2003年1月6日 費用発生(45区込み)29,500円 所要時間7時間29分
前夜2315多摩センター・・・106小田原・・・浜松・・・519名古屋531・・・646伊勢中川・・・721名張725=820中太郎生−900蔵王堂−1057尼が岳横ベンチ−1125桜峠−1242メナード青山リゾート1257−1400大原橋−1524青山高原車道分岐−1549西青山歩道橋−1620西青山駅1625・・・名張(泊)
2003年、正月の三が日は仕事だった。黙々と端末相手に過ごした。さすがに出勤する人も少ないので、仕事柄ゆっくり世の中のことを考えることができた。今の世の中、個人も企業も強い者だけが生き残れるというアメリカ型?の価値観に席捲されてしまっており、小生を含めさして力のないものはまず自分の今の生活水準を保つにはどうするかといった考えに走る。教育とは前の世代が後の世代を都合のいいように変革する工程の一部なのであるが、戦後の日本の教育システムは個人の私的成功がすべてであるかのようなエゴイズム教育に堕落しており、それに洗脳されてしまっている世代は外部環境が昨今のように厳しいものになってくると、あわてふためいて狂ったように守りに走る。具体的に言えば消費行動が同じ個人が、そのひとが興味・関心・こだわりを持っているものにはお金を惜しまないが、それ以外は割りきって支出を極端に抑制するといったパターンに変化する事である。
日本人というのは感化されやすい国民なのかもしれない。古くは尊皇攘夷や自由民権運動、60年前は大東亜共栄圏、そして昨今は構造改革。構造改革が進めば景気が回復するなどと考える人は60年前に「東条さーん」と言っている人と思考回路が同じなのである。いまの破壊的政策が続く限り大衆の大多数の経済的低迷、悪くて破滅没落は免れないであろう。だからモノが売れなくなってしまうのだ。などと考えながら正月の間はアクセスと格闘していた。私も生きている限りは道楽は捨てられない。歩き、食い気を主体とした旅がなければ、ストラグルな日常の彩りがなくなってしまう。モノより思い出派である分上出来なのかもしれないが、これも物欲の一種であろう。地図に赤線を書きこんで悦に入っているのだから。
なんか今回は前置きが長くなってしまったが、1週遅れの正月休みを利用して山之辺コースの残を一気に片付けてしまおうと計画を立てた。積雪がいかほどあるのか読めないが、まあ適当にやろうと考え、一日良く寝て体調を整え、6日の深夜、小田急多摩センター駅の自動券売機に720円を放り込んだ。小田原発1時6分のいつもの夜行快速「ムーンライトながら」に乗りこむ。座れないのではと危惧していたが、年末年始のピークをずらしたせいか、空席を見つける事が出来た。昼間そこそこ寝たので今回はなかなか寝つけない。高杉良の企業小説なぞ読みながら深夜の東海道線を西へ。熱海に停車、丹那トンネルを抜け三島、沼津に停車。列車は夜の駿河路をすべるように走る。海沿いを走り、富士に停車。静岡のあたりでやっと眠くなりしばしまどろむ。
浜松の停車で目が覚めた。ここで後続の臨時夜行快速に乗りかえる。この列車は青春18きっぷ利用者御用達のいわゆる「救済臨」であり、名古屋到着は定時の「ながら」より一時間ばかり早い。車内でウトウトとまどろみ、気がついたら列車は尾張に入っていた。右手に名鉄が寄り添ってきて金山を通過。窓外を見やると雪が積もっているではないか。心の中で憮然とする。名古屋着5時19分。ここで青春18きっぷも使い納めである。ここから近鉄を使わないと名張発の一番バスに間に合わない。5時31分発の急行鳥羽行きに乗りかえる。まだ夜の明けない中、近鉄急行はひた走り、蟹江に停車、木曽川長良川揖斐川を渡り桑名に停車。四日市では雪が舞っていたが、津では雪は影も形もなくなっていた。ほどなく伊勢中川に到着。前回は寝過ごしの失態をやってしまったが今回は降りられた。ここから名張までは特急を使う。車内でサンドウイッチの朝食とトイレを済ませた。名張着7時21分。
敷津行きのバスに乗りこむ。バスは名張から郊外を抜け、だんだん山間に入って行く。対向車とすれ違いでかなり時間をロスするノロノロ運転っぷりで、南出口バス停まで一時間弱を要した。さすがにここでは雪が残っている。前回打ちきった丸八酒店の前から8時20分にスタートし、半ば凍った路面の上り坂をコケないように慎重に進み、ほどなく山道に入った。雪の上を前回同様バフバフと進む。積雪は前回来た時よりも心持ち多いように感じた。ほどなく蔵王堂の前を通過し、いったん林道歩きをはさんだのち再度山道に入り、大洞山分岐の桔梗平。ここからは大洞山東面のトラバース道である。ここから大タワまでが積雪が一番深かった。
なんでもない東斜面をゆるく登って行く道だが、ズボズボと雪を掻き分けながらの前進はこたえた。きょうは晴れており、右手前方には尼が岳がけっこう秀麗な姿を見せている。黙々と雪と格闘し、どうにか車道と交叉する倉骨峠に出た。大タワまでのアップダウンが結構急で、そこからは尼が岳へのしんどい登り。三重県のコースに良く見られるプラ製丸太階段の登りが延々つづく。高度850を過ぎると、頂上への道と東海自然歩道のトラバースルートが分岐する。東海自然歩道はなぜか頂上は経由していない。西面を歩き、ほどなく尼が岳直下のベンチ。雪で木の枝が垂れ下がった中をかきわけて北面を進み、またベンチ。それぞれこんもりとした頂上へ道が通じている。ここからは桜峠へ一気に下る。雪の丸太階段を滑らないよう気を使って下り、なおも前進すると高尾への分岐。そこからすこし歩いて県道に出て、そこからアスファルト道を前進すると桜峠。ここから青山高原までずーっと舗装路歩きが続く。
雪の積もった林道を淡々と進む。雪の積もった所を歩きアイスバーンをさけ、なおかつ距離を少なくするためコーナーでは極力インを取る、箱根駅伝のテレビ観戦の効果を発揮し、ひとしきり歩いて古田の集落。市杵島神社の涌き水で喉をうるおす。ほどなく三叉路を右折し、12時40分ころにメナード青山リゾートの敷地内に入った。鴨の飼育場を過ぎ、なおも進んで行くと総合案内所に出た。かかる厳寒時にもかかわらず蕎麦屋とラーメン屋が暖簾を掲げていたので、これ幸いとラーメン屋に入る。食料は持っているが温食に勝るものはない。「布引ラーメン」食堂はがら空きであったが、でてきたラーメン(700円)はスープににんにくが利いており、うまかった。一息ついてお冷やをあおってから、歩きを再開した。ほどなく伊賀と伊勢の境である布引峠を通過。ここで左の県道に入り、青山高原をめざす。この林道は500mおきに距離標があり、5分おきにそれを通過したから時速6キロのペースで歩いた事になる。
MDウォークマンの音楽を聞きながら、かっきり1時間後、林道が区切りとなる大原橋に出た。左は飛行基地、右は白山町方面だが自然歩道は林道をさらに北へ向かう。単調な森の中の林道歩きが延々続き、当方もいいかげんうんざりしてくる頃、青山高原の別荘地に出た。東に伊勢湾が望める好展望である。別荘地を道標に従い淡々と進み、ひときわ奇妙な建物の横からひさしぶりに山道に入った。ここでMDを切る。1箇所沢を越えるアップダウンをしのいだ後、急斜面を一気に丸太階段で下り、そこからは沢沿いを徐々に下っていった。高度を下げるにつれ雪が消えて、ほどなく国道の車音が聞こえ始め、午後3時50分、西青山の歩道橋に出た。東海自然歩道はここから青山高原三角点へ向けて登りとなるが、きょうはここで打ちきり、明日の朝またここに戻ってこようと思う。だがここから近鉄の西青山駅までは2.4km歩かねばならない。国道沿いを数分下ると、クレイン乗馬センターの横に出て、そこからは近鉄の旧線あとの道を進み、ほどなく西青山駅に到着。
西青山駅は無人駅であり券売機すらない。「運賃をお確かめの上車内で購入下さい」などと張り紙がしてあった。重い足を引きずりながら殺風景なホームに上がり、名張方面の電車を待つ。ほどなく電子音の後「デンシャガセッキンシマス」との音声が流れ、上本町行きの快速急行が現れた。ニ十分ばかり電車に揺られ、5時すこし前に名張に到着。駅前の寂しい食堂でスタミナ定食(豚肉野菜炒め)の夕食をすませ、名張駅前のビジネスホテルに旅装を解く。一息ついた後、名探偵コナンスペシャルを見て9時過ぎに床に入ったが枕が違うせいか眠れない。ここで眠れないと明日つらい事になるので自販機でビールを買い、パンと一緒に流しこんで眠りについた。