後段1 高尾山口→野猿

2004年5月17日〈月) 所要時間:3時間8分  費用発生:820円

2136八王子・・・2142高尾2151・・・2154高尾山口駅−2200高尾山口2203−2222高尾−2320八王子−2340北野−000野猿峠−025大竹橋035−111野猿(八王子大塚)

東京大阪間往復踏破を目指す以上、高尾山口から東京の約50キロも舗装路になるが歩かねばならない。一日で歩くのはきついので、八王子の東端にある自宅で二日に分けることにした。高尾山口から自宅までは三時間程度だと考えたので、会社帰りに歩くことにした。夜九時過ぎに仕事がはねてワイシャツネクタイ姿のまま歩きに行く。高尾山口まで行く場合、北野回りの方が安いのだが、せめていつもと違う気分にすべく中央線の電車で高尾に向かい、そこから京王で高尾山口に到着。

ケーブル乗り場まで歩き、その右脇にある東海自然歩道起点の石碑から歩きはじめる。駅前から甲州街道を進む。まだ山間の感じが残る。出発が午後十時と遅かったのできりきりと歩く。会社帰りなので革靴のままなのでいつもと違う感じ。ほどなく中央線の下をくぐり、高尾に到着。ここからは甲州街道も4車線となり、殺風景なロードサイド歩きとなる。御陵前を過ぎても歩きつづけ、甲州街道沿いの飲食店を瞥見しながら歩き、西八王子を通過。そのあと陣馬街道と合流する追分を過ぎて、八王子の中心部に入る。

八日町を過ぎて放射線通りに入り、あやしげな店の客引きをかわしつつ東急スクエアの前に出て、京王プラザホテルの脇を進む。八王子駅前から自宅までは飲みすぎて終電を逃してタクシー代が惜しい時に何回か歩いており、地元民なので勝手知ったる道である。ほどなく中央本線の下をくぐり、野猿街道に入って陸橋で横浜線を越える。国道16号バイパスとぶつかる北野はすぐで、ここから野猿峠への登りにかかる。絹ヶ丘をすぎてもなお登りが続く。人家がまばらになって、深夜0時ころ野猿峠を通過。

下り坂は革靴だと少し痛い。下柚木の街並みを抜けて、大栗川ぞいの野猿街道をとぼとぼと歩く。昼以降何も食べておらず、つかれを覚えたので大竹橋ちかくのすき家でねぎとろ丼の夜食。こういう所のねぎとろはあまり美味しいとは言えない。ほどなく堀之内を過ぎ、中央大学からの道を合わせて東中野。ブックスーパーの横を通り、耕地とアパートが混在した所を歩いているうちに多摩モノレールの下をくぐり、大塚に着いた。ここから自宅まではすぐである。1時11分に自宅に帰着した。明日の休みにここから東京まで歩くつもりである。

後段2 野猿→東京駅

2004年5月18日(日) 所要時間6時間48分 費用発生1,200円

931野猿−1000聖蹟桜ヶ丘−1200国領−1225つつじヶ丘1235−1400明大前−1457新宿−1530四ツ谷−1619東京

九時半に自宅を出て歩行開始。桜ヶ丘まではいつも通勤や買い物でしょっちゅう通っている道なので淡々と歩く。30分ほどで桜ヶ丘に出て、駅ビル構内を横切り裏道を通ってほどなく多摩川に出て、関戸橋で対岸へ渡る。10年前に歩いた往路のときは市街地を歩いたが、今回は信号待ちのロスを考え、調布までは多摩川のサイクリングコースを歩くことにする。土手沿いをてくてく歩いて、府中郷土の森を瞥見して前進し、南武線の鉄橋をくぐる。

是政橋を進み、小柳の親水公園で水遊びをする子供達を見て、稲城大橋の下をくぐる。ほどなく調布市に入る。多摩川原橋を過ぎ、京王閣の横を通ってすこし進んだところで土手を下りて北上する。10分ほど歩くと京王線の国領に着いた。踏切で何本かの電車通過待ち。すぐに甲州街道に出て、野川を渡って柴崎から坂を登ってつつじヶ丘に到着。10年前と同じように駅前の吉野家で豚丼と味噌汁の昼食。

坂を上がって仙川を渡り、世田谷区に入る。国道歩きがつまらなくなってきたのでMDウォークマンを耳に当てて前進。環八通りを越えてほどなく高井戸、ここで首都高速が甲州街道の上に乗ってくる。痛む足をこらえながら淡々と進み明大前を通過。井の頭線の上をまたぐ。大原の交叉点を過ぎて笹塚駅前を通り、幡ヶ谷、初台と順調に過ぎて高層ビル街がせまってきて、午後三時少し前に新宿駅南口を通過。人ごみの中なのでスピードが出ない。

《東海自然歩道復路 In the stillness 応援ソング「私は戦う」 作詞・作曲 林 明彦》

風が吹く丘 ただ空を仰ぐ 涙が止まらない 破滅の予感

おお、友よ もうダメかもしれない 私が倒れたら どうぞ笑ってくれ

引きずり込まれた 恐ろしい世界 誠だけは 貫いてきたけど

この胸のうち 悪魔がささやく そろそろ壊れたらどうだ? もう、私、バラバラ

吹き寄せる風 舞い降りる雪 こぼれゆく涙 心はただ、黒い

風が吹く丘 ひとり物思う うつろな瞳は どこか飛んでいる

おお、友よ なぜこうなるのだ やるだけはやったけど 私は無力だった・・・

吹き寄せる風 頭を抱えて、もう、なにもかも 投げ出したいと思うんだけど、

でも、終わりには出来ない、こんな、ゴミクズみたいな ままでは、終われない

どこまでも落ちても どこまでも汚れても あの日の夢を裏切るわけにはいかない

おお、友よ 私は戦う 希望が花と咲き薫る その日まで!

立ち上がって 前へ進む 私は後にする 風が吹く丘

ツイストペプシを飲みながら、つまらない新宿通りの歩きを続ける。新宿三丁目のデパート、新宿御苑をチラと見て、四谷三丁目を過ぎて、四ツ谷駅で中央線をまたぐ。麹町のあたりを過ぎて、なお前進すると突き当たりに皇居が見えて、半蔵門を左折。内堀通り沿いを進み、右折して北の丸との間の道を進む。ここで雨が落ちてきた。濡れるのもかまわず前へ進み、竹橋で内堀通りに戻り、大手町のオフィス街に入った。いよいよ最後の最後である。

***********************

《東海自然歩道復路 In the stillness STAFF》

プロデューサー: ケンドー高松(八王子YAMAMIX)

旅人 今野和弘(八王子YAMAMIX)

ベースプランニング:今野プロダクションの社長

☆SPECIAL THANKS☆

M永さん、M課長、F

ミスターO、Yokoz1さん、kasukiyoさん、負け犬さん

飯田橋のSさん&Cさん

susumuさん、U君@三鷹さん、川崎の内藤さん、藤原at吹田さん、東海自然歩道膝栗毛のみなさん

AND ALL YAMAMIX VISITORS

制作:八王子YAMAMIX

*************************

大会社のビル群を抜け、内堀通りから離れ日比谷通りを横切り、なお進むと、赤レンガ造りの駅舎が見えた。東京駅丸の内北口に到着。痛む足を引きずりながら山手線ホームへ向かう。秋葉原のステーキ店でひとりステーキをほおばって往復踏破を祝った。

《歩き終えて》

これで東京大阪間往復踏破という念願を遂げたわけだが、うれしさよりも、とうとう東海自然歩道はおしまいだという虚無感、前途の暗澹とした感じのほうが大きい。魂をこめて歩きとおして得たものはなんだったのか。休日と費用の壮大な浪費に過ぎなかったのかもしれないが、休みの日に旅に出ることで心の張合いが一時的にではあるが保てるのなら、こういうのを依存症と言うのかもしれないが、また私は旅に出るだろう。たしかなのは、人生という、社会生活というLAMENTに満ちたバトルは、当分の間続くということだ。たとえ壊されても、私は一週間会社を休めそうにないけれど。

ともかくこれで東海自然歩道復路の全行程が終わったので、もうこれ以上書くことは何もないのでこの阿呆らしさ極まる徒歩奇行をおわることにする。が、いかにも締まりがないので、私の好きな歌の「セカンド・フライト」の一節を拝借して、本稿の結びとしたい。作詞と歌はI’veのKOTOKOさんである。

曖昧な季節だからこそ 確かな感動心に刻んで 変われる明日があればこそ たたんだ翼は空を忘れない

たとえ虹が壊れても 空は待っている

THE END

東海自然歩道裏編に戻る

ホームに戻る