2002年4月8日(月) 所要タイム12時間46分 費用発生 36,310円(37区込み)
前夜2230八王子=530茨木534・・・大阪:梅田600・・・石橋・・・箕面632−720政の茶屋(西の起点)740−840北摂霊園−930泉原−1012忍頂寺1020−1110車作大橋−1200萩谷ー1230摂津峡−1303神峰山寺1330−1515ポンポン山1530−1705南春日町1718−1820桂温泉−1918渡月橋−1930嵯峨嵐山駅1954・・・京都(泊)
時の流れは新しい、未来に巡り会う証。たくさんの思い出をちりばめた東海自然歩道の旅も終わり、大阪駅のおでん屋で鯨の舌を肴にビールを飲んで、それで終わりになったはずなのだが、また私は旅に出てしまう。かわるがわる襲いかかってくるシュールな日常。怪我をしないよう守りにはいるとかえって痛い目を見る。為政者のオッサンは痛みに耐えろというが、事実我々は日々痛みと付き合わねばならないのかもしれぬ。だが日々戦いつづけ、職場で叱責査問され、昼休みに休憩室でFやM課長に愚痴をこぼす自分、マイナスの言葉を吐きつづける自分に嫌気がさしたのかどうかはわからないか、またどこかへ行きたい、ウォーキングで心の底からエキサイトしてみたい、火の玉ファイヤーとなって野山を猛進したいという衝動に激しく駆られたので、踏破から半年足らずで東海自然歩道へ復帰とあいなってしまった。
4月2日、相模川の河原。すでに桜は散ってしまったが、河原でM課長やF、その他大勢の職場の方々とバーベキュー宴会を行った。塩カルビをたっぷり摂取したあと、相模川の川面を見つめながら、旅に出ようと決意した。生きている限り、何らかの形で人は戦わねばならない。ことに市場経済の大競争時代である昨今はなおさらである。いまの収入や生活レベルが向う5年、10年に亘って保証されると考えているのならば、それはとんでもない間違いで、働いていくのに、生活していくためには周到なストラテジーが必要となる。相模川の川面を見ながら、私はそう考え、次の日八王子発大阪行きの夜行バスの乗車券を押さえ、続いて京都駅前のビジネスホテルを押さえた。
4月4日、八王子某所にある監獄居酒屋で私は職場関係者と赤ワインを飲んだ。厳しい厳しいとおもっているいまの日常だが、かくも多くの人とコミュニケーションが取れる、笑いながら酒が飲めることは、それだけで幸運なのかも知れぬと思いながら私は酩酊しつつ赤ワインを飲み、「田中角煮」とかいうつまみを食べた。いい気分で居酒屋を出、京王線の電車に乗りこむ。幸せを守る為に人は戦わねばならないのか、もっと強くならねばならないのか。
4月7日、私は重いリュックをかつぎながら会社へ向かった。日曜日なので重いリュックは会社に隠した。バスの発車時間が夜十時半なので、それまで貯まっている仕事を片付ける。仮説構築、仮説構築、頭の中で知的支援のロジックが回って回って、結局ものにならぬまま夜10時が近づいた。そして私は階段の隅っこで着替え、ザックを背負って、日常を一時的にうっちゃらかして、旅に出た。すくなくとも明日明後日は完全に日常から脱却できる。
松屋の牛丼で胃袋を満たし、深夜スーパーでいつものようにおにぎりやパンなど買い込み、コンビニで眠くなるまでのつなぎとして「包丁無宿」のコミック本を買い、私は京王八王子バスターミナルへ向かった。荷物をトランクに預け、バス車内に入りさっそくリクライニングを倒す。ほどなくバスは動き出し、八王子インターへ向かう。高速に入れば車内は消灯される。料理漫画を読みながら眠くなるのを待った。今回はきちんと眠るために、ちゃんと夕方に花粉症のカプセルを飲んでおいた。これを飲んでおけば、副作用で眠れることは確実である。
花粉症薬の効果はたいしたもので、途中一回目が覚めただけで、あとは茨木駅の手前まで熟睡できた。このバスは阿部野橋を経由してUSJまで行くが、箕面に行く場合は茨木で降りた方が早いと考え、私は茨木でバスを降り、早暁の東海道線で大阪まで行き、ちょっと構内で迷ったものの阪急梅田駅へ向かい、昔懐かしいえび茶色塗色の阪急宝塚行き電車に乗り、淀川を渡る。京都行きの電車と今乗っている宝塚行き、そして三宮行きの3本の電車が並走する区間である。十三から各駅に停まり、ほどなく石橋に到着。ここで箕面行きに乗換える。
わずか三駅で電車は終点の箕面に着いた。駅前の提灯には、「東海自然歩道 西の起点」と記されている。さあ、新しい旅の始まりだ。そう思いつつ私は箕面駅をあとにした。駅前の土産物屋の間をさっと抜けると、ほどなく箕面公園の遊歩道に入る。平日の朝だが散歩する人がけっこう多い。箕面公園を突っ切り、箕面滝の手前で、斜面をつづら折りの道で上がり、車道に出る。トンネルの前では猿が群れていた。そのあと車道を淡々と奥へ進んでゆくと、箕面ビジターセンターへの分岐が現れ、ほどなく西の起点である政の茶屋園地に出た。ここで弁当の朝食。
逆方向ではあるが、半年前に一度歩いた区間なので、どこがどう苦しいかは熟知している。したがって今日は距離を稼ごうと決意し、かなり強引な計画ではあるが嵐山まで歩くつもりでいた。昨今よくビジネス界に於いて生産性を向上させろ、費用対効果を意識しろと叫ばれているから、そういう風潮へのアイロニーではないが、今日は生産性向上を図るべく、効率良く一気に嵐山まで歩いてしまうことにする。「東海自然歩道」の石碑にタッチする。よもやこの石碑がゴールではなく折り返し点の道標になろうとは、夢にも思っていなかったのであるが。
石段を駆け上がり、斜面をひと登りして、渡道橋を渡ってからも急な登りがしばらく続く。が、三十分程度で開成皇子の墓にいたってからは、やや登り気味の尾根歩きとなる。さっさと歩き、勝尾寺への道を分けたあと、ほどなく大規模な北摂霊園に出た。そこからは薄暗い谷間の斜面を淡々とリズミカルに十分ほど下り、林道に出てすぐ涌き水の場所に出た。掌ですくってゴクゴクと飲んだあと、歩みを進める。単調な林道歩きを淡々と続けると、ほどなく幹線道路に出た。そのあと小川を渡って、林の中のアスファルト舗装されてはいるがせまい小道を進み、ほどなく泉原の集落に出た。そして神社からまた人っ気のない道となり、すこし下って上音羽の耕地に出た。
田園地帯をせかせか歩き、車道を横断してからは田圃の端をしばらく歩き、ふたたび忍頂寺へ向かい林の中の暗い道を行く。大阪からさほど離れていないところにこういうのどかで少し寂しいエリアがあるのは奇異に映る。ほどなく道はすこしの下りとなり、そのあとバス道路に出た。左折してしばらく進むと忍頂寺である。まだ西の起点を出てから2時間30分しか経っていない。ゴールした時は名残惜しげに歩いたせいもあるが3時間20分を要したから、かなりのオーバーペースである。
自販機のジュースで一憩したあと、竜王山への登りにかかる。石段を上がり、今度は宝池寺へ向かい急勾配の林道を登ってゆく。ヒーコラいいつつ、宝池寺の境内を抜けると久々の山道となり、ひと登りするとあっさり竜王山頂上にたどりつく。そこからは歩幅のあわない丸太階段の下りをダダダダダと下る。この階段道は登りにとった際はけっこう長く感じたものだが、下ってみるとあっけなく林道に出て、そのあとは車作まで道標に従いつつ下る。ほどなく斜面を用水路が勢い良く流れる車作の集落を下り、幹線道路に出た。ここから東海自然歩道は、萩谷までの間、「若者向けコース」と「一般向きコース」の二つに分かれる。表編(往路)ではアップダウンを嫌い、若者でありながら一般向けコースを歩いたが、今回は若者向けコースを歩く。
ダンプが行き交う車道を北に10分ばかり進み、竜仙の滝へ向けて登り、滝のたもとからものすごい急な階段で斜面を一気に登る。これでかなりペースをかき乱された。心臓をバクバクいわせつつ登りを続け、ようやく武士自然歩道とクロスし、峠を越えた。くだりは大半が、農作業道のようなしっかりした作りになっており、このコースは東から歩いた方がよかったかなと思いつつ下る。昼食中のハイカーの一団を追い越し、ほどなく萩谷に着いた。遅咲きの八重桜が目につく。集落をぬけると少しの下りで、萩谷運動公園の中を通過し、コンクリ造りのジグザグ遊歩道を下り、さらに山道を下って行くと摂津峡の渓谷に出た。
摂津峡出口にある自販機でアクエリアスを買い、飲みながら田圃の中を進み、車道を横切ってポンポン山方面への道へ進む。神峰山寺の少し先の路傍でおにぎりの昼食。悪いことに日が射してきた。これから本日最大の難関であるポンポン山の登り下りがある。正念場なのだが、すでに7時間歩いて歩調に勢いがなくなりつつある。食事後、ヤレヤレと本山寺へ向かい林道の登りにかかる。耳には活力剤のMDウォークマンの音楽を入れる。淡々と車道登りを続け、本山寺の門前を瞥見した後、ポンポン山へののぼりにかかる。高度計が600を越すと、道はゆるやかな尾根上の登り下りとなる。それほど息が乱れるほど急峻な箇所はないのだが、やはり疲労の色が濃い。
午後3時15分、ようやくポンポン山の頂上着。眺望を楽しみながらウイダーエネルギーインを1袋吸い込む。ここから大原野の南春日町までは下り一辺倒である。半年前に1時間40分で登った実績があるので、いくら疲れていても1時間半あれば下れるだろうと考え、3時半に山頂をあとにした。稜線を静々と歩き、ほどなく釈迦が岳への分岐を分けた後、杉谷への下りとなる。沢状のじめじめした下りをこなし、ほどなく杉谷の耕地に出た。そこから車道を歩き、墓地の脇から山道の下りとなる。疲れのせいか足がなかなか前に出ず、金蔵寺からの下りもやたら長く感じた。ようやく坂本の集落に出て、そこから大原野らしい田園地帯を進む。夕暮れ時の大原野もなかなかいい雰囲気である。前回来た時は朝日の陽光さす中を登ったのだが、夕暮れもそれなりの趣がある。
醤油工場から竹やぶの中を進み、南春日町バス停に着いたのは午後5時少し過ぎであった。嵐山まではあとはアスファルト道を歩くのみなので、あとは気力勝負となる。ここから東海自然歩道はいったん上って花の寺(勝持寺)を経由しているのだが、一回見ているので沓掛方面へそのまま車道を歩く。昨年秋にきた時は、柿がやたら多かったこのあたりだが、今回は春と言うこともあり、筍の即売所が目につく。大きくて形の良いのは一本二千円以上のプライスがついているものもある。
筍を見ているうちに山陰街道とぶつかる沓掛、国道を横切って旧山陰街道を東へ進む。このあたりの東海自然歩道はルートが不明瞭なのでさっさと次のポイントである桂温泉目指して歩く。ほどなく桂温泉の入浴施設の前に出る。以前入ったことがあり、入浴料600円の割に充実していたので、ちょっと誘惑されたが、今回は先を急ぐことにして松尾大社方面へ進む。あたりに夜の帳がおりてくるなか、京都桂病院、苔寺、鈴虫寺と猛進し、松尾駅のあたりで完全に夜になった。本日ゴールの渡月橋までは、あと2キロである。桂川の土手上の車道をたんたんと歩き、ほどなく嵐山公園に出た。
公園のなかを突っ切り、観光名所である嵐山渡月橋をわたり、午後七時十八分、橋の欄干にタッチして本日の行程を終了とした。きょうはこれでおしまいにし、明日の朝七時ごろにまた渡月橋へ戻ってくるつもりである。