隠れしている。登頂のポーズ・決めっ!

小屋までの帰りは白馬の開拓者として有名な松沢貞逸のレリーフに立寄り、15分ほどで小屋に戻った。1時半だがもう本日の予定は終了である。日本最大級の山小屋である白馬山荘だがその隣にはレストラン「スカイプラザ」がある。倉木麻衣の歌が流れるレストランに入ってメニューを見たがどれもすこぶる高い。生ビール中ジョッキが860円。高いがつい飲んでしまう。グピグピぷはーっとジョッキを傾ける。つまみものを注文しようかどうか迷ったが、枝豆700円ヤキトリ800円ウインナ−800円などでは手が出ない。そのあと小屋に戻り、うたた寝をした後5時からの夕食である。食堂の手前に山小屋では珍しい自販機があったがジュースは400円、ビールは600円であった。夕食の膳はごはんと味噌汁、ハンバーグなどの平凡無難なものであった。高山病のせいか頭が痛くなってきたので頭痛薬を飲む。相部屋での雑魚寝ではいつもと雰囲気がちがうため眠りも浅く断続的になる。

朝5時半、小屋の朝食を済ませた後早々ともどりにかかる。いくらあまり眠れていないとは言え15時間もゴロゴロしていたので体力はいくぶん回復しているはずである。稜線の上をしずしずと村営宿舎までくだり、きのう苦しんだ道をどんどん下る。お花畑下方のガラガラ道では足の置き場に悩む箇所もあったが、全般的にさくさく下ったので、一時間強で大雪渓の上まで戻った。アイゼンを装着し、雪の上を滑らないように恐る恐る下る。こういう所は下りの方がかえって危ない。杖があれば楽なのだが前回の悪沢岳行のとき散逸してしまった。約一時間かけて雪渓をおっかなびっくり下った。登ってくる登山者とのすれ違いには緊張した。すべらないように道をゆずらないといけない。雪渓を下りきってアイゼンを外したときは心底安堵した。

ここまでくればあとは付録のようなものである。ちょっと下って白馬尻小屋。さらにちょっと下って林道に出で猿倉へ戻りにかかる。苦心した大雪渓がどんどん遠くなる。けっきょく、小屋から3時間強で猿倉までおりつくことができた。猿倉荘のコーヒー牛乳を一息で飲み干す。タクシー相乗りで白馬に戻る。帰りの列車は諏訪湖花火大会やUターンラッシュの影響もあって、どれも混みっぱなしであった。

43 立山 へ進む

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