第43区 室生口大野→中太郎生

2002年12月29日(金) 所要時間 5時間50分 費用発生:9,500円

106小田原・・・豊橋431・・・520名古屋531・・・松阪・・・名張・・・室生口大野駅800−室生口大野810−855門森峠−912室生寺−935宇野川橋−1034クマタワ−1106斉浄坊滝−1132曽爾横輪−1156葛1208−1300亀山峠−1400中太郎生1403=1423伊勢奥津1513・・・1613一志−1619川合高岡・・・伊勢中川1636・・・1738名古屋1820・・・浜松・・・静岡・・・小田原2235・・・004新百合ヶ丘・・・018多摩センタ

私から今、夢奪えば、さまよえる浮世の屑となる。

山之辺コースの旅も順当に進んで行き、とうとう奈良県を抜け出せる所まで来た。幸か不幸か、買ってしまった青春18きっぷはあと2回分の権利が残っている。12月下旬の休日のすべてをこの道楽に注ぎ込んでしまっているので、自宅の部屋は散らかり放題、正月の餅も箱根駅伝録画用のビデオテープも買っていない。まあ日々ストレス魔殿で水や火などを浴びせ掛けられているので、圧力鍋ではないが蒸気の逃がし口は必要である。悪いことに暮れが押し詰まるにつれて寒さが厳しくなっており、今回は標高の比較的高い所を通るので厳寒・積雪は確実であろう。

 いつもの「ながら」行路ルートで小田急線で小田原に向かい、1時6分の「ながら」に乗ったが、青春18きっぷのシーズン、冬休み、帰省時期と言う条件が重なったため、自由席は満員で座れず、デッキもかなり人がいたので、指定席車の3号車の車端部にうずくまり、ウトウトとまどろみながら豊橋へ向かった。寒いので停車のたびに目を覚ましてしまう。床の冷たさがベンチコートの布地越しに伝わってくる。どうにか豊橋到着。ここで臨時夜行快速に乗りかえる。しかしこの列車もボロ車両を8両つないでいるにもかかわらず、大垣着が「ながら」より1時間早く、京阪神地区へのアクセスが良いため「ながら」以上の混みっぷりで、デッキも人でいっぱいであり、立ったまま名古屋へ向かう事となった。途中ノンストップなのがせめてもの救いである。

50分弱、辛抱し、ようやく名古屋に到着。大ターミナルだから降りる人も多いだろうと思っていたが、ほとんどが大垣まで行ってさらに京阪神方面へ行かれるようで、「すみません、降ります」といいつつ人をかき分けホームに降り、近鉄乗り場へ向かう。5時31分発の鳥羽行きに乗ったが、本来乗りかえるべき伊勢中川で寝過ごし、松阪まで乗ってしまう凡ミスをやってしまった。折り返しの電車にすぐ乗れたから実害は30分程度であるが、先が思いやられる。伊勢中川に戻り、快速急行の上本町行きに乗りかえる。電車は布引山地をトンネルで抜け、山中を名張に向けて進む。名張で準急に乗換え、3つ目の室生口大野で下車。

激烈な寒さの中、大野寺の石仏などを瞥見しつつ前回打ちきった道標までは10分程度の歩きであった。その道標にタッチしてから左折し、バス道路をしばらく進むと室生寺への自然歩道分岐に出た。林道から石畳の道に変わり、だんだん勾配がきつくなってきた。今回は相次ぐ歩行で疲れ気味なので、始めからMDウォークマンを耳に当て、音楽に乗りながらさっさと歩いてしまう事を心がけた。かたわらの沢の流れがだんだん細くなってくると、石畳上に雪が現れた。そのあと高度500を越えると傾斜が若干ゆるくなり、ほどなく門森峠を越えた。ここからは急な石畳の下りを滑らないように下るとほどなく室生の集落に出た。

集落内を道標に従いながら下ると、旅館の横を過ぎてバス道路に出、ほどなく「女人高野」の標柱のある室生寺の門前に到着した。今日は先が長いので門前を素通りし、そのままバス道路を南へ進んで行く。ほどなく左手に竜穴神社が見え、さらに進んで行くと宇野川橋に出た。自然歩道はここで左折し、曽爾村との境のクマタワを目指す。まずは沢沿いの林道歩きがえんえんとつづく。右手に古代米料理の店を見てもどんどん山奥に分け入って行き、大藪橋で林道と分かれ登山道で高度を稼ぐ、ちょっとしんどい道となった。

高度を上げるにつれ、雪が登山道上を覆う様になり、滑らないよう配慮して歩かねばならなかった。南松の滝分岐を分けてもどんどん高度を上げて行き、ゼニヤタワへの分岐(道標では「国見山分岐」とあります)を過ぎて沢を木の橋で渡り、いよいよ峠直下の急な登りとなった。雪で踏みあとが隠されており、沢を渡る際には1回「はて?」と思う箇所もあった。最後は階段状の登りとなって、宇野川橋から1時間強でトイレの建つクマタワの峠に出た。

ここからは林道の下りである。路面に薄く積もった雪の上をバフ、バフ、バフと軽快なステップを切って,下りつづけた。

楽しいね、楽しいね。

降ってからそれほど時がたっておらず、野性動物の足跡しか雪上にはない。調子に乗ってヴァージン・スノーの上をバフバフ歩き続けると積雪がなくなり、斉浄坊渓谷の分岐に出た。林道を外れ大きく下り、ほどなく渓谷沿いの遊歩道となった。石畳の下りなので滑りやすい。ほどなく斉浄坊の滝。迫力はないが岩の上を滑るように流れる水と、エメラルドグリーンの滝壷の構図は見るものを感嘆させる。また厳冬期という事もあり、岩からは何本も大きなツララが垂れている。その中の1本をポキンと折って、千歳飴のように口に入れながら下った。

ほどなく林道に出、バス道路めざし下りにかかる。そして眼前に曽爾高原のススキ斜面、倶留尊山が見えた。左前方には鎧岳、兜岳が天を突いている。曽爾村はのどかな、ごくふつうの山村なのだが山の景観に関してはぜいたくである。曽爾横輪のバス停からいったん集落内を高巻き、葛の吊橋で青連寺川を渡る。渡り終えた所にあずまやがあったので、ここで昼食休憩とした。が、あまりの寒さで10分もしない内に我慢できないレベルの寒さが身体を叩く。歩いているときはともかく、一旦エンジンを切ってしまうと寒さを感じる。食事をさっさと切り上げ、曽爾高原へののぼりにかかる。曽爾高原ファームの観光施設をすぎてからは山道をおりまぜながら、高度をだんだん上げて行く。

少年自然の家直下のつづら折りの登りを抜け、自然の家の建物の脇からススキ原の中へ入って行く。おかめ池はこの季節、湿原化しておりススキの色と見分けがつかなかった。そして県境の亀山峠めざし、雪混じりの丸太階段の登りをこなしてゆく。いったんグンと高度をあげてからは山腹を斜めに突っ切る感じで峠へ道が続いている。13時、亀山峠到着。二本ボソ方面へ開けた稜線が続いており、大菩薩峠からの大菩薩岳方面の眺めと良く似ている。眼下の曽爾高原の眺めも申し分なく、また遠景の兜岳・鎧岳も天を突いており、かなり良い眺めである。しかし、稜線なので風がけっこう強い。私はさっさと中太郎生方面へ下りにかかった。

ジグザグの急な下りを経てあっさり林道に出てくろそ山荘の横を通ると池の平高原に出る。荒涼とした所にポツンポツンと小さな人家や耕地があるのが、かえって寂寞感を感じさせる。ほどなく右に曲り、耕地のふちをくだってゆき、わりあいあっさり中太郎生の集落におりついた。ささやかな中太郎生の集落を下り、南出口バス停の前にある丸八酒店に降りついた。まだ午後二時だが、帰りが長いのでここでコースを離脱する。すぐに名松線の伊勢奥津行きのバスが来たので乗り込む。バスは山奥の小さな集落をいくつか過ぎ、20分ほどで伊勢奥津駅前に到着した。

15時13分発の松阪行きに乗る。このディーゼルカーはなかなか鈍足である。一眠りして一時間が経過して一志。このまま松阪まで乗りつづけてもきょうじゅうに(普通列車では)帰れないので一志で下車し、すこし歩いて近鉄線の川合高岡に出て、一駅乗って伊勢中川。ここから近鉄特急に乗り、名古屋には17時37分着。山菜うどんの夕食を済ませ、駅ビル内の書店で村山由佳のレンアイ小説を買い、それを読みながら普通列車を乗り継ぎ、東京への帰途についた。

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