2001年5月15日(火) 所要時間9時間43分 費用発生19,500円

小田原106・・・606名古屋611・・・646四日市647・・・近鉄湯の山717=730湯の山温泉−835雲母高原−900近鉄湯の山分岐−1025椿大神社1045−1105桃林寺−1205メモリアルパーク−1300石水渓谷−1400安楽越1420−1440山女原−1600鈴鹿峠−1630坂下1640−1713沓掛−1720楢ノ木バス停−1811関駅1816・・・亀山1834・・・名古屋1935・・・豊橋2042・・・2115浜松2130・・・2250小田原2257・・・030多摩センター
東海自然歩道の旅も関ヶ原を越えガイドマップ最終巻に入り、前回ついに三重県まで足を踏み入れたことで調子付いたのか、湯の山から帰ってきた二週間後、早くも続きをやろうと思い立った。もっとも今回は予算上の制約があるので、前回のようにビジネスホテルに泊まって2日がかりというわけには行かない。基本方針としては湯の山から行ける所まで行くという方針を固めた。
さて14日の夜、会社から疲労困憊で帰ってきたのが夜10時過ぎ、このまま寝こんでしまいたいがやはり一旦決めたことはやろうという考えのもと、スーツを脱いでいつもの登山スタイルに着替える。腕時計をブローバ・クラシックからカシオのプロトレックに換え、ザックを背負ってサンダル履きで旅立った。いつものようにモノレールで多摩センターへ向かい、小田急線で小田原へ向かう。いったん改札口を出て、駅前の吉野家で並と味噌汁の夜食。ここで腹を満たしておくと「ながら」の車中で眠れるのである。今日は5月連休が過ぎた後の閑散期でしかも平日だから「ムーンライトながら」はがら空きであった。
目が覚めたら豊橋であった。すでに夜は明けていた。ここから名古屋まではほぼ各駅に停まり、始発電車としての役割も担う。蒲郡、岡崎、安城、刈谷、大府と客を拾って行き、金山に停車。名古屋はすぐである。名古屋で急いで近鉄乗り場へと向かい、名古屋発6時11分発の急行鳥羽行きに乗りかえる。名古屋市街を抜けて弥富に停車し、そのあと木曽川・長良川・揖斐川を次々と鉄橋で渡り、桑名に停車。そのあと少し走ると右側から三岐鉄道が寄り添ってきて、富田に停車。四日市は次である。
四日市で近鉄湯の山線に乗換え、四日市郊外から菰野を過ぎ、車内ですこしまどろんでいるうちに近鉄湯の山駅に着いた。ここから三交バスで前回打ちきった湯の山温泉バス停へ向かう。鈴鹿山麓の緩い斜面をバスはうなりをあげながら登って行き、すぐに湯の山温泉に到着した。さっそく歩みを再開し、湯森林道方面への上り坂を進む。しばらくは稲森谷をつめてゆく上り坂である。いくつか堰堤を越えて行くと、潜門の滝である。谷の両岸がせり出してきており、狭隘な隙間に流れが落ちている、個性ある滝である。そのあと谷沿いから山腹の高巻き道へと様相が変わり、支流を越えるたびにアップダウンが続くいやらしい道となる。鈴鹿の山々は雲に覆われ、今にも雨が降ってきそうな気配である。
山道を登りきるとダートの林道に出る。そこからは下り気味の林道がえんえんとつづく。いいかげん飽きてくる頃、道がアスファルトに変わり、雲母峰方面の道を分けて、しばらくするとあずまやとベンチのある雲母高原休憩所である。そこから2つカーブを切りながら下ると、湯の山温泉駅への分岐。ここから椿神社までは7.2kmである。そこからは雲母峰の裾野のアスファルト道が延々と続く。涌き水のところで雲母峰への登山道を分け、ひたすら山腹を南下する面白味に欠ける道を行く。ただ雲母峰方面が水害のためか、すこし荒れているように見受けられた。
雲母峰への登山道を2本見送ると、茶畑の脇を進むようになる。四日市や鈴鹿は何もない所だと思っていたが、かくも大規模な茶畑があるとは思いもよらなかった。ほどなく宮妻口。食堂の手前で沢沿いの山道の下りとなる。ほどなく茶畑の脇を鋭角に折れて、内部川へ下って行き、涸れていて水のない内部川を渡る。しばらく川原の中の茫洋とした道を進み、ほどなく道標に従い左折する。そこからも茶畑の端の道が延々続き、製茶工場のわきを右折すると、ほどなく椿大神社に到着した。3時間近くノンストップだったのでここで休憩。
社務所のところに食堂と土産物屋を兼ねた店があったので入ってみる。10時半なのでまだ仕込みの最中なので「伊勢うどん」しか出来ないとの事。手持ちの食料の予備が少なかったのでその「伊勢うどん」を注文した。汁のないうどんで、八丁味噌風味のタレにからめて食べる妙なうどんであった。今日はなるべく歩みを進めておきたいので椿神社見物は割愛して先へ進む。しばらく鍋川沿いを下り、対岸に飛び石伝いに渡ってしばらく山道を進むと桃林寺の鐘の音がゴ−ンと聞こえ、ほどなく桃林寺に到着。裏庭がちょっとした庭園になっており、池には大きな鯉が泳いでいた。
寺の脇を通り、しばらく山道を進むと川向こうに大きな採石場が見え、小岐須の集落に入った。バス停の直前で右折し、御幣川を渡ってから採石場のダンプがひんぱんに通る道をすこし進み、県道をすこし進んだ後、再度山道に入る。ゆるいのぼりを10分ほどこなしたのち、ほどなく下りに転じ、またもや茶畑に出る。茶畑の中を道標に従い進んでゆくと、いつのまにか車道と合流し、ほどなく石灰加工工場の横を通る。山奥にしては大規模な設備である。そのあとは緩い車道ののぼりがえんえんとつづく。悪いことに日が照ってきた。私の個人的考えで申し訳ないが、晴天はハイキング日和ではない。汗だくになってスタミナを大幅に消耗してしまう。かといって雨が降ると滑って困るので、曇りがいちばん良いと考えている。
石灰加工工場の操業音がだんだん小さくなってくると「メモリアルパーク」という大規模な墓地に出る。もっとも不便な場所にあるせいか区画が埋まっておらず、墓石がまばらに立っている。管理事務所には「ご相談承ります」との大きい看板があり、1区画の土地代、墓石代、彫刻代が込みで65万円とあり、東京在住者にとっては破格の値段と感じる。それからも緩いのぼりが続き、峠を越えたところに野登寺への分岐がある。暑いのでここでポカリを飲むブレイクタイムを取る。そこからは坂本へむけての緩いアスファルトの下りなので、気分転換剤のクラシックMDを聞きながら下る。
モーツアルトのディヴェルティメントを聞いているうちに坂本の集落を下り、石水渓口バス停への道を分けて、田圃の端の道を下って行き、眼前に第二名神高速道路の橋脚が見えてくる。まだ高速道路の工事は進められておらず、橋脚だけ先に作っているので異様な景観である。ほどなく安楽川沿いに出て、右折して石水渓をめざす。6時間足らずで26kmを踏破したのだから効率が良い。ロッジ管理事務所を過ぎ、渓谷沿いのロッジ群をやり過ごすと、安楽越えへ向けての車道の登りである。左側に渓谷の流れをかたわらにする箇所もあったりして面白いが、太陽が照りつけかなわない。鬼が牙の豪快な岩峰を見ながらしばらく進むと、白船谷林道を分け、安楽越への林道も山腹をからみながら高度をどんどん上げて行く。日陰になる箇所が少ないので、太陽が照りつけてくる。事前の天気予報では雨の予報だったが、予想外のピーカンで帽子を持って来なかったのが悔やまれる。
太陽光線を浴び、半ばローストチキンと化して山中の切り通しのような安楽越にたどり着いた。ここで遅めの昼食とする。おにぎりを食べ、水を普段より多く飲む。稜線上へカモシカ高原への道が延びており、こちらが東海自然歩道正規ルートだが、疲れているので余計なまわり道をしたくないと考え、そのまま車道を山女原へ下ってしまうことにする。15分も歩くと目の前に耕地が現れ、ほどなくカモシカ高原からの道と合流し、山女原の集落に入った。しばらく歩き、道標に従いダートの林道を鈴鹿峠方面へ進む。樹林帯の中の心地よい林道歩きが長く続いたが、鈴鹿峠まであと1.2km地点でひさしぶりに山道に入った。
この山道が急な登りを幾度も重ねる厳しい道であった。何回かの急斜面の直登りが終わると、段数が多く急峻な階段で尾根上に登らされる。そのあと階段で鈴鹿峠へ向けてかなり下らされる。ここで歩き詰めのせいか、熱射病のせいか、バテが来た。足に力が入らない。気力を振り絞り石の階段を下る。距離の割には長く感じたが、なんとか鈴鹿峠に到着した。ここで左折し、大きく山道を下り、馬の水のみ場あとを過ぎると、国道1号線と交叉し、更に進むと片山神社。下ったところで再び国道1号に出会う。1号の側道を旧道の分岐に出て、若干造りの家が残っている街並みを進み、ほどなく伊勢坂下のバス停に到着した。ここで自販機を見つけたのでコーラを飲む。
ここから沓掛の渡道橋までは旧道をそのまま下って行けば良い。MDウォークマンの音楽を聴きながら、かつての東海道を猛然と進み、渡道橋を下りきったところを打ち切り地点とした。バスの時間までかなり間があったので、関まで歩き、ディーゼル急行「かすが」で名古屋へ向かった。