第39区 石山寺駅→原山(山之辺コース)

2002年6月3日(日) 所要タイム:13時間4分、費用発生 28,000円

新横浜2057・・・2321京都2334・・・2349石山011・・・014石山寺016−026山之辺コース分岐−145岩間寺−205東笠取−245西笠取−400炭山−500十字路−600宇治−620白川−806郷の口1000−1220鷲峰山1240−1320原山1337=1400加茂・・・亀山・・・名古屋・・・新横浜

夢はどこにある。愛はどこにある。日々仕事に追われてはいるがストレス解消のため、6月頭の休みを2日間無理矢理取る事にし、休み明けに出勤するとその間たまった仕事をさらに処理せねばならないが、それは一時的に打っちゃらかしておくことにして、私は東海自然歩道の旅に出る。が、ここのところのハードワークデイズで仕事疲れがたまってきており、さらにここ数日は全国的に良い天気である。気温30度でピーカンの東海自然歩道ほど歩きづらいものはない。しかも次の目標の山之辺コースはアスファルト道が多いという。そこでまた奸知をはたらかせ、夜間歩行であればスタミナの消耗は少ないだろうと考え、いわゆる「ハネ立ち」を決行しようと思った。

日曜日、いつものようにザックを八王子駅のコインロッカーに隠し、そのまま出勤。各方面から作業依頼の電話がかかってきて話し合いを繰り返す。そして仕事がはねて、荷物を取りだしスーパーで食料を買い込み、八王子から横浜線に乗りこむ。新横浜で降りるつもりが車内で眠ってしまい、目が覚めたら一駅先の菊名であった。いきなりこれでは先が思いやられるなと思い、新横浜に引き返す。やはり最近の仕事疲れのダメージか。新横浜で暇つぶし用のヤングジャンプを買い、それを読みつつ新幹線を待つ。

新横浜発20時57分の「ひかり243号」はそれなりに混んでいた。シートに腰を下ろし、ヤングジャンプを読みつつ京都を待つ。小田原、熱海を通過し新丹那トンネルを抜け、駿河路を疾走し、浜松を通過、浜名湖をかすめ、愛知県に入り名古屋到着。京都まではあと47分である。当方も旅支度にかかる。さっきスーパーで買った弁当を食べ、ネクタイを外し、トイレで山装備に着替え、登山靴をはく。いつのまにか新幹線は琵琶湖のあたりを走り、音羽山の下をトンネルで抜けると京都は近い。京都からは在来線に乗換え、山科・大津・膳所とあともどりし、ほどなく石山。ここで京阪電車に乗換える。京阪電車石山線は二両編成である。

さて石山寺着0時14分。酔狂なミッドナイトウォーキングがはじまった。夜の瀬田川に街灯の明かりが映っている。閉じられた石山寺の山門前を通過し、路地裏を通過してほどなく山之辺コースの分岐、左へ行けば伊勢廻寺経由の本コース、右へ行けば山之辺コース。ちなみに山之辺コースは踏破するのに本コースの5倍はかかる。住宅街を抜け左折し、京滋バイパスの下をくぐり、岩間寺方面の道をたどる。滋賀大学の裏を通り、石山墓地の裏を抜け、中千町バス停の少し先でいよいよ岩間寺への登り道。京滋バイパスの上をまたぐと、あたりは真暗闇である。懐中電灯をてらして先へ進む。あたりは深夜の静寂につつまれている。東の空から下弦の月が顔を出してくれたが、それでも怖い。職場の上司に叱責査問されるのと、または仕事上で危ない橋をわたるのとどちらが怖いだろうと考えてしまう。精神的にはこたえるかもしれない。気晴らしにラジオの演歌放送を聴きながら歩く。

 ほどなく鳥居を見て、なおも車道を上り詰めていくと岩間寺。境内をすり抜け、建物を瞥見しながら進んで行き、ほどなく東笠取への下り道を発見した。ここからは本日数すくない登山道である。真暗闇の中なので慎重に歩き、かなり下って東笠取の農地に出た。そこから集落を突っ切り、こんどは西笠取へむけての峠越えが始まる。ラジオの演歌放送はいつのまにかエアロスミスに変わっていた。エアロスミスを聞きながら道標を見落とさぬよう注意して歩き、清滝宮の横を通り過ぎると峠の三叉路を右折し、西笠取の集落へと降りていく。笠取小学校の裏を過ぎて、辻出橋で西笠取川を渡って、こんどは炭山へ向けての峠越えである。ラジオはいつのまにか声優番組になっていた。

明け方の静まった林道をとぼとぼ歩き、ようやっと峠を越えて流れをかたわらにするようになり、炭山の集落にたどりついた。志津川沿いに南下を始める所で、夜がしらしら開けてきた。ゴミの不法投棄が林道のあちらこちらで目につく。おなかが空いてきたので採石場の先で弁当の朝食。志津川口バス停にある四つ角では、少し迷ったが通り掛かりの散歩のおじさんに教えて頂き、ことなきを得た。四つ角をいったん来た道を戻る感じで左折し、志津川方面へすこし進むと仏徳山の登り道が現れた。静々と朝の森の中を登ってゆく。雲行きが怪しくなり始め遠くでゴロゴロと雷の音がしはじめる。

仏徳山からは宇治川・平等院・宇治市街が一望のもとに見渡せる。展望を楽しんだ後ジグザグの遊歩道を下り、宇治の町に出る。道標によれば東海自然歩道は天ヶ瀬経由と宇治橋経由のダブルコースとなっており、私は平等院を瞥見できる後者を選んだ。宇治橋を越えたあたりで雨がおちてきたが構わず進む。観光名所である平等院前を通過し、宇治川沿いに少し進み白川の谷へと入って行き、少し登って見当をつけて左折すると寺川沿いの林道に出た。農地の中を過ぎて、そのあと車道を登って行き、こんどは久々の登山道となって沢を詰めて行き、ため池からまたも舗装路となってほどなく交通量の多い車道に飛び出す。警戒しながら車道を歩き、低い峠を越えて宇治田原町に入り、郷の口の集落におりついた。夜通し歩いたので眠くてたまらない。丁度ベンチのある休憩ポイントがあったので、そこの木陰を選んでまどろむ。

目が覚めたら午前9時45分であった。空は雲のほとんどない快晴である。これでは日中の最高気温は30度を超すにちがいない。だが次回以降の行程を勘案すると、せめて原山までは進んでおきたいと考え、もうひとふんばりすることにした。おにぎりの朝食(二回目)のあと、道標に従いながら宇治田原の街並みを抜け、茶畑の間の車道を黙々と進む。太陽が照りつけ暑くてたまらない。御栗栖神社の横を通り何度か犬打川を渡ったりするとようやく鷲峰山への林道に入る。山の中の林道であり、木陰の中を進むので炎熱地獄からは解放されたが、つらい登りが待っている。沢沿いに徐々に高度を上げて行き、白谷からの道を合わせてからも徐々に沢を詰めて行き、一向に上がらぬ高度計の数値にうんざりしつつも歩みを続ける。

高度400を越すと、沢沿いをはなれてヘアピンカーブをきって今度は山腹のからみ道となる。山腹を右へ右へカーブしつつ進んで行くと、トイレとあずまやのある休憩所にたどりついた。尾根上の林道歩きを続け、また太い林道に合流し、なおも登りを続けて行くと、金胎寺への参道分岐に出た。息をはずませつつ参道を登って行くと、目の前に金胎寺の建物が見えた。右へ下れば原山の集落である。アクエリアスを飲んで一息いれたあと、原山への下りにかかる。始めはジグザグを切って高度を下げて行くが、ほどなく沢沿い、次いでコンクリの林道となり、山肌を下って行く。サクサク進み、茶畑のいちばん上に出る。そこから茶畑を下降し、集落の中を道なりに下ると原山のバス停におりついた。

きょうはこれでおしまいにしようと思う。眠いのと暑いので頭がもうろうとしてきた。次のポイントはJR月ヶ瀬口駅だが、山と渓谷社のガイドブックで2時間40分、シェルパ斉藤さんの本では5時間と記されている。この状態では厳しいと判断し、加茂行きのバスに乗りこむ。バスの中で一眠りし、加茂からは関西本線経由の亀山・名古屋回りで帰京した。

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