41 悪沢岳 (3141m)

山紹介及び最も楽な登り方:

3000m級の高峰をあまた連ねる南アルプスは塩見岳を境に北部と南部に大別される。北部は北岳や甲斐駒など個性的な山々が多く、多くの登山者を引きつけてやまない。しかし、塩見岳以南のいわゆる「南部」は、アプローチの悪さ等もあって、北部ほどの人気はない。昔は「体力が第一」といわれたこの山域であるが、いまは登山口の椹島までリムジンバスが走り、食事付きの山小屋も増えているのでわりあい手軽に登れるようになった。とはいえ、南アルプス特有のどこまでも続く懐の深い登り道・下り道、深い谷という傾向はこの山にもあてはまるので、それなりの覚悟が必要であるかに思える。さて、悪沢岳(荒川東岳ともいいます)は南部の中では最も高いが、山小屋の配列やルートなどを考えると、南部の中では組し易い相手になる。赤石岳とセットにして2泊または3泊で登る人が多い。最も楽なルートは椹島からのいわゆる「蕨段」ルート。難易度4。

登山記録: 2001年8月2〜3日(木・金) 費用発生 25,000円

2315多摩センター・・・045小田原106・・・232静岡543=900畑薙第一ダム910=1000椹島1023ー1155小石下ー1330蕨段ー1500駒鳥池ー1540千枚小屋(泊)

515千枚小屋ー550千枚岳ー700悪沢岳715ー815千枚岳ー840千枚小屋900ー920駒鳥池ー1000蕨段ー1107小石下ー1213椹島1330=1415畑薙第一ダム1508=1838静岡1846・・・2100小田原・・・2230多摩センター

仕事帰りで夜八時過ぎに自宅に倒れこむようにして戻る。いつもならここでビールでも飲んでそのまま寝てしまうのであるが、今日はこれから旅に出る。だが畳の上でゴロゴロしていると、山へ行くのはいやになる。ましてや今回は相手が相手である。職場の親しい人に「今回はやばい所です、持てる力全て出しきっても登れるかどうか・・・」ともらしてしまう。なにしろ相手は天下の南アルプス、しかもベテランのみが行くイメージのある南部、悪沢岳である。そうおちおちもしていられないので、押入れからリュックを引っ張り出し、腕時計をアレッサンドラ・オーラ(クオーツ)からカシオのプロトレックに替え、夜十時半私は神秘の世界への旅に出た。

多摩モノレールで多摩センターへ出て、小田急線の券売機に720円を放りこみ、新百合ヶ丘まで出て小田原行きの急行に乗る。町田で座る事が出来、そのまま車内で一眠りするうちに電車は小田原に着いていた。ここでJRの自販機に1620円を放りこみ、夜行快速「ムーンライトながら」に乗りかえる。体に負担のかかる夜行利用であるが1泊2日ですませるためにはこの手しか考えつかなかった。夏休み時期と言うこともあって「ムーンライトながら」は混んでおり、座ることが出来なかった。やむを得ず客室のシートの後ろにもぐりこみ、そこに体を横たえながら静岡へ向かう。トンネルをいくつか抜け、熱海に停車。丹那トンネルを抜けて函南を通過し、三島・沼津と続けて停車。夜の駿河路を列車は走り、興津を通過。ほどなく列車は静岡市街にはいり、2時32分、静岡着。

さてここで5時43分の畑薙ダム行きバスの発車時刻まで待たねばならない。東海自然歩道ツアーのとき同じような状況で居酒屋での夜明かしという手を使ったことがあったが、今回は少しでも体力を温存しておきたいので、静岡駅の構内で床に新聞紙を敷いて寝る。まどろみながら3時間の空白を埋め、夜が明けて早暁5時半、私はバス乗り場に並んだ。ほどなく畑薙第一ダム行きのバスがやってきた。運賃は2550円であるが、ザックの荷物が10キロ以上の場合は荷物料として小児運賃相当額(1280円)が加算される。車掌が秤を持っており重量をチェックしている。大抵のバス会社はザックの容積を基準として荷物料を徴収するのだが、静岡鉄道はなぜか重量を基準としている。積載量が多くなりタイヤの減りや燃費がかさむので応分の負担をせいということであろうか。幸い私は軽量コンパクトな装備のためか、荷物料徴収の対象にはならなかった。

畑薙第一ダム行きのバスの乗客は17名であった。ほどなく私は眠りにおちた。眠っている間にバスは安倍川流域から富士見峠を越えて大井川鉄道の井川駅に到着した。ここでトイレ休憩をとり、バスは大井川沿いをさらに北へ向かう。いくつものトンネルを越えながら大井川の谷をひたすら奥へ分け入って行く。右窓からさしこむ日差しが眩しい。延々と大井川の谷をさかのぼり、畑薙第2ダムから湖沿いを走り、さらに奥へすすむと畑薙第一ダムの堰堤を渡り、ようやく終点に着いた。ここで登山届を出した後、今度は椹島(さわらじま)行きのリムジンバスに乗りかえる。

リムジンバスとは、東海フォレストの山小屋(このあたりの大抵の山小屋は東海フォレストが管理している)1泊2食以上利用者に限り無料で椹島まで運んでくれるバスである。バスに乗る前に3000円を運転手に支払い、引き換えに山小屋の割引券を受け取る。あとで宿泊するときにこの券は使える。さてリムジンバスはダートの林道を猛然と進むので揺れが激しい。ガタガタガタと激しくゆれながらバスは右に左にカーブを切りつつ大井川の谷をどこまでも奥へ分け入って行く。小一時間ほどバスは走った後、聖岳登山口・赤石岳登山口で登山客を降ろしたあとバスは椹島へ下り、椹島ロッジの前に到着した。ここでコンビニ弁当の朝食。トイレを済ませたあといよいよ登りだとおもうと気が重い。夜行の上、四時間もバスに揺られたので体も重い。10時半すこし前にのぼりはじめた。

椹島ロッジの奥から登山道をひと登りし、ほどなく林道に出て、林道を上流(二軒小屋方面)へ三分ほど歩くと緑色のトラスのついた滝見橋に出る。その脇に千枚小屋方面の登山口がある。しばらくは沢沿いを鉄の桟道で歩くおもしろい道であるが、奥西河内を吊橋で渡り、ダム順視路を分けた後は取りつきのやや急なのぼりとなる。1箇所ガレた谷を横まきに渡る箇所をすぎると、どんどん高度を上げて行く。きょうは千枚小屋までコースタイム7時間なのであせらずのんびり歩くことを心がけた。歩き出して一時間、山肌をじっくりのぼってゆくと林道にでる。すこし林道を歩いた後、鉄階段を登って再度取りつきの急なのぼりである。ジグザグの登りを経て、標高1586mの小石下に出る。そこからは淡々と原生林の中を高度をあげてゆく南アルプスらしい道となる。

2時間歩いた所でブレイクタイムを取る。遮二無二歩いて後からばてたのでは話にならない。ポカリを流しこんで一息ついてからなおも延々と続く登りに挑む。尾根の西側につけられた道を延々進むと、このコース唯一の水場である清水平である。水をボトルに詰めた後、なおも樹林帯の登りが続く。雲行きが怪しくなってきてときおり雨が落ちてきたのでザックカバーを付ける。傾斜がゆるくなったかなとおもうと標高2000mの蕨段。そこからは直線状に続く登りがどこまでもどこまでも続き気が滅入ってくる。高度計を見やりながらどのへんで休もうかなと考え、2200mまで上がったら休もうと考える。途中で1箇所赤石岳方面の展望が開けた所があった意外はズーっと森の中のだらだらした登りが続き、消耗戦の様相を呈してくる。

標高2200過ぎに登山道が左に折れているポイントがあったのでここで食事タイム。おにぎり3個を放りこんでから水を飲む。疲れてはいるが歩けないほどではない。標高2600mの千枚小屋まであと標高差400弱。かんばれと己を励まし再度登りにかかる。こういうだらだらした登り道では何か考え事をしながら登るのが良い。もっとも仕事方面のことは考えないようにするが。緩いのぼりを続け、午後3時頃ようやく駒鳥池に到着。右側のくぼんだ所がそれらしい。なおも登りを続けるとそれまで小康状態を保っていた天が雷鳴とともにバケツをひっくり返したかのごとき大雨を落とし始めた。やれやれと思いながら滑りやすくなった道に気を付けながら淡々と登る。雨具は着ているが濡れてしまう。もっともザックカバーをしているので着替えは無事であるから去年の塩見岳のような全荷物ずぶ濡れの悪夢は起こらない。

5時間以上に及ぶ長いのぼりにいいかげん苦しくなってくる頃、ようやく小屋の発電機の音が聞こえ、次いで視界に小屋の建物が入り、ようやく本日の宿泊地・千枚小屋にたどりついた。小屋番氏に宿泊を申し込む。宿泊料は2食付きで7500円であるが、すでにリムジン乗車のさいに3000円を支払っているので差額の4500円を支払う。引き換えに5:30〜と時間の記された夕食券となぜかポケモンカードで代用された朝食券と領収書(帰りのリムジンはこれがないと乗れない!)を受け取る。すぐさま2階に入り疲れた体を横たえる。夕食はごはんと味噌汁(お替わり自由)、漬物、鶏の唐揚げ、豆腐など、おいしいメニューであった。ついでに600円のビールを買い、睡眠薬代わりに飲む。そのあと2階に戻り、ほとんどが50代以上の登山者と談笑したあと、翌日に備え寝る。もっともここの小屋の寝具は布団ではなくシュラフなので寝た感じがしない。枕がないので頭が落ち着かずザックで代用する。アルコールの力と夜行の疲れで9時ごろまでは眠れたがそのあとが続かない。しかたがないので頭痛薬を睡眠薬代わりに飲む。

そのあとは頭痛薬の効果か午前3時まで眠れた。山小屋の朝は早く、未明出発組はこの時間からバタバタするためどうしても目が覚めてしまう。午前4時、夜明け前の小屋のベランダからは雲海に浮かぶ富士山と笊が岳が見えた。今日も良い天気である。この小屋は悪沢・赤石縦走組が多く、2日目はどうしても悪沢・赤石を越えて赤石小屋まで行く強行スケジュールになってしまうため未明出発組が多い。(私も縦走を考えなかったわけではないが、現在の実力等を勘案して、椹島からの悪沢ピストンになった)午前5時になり、食堂でポケモンカードの朝食券を渡し、焼き魚主体の朝食。そのあと小屋に荷物を置き、空身で悪沢岳ピストンにかかろうとするがベランダに立てかけておいた杖がない。

いくら安物でも7年前の尾瀬山行以来、山に東海自然歩道に愛用していた杖であり、ひ弱な私を数多の山頂へ導いて頂いたそれこそ精神的支柱だった存在だけに、それをなくせば気が沈む。おそらく未明出発のごたごたで間違えてもっていかれたのだろう。沈んだ気持ちのまま、千枚岳へののぼりにかかる。お花畑の中をジグザグに登り、森林限界を抜けて尾根の南側を斜めに登り、二軒小屋からの道を合わせ、さらにひと登りすると標高2879mの千枚岳頂上である。そこから西へちょっと下り、尾根上の登り下りでちょっと難しい箇所をクリアし、そこからどんどん高度を上げ、ハイマツ帯を抜けて高山植物が点在する緩いのぼりを一歩一歩慎重に進み、標高3000mを越えて丸山。そこからは岩のガラガラした危なっかしい地帯を赤ペンキのコースサイン通りにのぼりつめて行く。稜線の上はさすがに風が強いのでジャンパーを羽織る。

露岩の上を進み、午前七時ジャストに悪沢岳頂上に着いた。さすがに展望は抜群。北側に目をやれば昨年登った塩見岳・間の岳・北岳が、塩見から昨年苦戦した三伏峠への稜線が見える。西側は荒々しい稜線がかなり下まで続いた後、荒川中岳へ向けてぐうんと盛り返しており、その稜線が赤石岳の雄々しい姿まで続いている。さらにその南にもうひとつ見える大きな山は聖岳であろうか。南側は笊が岳、その奥には雲海のかなたに富士山が離れ小島のように浮かんでいる。登頂のポーズ・決めっ!

だがこれで終わりではない。五体満足で下まで降りないと、登山成功とは言えない。15分ほど頂上の絶景を堪能したあと、早々ともどりにかかる。岩のごろついた稜線を東にむかって下り、丸山から緩やかな斜面をスタタタと下る。ひとしきり下った後千枚岳直下のちょっと難しい箇所を慎重にクリアし、そして千枚岳の登り返しに耐え、千枚岳を後にする。斜面をたんたんと千枚小屋にむけて下り、二軒小屋への道を分けて、ジグザグの下りを経てすっかり静まった千枚小屋に戻りついた。荷物を回収したあとおにぎりの食事タイムとする。まだ椹島への長い長い下りがある。

午前九時に小屋を後にした。椹島までのコースタイム5時間、最終バスも5時間後の午後2時、よほどのアクシデントさえなければ間に合うと考えたが、椹島に午後1時までに降りればシャワーを浴びることが出来るのでなるべく早め早めに降りることにする。前半2時間は抑えて後半加速する「イアン・ソープ」型でいこうと考え、淡々と下りにかかる。だがこういう緩い下りは得意であるためつい力が入ってしまい、蕨段まで1時間、小石下まで2時間強で降りてしまった。小石下で休もうかなと考えたが、かえってペースが乱れると考え、ノンストップで椹島まで降りてしまうことにする。林道とクロスし、下りがだんだん急になり、沢の音が聞こえ始め、当方もふらつく足どりで歩きつづける。下界に近付いてきたので暑さを感じる。下りきって沢を高巻くようになり、ガレ谷を越えて、さらに下りは続き、ようやく吊橋を渡る。ここから滝見橋まではすぐである。

桟道をわたって大井川林道にもどり、しばらく進んでから椹島への最後の下りにかかる。気力を振り絞り、どうにか椹島ロッジ売店前にもどりついた。千枚小屋から3時間13分であった。売店の前では山から下りてきた登山者がうまそうにビールのジョッキをゴクゴク・プハーッと傾けている。小生も誘惑されたが、帰りが長いのでかき氷にしておく。これが実にうまかった。そのあと椹島ロッジ別館でシャワーを浴びる。生き返って、登山靴を脱いでサンダル履きになる。1時半のリムジンバスで椹島を後にした。大井川沿いの悪路の林道を畑薙ダムへ。

畑薙ダムで15時8分の最終バスを待つあいだにバス停脇の休憩所でしいたけソバとおでんを食べる。静岡までのバスは3時間半もかかるので食べておかないといけない。バスは大井川沿いを井川まで下ったのち富士見峠へののぼりにかかり、安倍川水系へ入って行く。南アルプス南部はスケールが大きいがこのバスの旅も一体何処まで続くのだと思わせる。横沢でトイレ休憩の後、安倍川へ向けてバスは茶畑の点在するのどかな集落を下って行く。静岡到着は夕刻六時半の予定である。

42 白馬岳 へ進む

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