29 大蔵経寺山716m・要害山780m

2007年12月9-10日(日)  所要時間:大蔵経寺山 2時間10分 要害山1時間0分 費用発生:19,000円

1120高幡不動・・・八王子・・・大月・・・石和温泉1304−1420大蔵経寺山1428−1514石和温泉・・・1654上諏訪(泊)

12月上旬に2連休を確保したので、温泉にでもつかりたいと考え、上諏訪の温泉つきビジネスホテルを押さえた。そのついでにどこか低い山をやろうと思い、あっさり登れる大蔵経寺山と要害山にねらいをつける。11時過ぎに自宅を出て、中央線の普通列車で西へ向かう。大月で特急かいじ103号に乗り換え、笹子トンネルを抜けて勝沼ぶどう郷。南アルプスの峰々が白く輝いている。甲府盆地に降り、石和温泉に到着。

改札口を出て右折し線路沿いの道路をゆき、平等川の鉄橋を見た後、カーブした陸橋で中央本線をまたぐ。またぎ終わったところが国道140号の交差点。右折してしばらく歩くとガソリンスタンドを過ぎたあたりに大蔵経寺の入り口の標識があった。左折して大蔵経寺へ進む。すぐに墓地に出た。墓地の中を適当に登ってゆくと林道に出て、猪よけの防護フェンスを開けて林道を登ってゆく。カーブを2つほど越えると、林道をそのまま進むか、山神宮を経由するかの分岐につく。後者の道を選んで、落ち葉の舞うなだらかな登山道を3分ほど進むと山神宮。左下から石段の道が合流している。ここでウーロン茶を飲んでひと息。

ここからの道が急な登りを重ねて息が切れた。赤いテープに導かれて急な尾根を登り詰めてゆく。廃林道を過ぎてからも、小さい岩の間に付けられた登山道をひたすら登っていく。甘く見ていたこともありけっこう手ごわく感じた。ほどなく眼前に頂上部と思しき稜線が見え、そこめがけて赤テープに導かれながらの登り。けっきょく石和温泉の駅から頂上まで1時間あまりの登りで大蔵経寺山にたどりついた。何の変哲もない小広い尾根上の一角であるが、北側はわずかに展望が開け、塩山方面や大菩薩が望めた。

下山は南東方面の尾根をたどる。こちらのほうがポピュラーなコースのようだ。程よい傾斜のくだり道を足まかせに高度を下げてゆく。途中の展望台からは甲府盆地が一望、御坂の山々の後ろに控えるは富士山。下ると山腹防護工事の上部に出て、コンクリート壁の上を通って林道に出る。あとは林道をターンをきりながら適当に下ればよかった。頂上から30分もしないうちに先ほどの山神宮分岐に出て、なお足任せに下ると国道沿いのパチンコ店の建物がだんだん大きくなり、ゲートを通過して墓地の上に出て、国道140号に戻った。行きと同じ道をたどって、石和温泉駅には午後3時過ぎに戻った。

明科行の普通列車で西へ。甲府を過ぎて竜王、塩崎に停車。茅ヶ岳が見えてきて韮崎に停車、このあたりから左窓に雪で薄化粧した鳳凰山甲斐駒の大展望が。見とれているうちに小淵沢。1分間の停車時間中に急いで「高原野菜とカツの弁当」を買い、車内で食べているうちに列車は長野県に入る。入笠山のスキー場が白い。ほどなく列車は諏訪盆地に入り、17時すこしまえに上諏訪に到着。温泉とワカサギの天ぷらを堪能。

828上諏訪・・・917甲府920=935積翠寺−950要害温泉−1015要害山1018−1035積翠寺1044=1105甲府1109・・・1245八王子

上諏訪発8時28分のスーパーあずさで昨日きた道を戻り、9時17分甲府着。北口から出る積翠寺行のバスに乗り込み、甲府市街を抜けて武田神社。なお北に向けて上がって行って終点の積翠寺バス停に到着。しばらく道なりに集落の中を登ってゆくと積翠寺の横を通る。そのあと右折して橋を渡り、要害温泉の建物の手前から登山道に入る。この山には武田信虎(信玄の父)が躑躅が崎館にもしものことがあった場合の篭城用に作った山城の跡が随所に見られ、こんな山が山梨百名山に入ったのもその歴史的背景からと思われる。アカマツ林の中、曲輪や竪堀の標識を見ながら登ってゆくと、「ここに門がありました」という標識を2つばかり過ぎるともう頂上。土塁の跡らしきものに囲まれた平地で、山梨百名山の標識と東郷平八郎の書による「武田信玄生誕の地」という石碑がぽつんと立っている。

下りは本気を出したので8分で要害温泉に戻り、あとは車道を適当に下ってあっさり積翠寺バス停におりついた。バスで甲府に戻り、高尾行の普通列車で帰京した。たいしたことのない山を2座登ったが、ともかく山梨百名山の登頂数は30座となった。

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