第58区 田口→四谷

2003年12月15日(月) 費用発生 9,600円 所要時間4時間41分

106小田原・・・458豊橋600・・・700本長篠732=815田口バス停−824田口−852小松口−930池葉守護神社−945和市−1005堤石峠1010−1025岩古谷山1040−1140御殿岩−1215鞍掛山1225−1305四谷1310−1347滝上−1405海老1430=1455本長篠1501・・・豊橋1608・・・浜松・・・沼津・・・小田原・・・茅ヶ崎2020・・・橋本2132

よく世の中に「三大ナントカ」というフレーズは使われる。東海自然歩道にも「三大難所」という、トレッキングにおいて三つの困難な箇所とよばれるところがある。ひとつが神奈川県の裏丹沢、もうひとつが今回通る愛知県の設楽連山、最後の一つが西美濃の鍋倉山というのが定説である。鍋倉山はごくふつうの1000m峰なので、あれでなぜ難所なのかとも思うが、丹沢は最難関で、その次がこの設楽連山、具体的に云うと堤石峠から岩古谷山を経て鞍掛山までである。前回はたかが陣馬程度の標高だろと高をくくって三河大野から田口までを一気に歩いてしまいこの部分はナイトハイクになってしまいかなり辛い思いをした。私にもいちおう学習機能らしきものはついているので、三大難所をふくむこの区間は、四谷でふたつに切ることにした。ちなみに、余談であるが私の人生に影響を与えた三大要因はヴェラチーニのコンチェルトソナタとマルクス経済学と職場の上司である。

秋以降、本業の仕事が忙しく、東海自然歩道歩きも日帰りの連発と言う費用対効果の悪い歩き方をしているが、夜遅くまで働き過ぎ(いや、働かされ過ぎ)の日々が続くと、朝会社に来るまえに自宅近くの大栗川の川面を見やり、きょうのタスクの事を考えるとウォーと叫びたくなるので、疲れてはいるが旅に出て狂った日常を断絶、リセットせねばならない。そう考えて私は日曜の夜、仕事がはねた後、八王子駅から旅に出た。町田で小田急に乗換える。相模大野と本厚木で乗換えたが、座ったまま小田原まで移動できた。小田原駅構内のオダキューOXで食料の調達を行おうとしたが弁当もおにぎりもパンもない。しかたがないので腹のたしになりそうな若干の菓子とウイダーインゼリーだけを買っておく。

案の定ムーンライトながらは座れなかった。9号車のデッキと座席の隙間に体をもぐりこませる。床を通じて冷気が尻に伝わるのでなかなか寝つけない。しかもきょうは夕食のタイミングを逸したので非常に空腹である。変な体勢のまま、ポッキ−をかじりながらブランデーの水割りを飲み、寒さと空腹を処理したが眠れない。本を読んで眠くなるのを待つ。富士から浜松までの記憶が飛んでいたのでちょこっとだけ眠れたらしい。4時22分、豊橋着。発車直前まで車内で過ごし、5時前に寒いホームに降りた。駅の改札で今日使った青春18切符の日付印で駅員と揉めたので(小田原と豊橋で2日分スタンプを押されてしまった)、外食は諦めて駅前のローソンでパンやおにぎりを買いこんだ。

豊橋発6時の天竜峡行きの飯田線の始発に乗る。眠ってしまうとまんいち本長篠を寝過ごした場合計画が頓挫するので、おにぎりをパクつきながらじっと待つ。やがて夜が明け、遠くの山々が見えてくる。しだいに山間に近づき、7時頃本長篠着。田口行きのバスの接続はわるく、寒いバスターミナルで30分ばかりホットコーヒーを飲みながら待つ。田口行きのバスは高校生で満員であったが辛うじて彼等の中に紛れ込んで席を確保できた。そこから先は眠っていたので田口の手前まで何も覚えていない。

晴れているが寒い田口の街中を早足で歩き、福田寺の石段の前でビジネスシューズを登山靴に履き替え、8時24分行動開始。古びた石段を荒い息をつきながら登り、福田寺の境内を抜け、左奥から山道に入る。山道とアスファルトが繰返され、やがて低い峠を越えて沢を渡ると、県道の車の音が聞こえて、コマツ重機の事務所の横で県道を渡ると小松口の集落。前回フラフラで深夜に歩いた区間で、アクエリアスを買った自販機に見覚えがある。集落の中をゆっくり高度を上げて行き、集落の上部から山道の登りとなる。杉ヒノキの大木の中の風情のある登り道をすぎて、高度を700くらいまで上げると鹿島山南面の林道のトラバースとなる。

9時半頃「東京まで400km」の道標のある池葉守護神社を通過。そこからは山道の下りとなる。水場で涌き水を掌ですくって飲む。そのあとダーッと山道を下る。往路では岩古谷山の険路のあとの登りだったので非常に苦しい思いをしたところだが、今回は15分程度であっさり下り終え、和市の集落に出た。同じ道でも登りと下りとか、その時疲れているかどうかのシチュエイションで受ける印象は全然違うと感じた。そのあとは十三曲りのゆるい階段状の登りを経て、堤石峠に10時過ぎに到着。ポカリを飲んで小休止。

難関である岩古谷山へ挑む。気合を入れなおし、階段状の登りを経て、岩尾根の上を鉄階段や桟道で通り、岩に彫られた足場とワイヤを頼りに登高する箇所もあったが、峠から岩古谷山頂上まで15分で踏破できたのでいささか拍子抜けした。きょうは晴れており奥三河の山々や眼下の田口の街並みが良く見渡せる。ここでメロンクリームサンドとソーセージマフィンの行動食。ここから次のピークの鞍掛山までもアップダウンの続く難関で、往路ではナイトハイクながら3時間以上を要した区間である。

鉄階段の下りを終えて、しばらくは下り一辺倒が続くが、そのあとアップダウンが容赦なく繰返される道となる。作戦としては、どうせ今日は四谷までなので先のことは考えず、登りや岩の続くところは普通に、下りはちょっと飛ばすというメリハリをつけた歩行を心がけた。展望はよいが目先の歩きに集中してしのいでいく。30分経たないうちに送電線の鉄塔を過ぎ、そこからアップダウンをいくつかしのぐと、荒尾の分岐に出た。ここから道は急な登りが続く。そんなに峻険ではなく8割がた、基本パターンの丸太階段道である。

馬のように息をはずませつつ御殿岩を通過。そこからも登りが続き、そのあとちょっと下りが出てきたなと思った所が障子岩。ここまで来ると鞍掛山は近い。一直線の登りが鞍掛山まで続く。当方も気合で進んでいく。ほどなく見覚えのあるあずまやが現れ、鞍掛山に到着。岩古谷山から二時間以上かかるとふんでいたが、1時間半程度で踏破できた。寒いのでブランデー水割りを飲む。

そこからは四谷まで適当に下れば良かった。階段道をホイホイと下り、ほどなく傾斜がゆるくなって、かしやげ峠に到着。そこから少し下って四谷の集落に出た。治山工事現場の横を通り、仏坂へ向かう車道に出た。時刻は午後1時過ぎ、三河大野までは往路の実績でも普通に歩いて7時間を要しており、また今日は険路の通過ですこし疲れており、翌日も仕事なのでここで先へ突っ込ませる判断はできないので、歩行タイム4時間41分とあまり歩いていないのだが、きょうはこれでおしまいにしてコースを離脱し、滝上バス停へエスケープすることにしようと思う。次の日も休みだったら三塁ベースコーチャーは「三河大野へ突っ込め」と判断したかもしれないが、まあよい。

MDウォークマンを当てて、KOTOKOさんの歌を聴きながら四谷の千枚田を下る。ゆるやかな斜面に棚田がこれでもかと造成されていて見ごたえがあった。千枚田の下から県道に合流して、適当にあるいてゆくと大きく道はカーブし、なおも進んで行くと設楽からの道を合わせ、滝上に着いた。バスの時間まで間があったので、さらに15分ほど車道を歩いて海老まで下った。山の中の集落なので海老という名前は奇妙ではある。ここには数軒の商店や小さいスーパーなどもある。スーパーの品揃えを瞥見し、三ヶ日ミカンを買ってから本長篠行きのバスに乗った。帰路は例によって普通列車を乗り継いで眠りこけながら帰った。

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