第46区 柘植→伊勢坂下

2003年3月24日(月) 所要時間:6時間54分 費用発生:14.500円

106小田原−401浜松−515名古屋555−亀山710−柘植750−本線コース合流点820−ゾロ峠900−947不動の滝入口1002−1106昼食地点1215−1410沓掛−1444伊勢坂下1615=1645亀山・・・1800名古屋・・・豊橋・・・浜松・・・静岡・・・2230小田原・・・新百合ヶ丘・・・007多摩センタ

 春は4月5月しかないと小生は思っている。会社へ行くのにコートの要る3月はまだ冬であると小生は思う。しかし日本人は季節を先取りするのが好きだし、小売業サイドも春、新生活、移動マーケット、ツーリングシーズン、アパレル新作などのキーワードを軸に商戦を展開するからやはり3月は春なのだろう。しかし、さくらの花の咲く前に毎年恒例の「スギ花粉」が猛威を振るうのである。そんな時期に山に行ったら花粉の洗礼を浴びてえらい事になるのは必定である。だが小生は旅に出たくてウズウズしている。それに花粉症の威力もクスリを飲んでオフィスで仕事をしている分にはそんなに怖いものではなく、3月末、八王子駅の窓口で青春18きっぷを購入してしまった。

 日夜かいしゃと自宅を往復するのみの生活だと、ストレスノイローゼがたまり、旅にでも出なければやりきれないという気持ちになる。目先の難題や中期的タスクを一時的に打っちゃらかしておいて、小生は旅に出る。

 旅立ちは毎回、同工異曲なのであって、多摩センターから新百合ヶ丘乗換えで小田原へ行く。今回は愛甲石田まで座れなかった。本を読んでいるうちに秦野、渋沢を過ぎ、山間を少し走って新松田。ここまでくると小田原は近い。駅前の吉野家で並と味噌汁とお新香の食事を済ませた後、いつもの1時6分発夜行快速「ムーンライトながら」に乗る。案の定車内は満員で、空席にありつく事ができなかった。やむを得ず3号車の最後部座席と壁の間に身体をもぐりこませる。沼津や静岡の停車のたびに外の冷気が吹きこんできて、まどろみが中断される。

 浜松でいわゆる「救済臨」に乗りかえる。こちらも満員の盛況で、当方も底冷えのするデッキにうずくまるのみであった。名古屋まではじっと本でも読みながら辛抱。豊橋で「ながら」からの乗換え組でデッキも混みだし、年季の入っているもと急行型列車は東海道線をフルスピードで突っ走り、大府を通過、共和笠寺熱田と過ぎ、名鉄が寄り添ってきて金山を通過。5時15分、名古屋着。関西本線の始発を待つ。

二両連結の亀山行きに乗る。始発なので車内は空いていた。発車後しばらくは車庫の脇を走ったりして特急型ディーゼルカーなどを瞥見していたがすぐに睡魔が襲ってきて、目が覚めたら四日市の先の河原田であった。加佐登、井田川を過ぎ、駅ごとに通学客が乗って、亀山に着いた。ローカル線の乗換駅なのに図体の大きい駅だなと、来るたびにそう思う。加茂行きのディーゼルカーは3番線からの発車なので跨線橋を渡る。待つほどもなく加茂行きの二両編成は発車した。しばらくは山裾を軽快に走り旧東海道の宿場町の関、ここから山中に入り、加太に停車、トンネルを抜け伊賀盆地に入り、柘植に到着。

 眠い身体を引きずりながら、東海自然歩道の歩きを再開する。まずは柘植の南北ルート合流点をめざす。駅がすぐ横の踏切を渡って、北へ進み、工場の脇を通る。始業時間前らしく従業員が全員で体操をしていた。ほどなく山の中にはいってゆき、道がダートに変わって、左に曲って小川を渡り、ほどなく本線ルート・山之辺ルート合流点に到着した。ここを通過したのが2001年6月、2年ぶりに戻ってきたことになる。あのときとは逆に、こんどはゾロ峠への登りにかかる。

製薬工場の敷地の横を通り、壬申の乱古戦場の看板脇を通り、トイレの横からゾロ峠へののぼりにかかる。沢沿いに進み徐々に高度を上げて行くが、当方は本調子ではなかった。仕事疲れ、前日の夜行ではあまり眠れず、そのうえ花粉症薬まで飲んだので眠くてたまらぬ。しかもあたりは一面のスギヒノキ林、枝の先には黄色い、花粉の詰まった胞子が。花がむずむずしだしたのを気にしながら9時にゾロ峠を越えた。一下りすると不動の滝への荒れ気味の下り。沢沿いをからみ、何回か飛び石伝いに渡る箇所もありそれなりに面白い。滝の手前で土砂崩れがあったらしくルートがつけかえられており、いったん大きく登り返してまた下って、不動の滝に降りる。すこし歩いて林道終点で一休み。アラブ首長国連邦の水「マサフィー」を飲む。売っている店が限られており手に入りにくいが、ミネラルウォーターはこれがいちばんうまいと小生は思っている。

 きょうの予定ははっきりしていない。柘植から行ける所まで行くという方針しかない。柘植から沓掛までは往路では4時間20分で踏破したところだから簡単だろうと思っていたが、きょうはスギ花粉と眠気のせいで不調である。石水渓はおろか沓掛がせいぜいでは、と思う。重い腰を上げて沢の高巻き道を進む。まだ沓掛までは峠越えがふたつある。倒木の多い荒れ谷を進み、だんだん高度を上げて行って、ほどなく傾斜がきつくなって、低い峠を越えるとほどなく林道に出る。腹が減ってきたのでそろそろ飯にすべく、11時過ぎにザックを下ろしたところで猛烈に眠気が襲ってきた。すこし休もう。ドライバーだって眠くなったらSAでちょっと眠れば眠気が去るというし。わたしはその場にうずくまり、ザックを枕に、沢音を聞きながらまどろんでしまった。

 気がついたら1時間が経過していた。いかんいかん。手早く弁当を食べて、歩みを再開するがまったく気分が乗らない。歩きより眠気のほうが先に来てしまう。MDウォークマンを取りだし、クラシック音楽を聞きながら歩みを進める。ダートからアスファルト、またダートと林道を歩き続け、山道の入り口についた。沓掛へ最後の登り、ここはがまんするしかない。丸太階段の急な登りが続く、この程度の道は耐久範囲内のはずだが大汗をかく。かなりしんどい。ベンチのある休憩所からもそうとう登って、バンドウ山からもかなりの登り下りがあって、そのあと道はかなりの急降下となって、眼下の林道が大きくなってきて、林道に降りついた。

 林道を淡々と下り、ほどなくバンドウの製材所、ここから林道を東へ歩き、国道1号線を走るクルマが見えだし、沓掛の渡道橋に着いた。国道を渡り、畑の中を歩いて、旧道に出る。坂下の古い家並みを見ながら旧東海道を30分ばかり歩き、伊勢坂下バス停に到着した。自販機のアクエリアスを飲む。時刻は午後2時44分とちょっと早いが、今日はこれでおしまいにしようと思う。足はともかく杉花粉で身体がメロメロだ。伊勢坂下バス停脇の公園でしばしまどろんだあと、靴を履き替え、16時15分発の亀山行きに乗る。バスは楢の木から国道1号線に入り、関の町を抜けて亀山市に入り、亀山駅に着いた。最初から最後まで乗客は私一人であった。

名古屋行きの列車でたちまち眠り、四日市や桑名にも気付かず、18時すこし前に名古屋に着いた。ここからは豊橋までの快速、浜松行き、静岡行き、東京行きの列車を乗り継ぎ乗換えたが、座るたびに眠り続け、眠気が去ったのは小田原の手前であった。

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