東海自然歩道の旅 EXTRA 5区本コース

大滝橋→山中湖平野

2002年1月6日(日)〜7日(月) 費用発生(食事代込み):6,102円

所要タイム11時間20分(初日:6時間45分 2日目:4時間35分)

初日:532多摩センター・・・新百合ヶ丘・・・655新松田710=805大滝橋ー920一軒家避難小屋ー1000大滝峠上ー1117畦が丸ー1200モロクボ沢の頭ー1250大界木山ー1310城ヶ尾峠ー1355中の丸ー1450菰釣避難小屋

 世の中はますますシュールに、暗くなってきている。為政者は抵抗勢力との対決のポーズを作ることで支持率を稼ぎ、大衆の心理は冷え込み消費が八掛けになる。その八掛けがさらなる八掛けを呼び、今や日本経済はデフレスパイラルの荒波にのみこまれつつある。当方も追い求める夢は「寒かろ、冷たかろ」である。いちおう「泣いて笑って 歌って耐えりゃ、望む日が来る、朝が来る」と信じてはいるが、最近の世相を見る限り朝は当分来ないものと展望ざるをえない。刹那的な日々を送っていると、やはり山に行きたくなる。小生の登山スタイルのひとつとして、「寒いから冬山はやらない」という項目があるが、それをあえて無視して避難小屋泊まりの山行きにでかけることにする。

一月六日の朝四時に起きて、普段の山行きより重いザックを担ぎ、多摩センター駅へ向かう。泊まりがけの上相当な寒さが予想されるので、靴下を二束重ねて履き、その上にB3サイズのチラシを巻いてガードし、さらにもう一枚靴下を履くということをやった為靴がきつく感じる。愛宕の丘を越え、多摩センターに出ておにぎりや弁当など買いこみ、小田急線の電車に乗る。新百合ヶ丘で小田原行きに乗換え、車内で一眠りすると電車は渋沢にさしかかっていた。新松田は次である。

駅前の箱根そばで、おでんうどんの朝食。寒い朝はうどんがひときわうまく感じられる。そのあと西丹沢行きのバスに乗る。いったん御殿場線で谷峨まで行ってそこから乗換えた方が安いのだが、寒い中駅前で待っているのもつらいし、少しでも居眠りしていたい。バスは酒匂川の谷をゆっくりと走り、山北の駅を過ぎる。当方もいつのまにかトロトロし、目が覚めたら中川温泉の手前であった。大滝橋で下車し、歩きはじめる。林道が所々雪で白い。

いつのまにか林道が登山道に変わり、大滝沢とつかず離れずのルートとなる。歩き出すと着膨れが暑く感じるようになるので、セエターとトレーナーを脱いでザックに仕舞い、いつもの緑色のジャンパーは腰に巻いて、シャツの上にベンチコートのみの姿になる。沢を幾度か渡りつつ高度を上げて行き、マスキ嵐沢を分けてさらに山腹を上がっていくと鬼石沢を分けたところが一軒家避難小屋。ひといきついた後、さらに登りが続く。きょうあした歩くコースは一応東海自然歩道コースであるが、アップダウンが多く、エスケープルートも少ないのでレベル的には最難関と思われる。私は4年前(98年)山中湖に抜ける際にこのコースを使わず、世附川を林道で上がるコースを選んでこのルートを忌避した過去がある。

雪混じりのステタロー沢を何回か渡りながら詰めて行く。沢の流れがいよいよか細くなると、登山道は山腹にとりつき高度をぐいぐい上げたあと、稜線に出て尾根上をさらに上がって行くと大滝峠上である。西へ連なる山々の向こうに富士山が見える。東海自然歩道は1992年まではここから城が尾峠までは山腹を等高線沿いに歩くコースだったのだが、度重なる出水のため荒廃が激しく、尾根どおしにコースが変更された。テーブルに腰掛けおにぎりの行動食。そのあと畦が丸へ向けて登りを開始する。そこからは尾根上をひたすら登って行く苦しい道であった。高度計付きの時計を何度も見やる。丹沢の山々の特性として、頂上直下の登りが標高のわりに苦しく、まるで要塞を苦しみながら攻めている感があるが、この山も例外ではない。高度1300ちかくまで上がるといったん道は下りに転じ、鞍部までおりてからふたたび苦しい登り。息をはずませながら畦が丸の避難小屋に到着。

畦が丸のピークは今日歩くコースをすこし外れたところにあるが、わずか0.1kmなのでザックを置いて足を伸ばす。いったん下って一投足の登り。荷物がないと身体が実に軽い。あっさりと畦が丸のピークを踏んだ。小屋に戻って水をちょっと飲んだあと、ザックを回収し、モロクボ沢頭へむけて下りにかかる。北側斜面で雪がそれなりに残っており緊張する。慎重にステップして下るが、やはりドタッと転倒してしまった。わかっていてはまってしまうと悔しさがある。悪いことに転んだあと杖を手放してしまった。這いつくばったまま斜面に手を伸ばしてやっとの思いで杖を回収。しばらくその場でうずくまり呼吸を整える。

こんなこともあろうかと思い今回は六本爪の軽アイゼンを持参してきた。ここで靴裏にアイゼンを装着する。キックステップをきりながら下りを続け、少しの登り返しでモロクボ沢の頭。ここからは山梨と神奈川の県境稜線である。何回かちいさなアップダウンを経て、すこしのピークを登りきった所が大界木山。「ダイカイギ山」と読むので、長い会議や打ち合わせを連想してしまいあまりいい感じはしない。「城が尾峠30分」の道標がある。そこから下り気味の道を20分ばかり歩くと、四方から道が合している城ヶ尾峠。当方は東から西へ進む。雪の点在する稜線を、ちいさなアップダウンを繰り返しながら進んで行く。城ヶ尾山を過ぎ、すこし登り気味に進んで、眼前のピークが視界に入り、辛抱してそれを登ると中の丸の頂上。ここで弁当の昼食。えらく寒いので飯も冷たく、ただ物体を体の中へおしこむかのごとくである。魔法瓶の湯だけがおいしく感じた。

いったん大きく下降したのちしばらく稜線を進み、道志の森分岐をすぎてから道は雪の斜面の登りとなる。斜面を上がって行くと今夜の宿である菰釣(こもつり)避難小屋である。時刻は午後3時前だが平野まではあと四時間以上を要し、当方もそうとう疲れているので今日はここまでとする。小屋の引き戸を開け薄暗く底冷えのする内部に入る。ありがたいことに小屋の一隅に数枚の毛布と布団が畳んであった。これならなんとか寝れそうである。夜になると寒くて寝れないに決っているので今のうちに横になる。夕方五時半猛烈な寒気で目が覚めた。

重いのを承知で持ちこんだカセットコンロに火をつけ、冷えきった飯と少量の水を入れておじやを作る。おじやをすすった後、頭は痛くないのにねむけをもよおす効果のある頭痛薬を飲んで横になる。やはり寒くて眠る所でないので毛布を何枚も重ねる。夜一人きり厳寒の避難小屋で寝る。風流ではないか。眠れないので私はザックからMDウォークマンを取り出し、クスリが効いてくるまでの間音楽を聞く。寒さに震えながらコレルリやヴィヴァルディの弦楽合奏曲を聞く。MD一枚効いた所で眠りにかかるが、やはり夜八時半頃寒気で目を覚ます。対応策としてもう一杯おじやを作って食べて腹を満杯にし、寒気がまず足先に来るので靴下の中にカイロを入れる。横になって今度はさらにもう一枚MDを聞く。真暗闇の中聞くバッハやモーツァルトもおつなものである。

そのあとはカイロが効いたのか頭痛薬が効いたのか、断続的ではあるが朝六時過ぎまでうとうととまどろむことができた。おじやの朝食の後、毛布を戻して小屋を後にする。

2日目:655菰釣避難小屋−717菰釣山−740ブナノ丸−820もみの木の頭−855西の丸−940山伏峠分岐−1030高指山−1130平野−1210旭ヶ丘1230=1425中央道日野1440万願寺・・・1450大塚

雪の斜面を菰釣山頂上へ向けて長い登り。登りがだんだん急になってくると頂上部が見え、最後の登りをしのいで菰釣山頂上(1379m)に到着。きょうは曇っており、残念ながら富士の全景が見えない。そのあといったん急斜面をおおきく下り、また登り返して尾根上をしばらく進み、ひとつのピークをのぼりきるとそこがブナノ丸。そのあと一気に下り同じくらいハードに登り返すと油沢の頭、稜線を進みひときわ厳しい登りを耐えるともみの木の頭。そのあとまた登り下りを経て西沢の頭と、いくつものピークを登り下りさせられるいやな道である。

西の丸への苦しい登りをこなすと私は頂上のテーブルに座り込んだ。幾多ものピーク攻めに、疲れてしまった。冷たくなったカロリーメイトをほおばり、凍りかけの水を飲む。口の中で薄氷がシャリシャリ音をたてている。気を取りなおしてさらに西へ進む。雪混じりの稜線を進み、すこし登ると石保土山。そのあとは若干下り気味に西へ西へと進み行く。巨大な送電線鉄塔を過ぎ、水ノ木分岐を過ぎる。このあたりまでくると丹沢の樹林帯の様相は薄くなり、富士山近辺のどことなく荒涼とした山容となってくる。谷向こうには石割山や御正体山が見える。そのあと急な下りをはさんで、大棚の頭のピークを左へ巻いて、ようやく山伏峠分岐にたどりついた。

だがまだあとひとつピークが残っている。笹原や枯れ草原の中の道をなお西へ進み、鎖場をくだって鞍部をへて急なのぼりをこなしたあとさらに道は続き、ようやく目の前に最後のピーク、高指山が目に入った。雪の斜面を最後の力を振り絞って登り、殺風景な高指山の頂上にたどりついた。山中湖とその周囲が一望できる。そこからひとしきり下った後東海自然歩道は大きな看板の前で右折し、しばらく山腹をトラバース気味にすすんでゆくと、ひょっこり別荘地の横に出た。そのあとあっさり道路に出て、アイゼンを外した。あとは下界の道をすっかり白くなった富士山を見ながら適当に歩き、平野のバス停には11時半にたどりついた。適当なバスの便がなかったのでそのまま旭ヶ丘まで国道を歩き、そこで中央高速バスの券を入手した。

4年前と同じように山中湖の水は青く、水面を渡ってくる風も同じように優しかった。私はただ水面をぼんやりと見つめていた。

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