第27区 養老→東藤原

2001年5月1日(火) 

費用発生 35,000円(28区込み) 所要時間8時間33分

106小田原・・・浜松・・・555大垣605・・・630養老駅−640養老公園−725赤岩神社−815美濃津屋分岐−925川原越940−1005最高地点−1045川原−1120変電所−1140道を間違える1210−1245長尾−1325養鱒場1340−1420西藤原−1500前川橋−1507千歳橋−1513東藤原−1517東藤原駅・・・近鉄富田・・・1620四日市(泊)

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東海自然歩道の旅も順調に西へすすみ、今回ついに三重県に突入する。もっともこのあたりになると日帰りの連発でこなしてゆくよりも一泊二日で二日分のコースを一気に歩いたほうが結果的に安く上がる。だが肉体的にきついのは後者の方である。ある程度不真面目に歩けば2日目に体力を温存させることはできるが、平地のアスファルト道をガンガンに飛ばして歩くという手が使えなくなってはウォーキングのおもしろさが減殺される。また本業の仕事も忙しさは一時期に比べそれほどではないものの、一歩足を踏み外せばたちまち滑落する、北岳バットレスよりも怖く緊張するストレス魔殿に身を置き、日々バタバタバタバタしていると、たまには心の底からウォーキングでエキサイトしてみたいという衝動に駆られるのである。

このあたりまでくると計画をある程度立てざるを得ない。初日は三岐鉄道の東藤原まで行き、逃げられないように四日市駅前のビジネスホテルを押さえた。二日目は湯ノ山までなんとしても歩くというプランを練った。さて本番前日の夜六時半。定時だが仕事は終わらない。パソコンの前でエクセルと格闘し、夜八時半に会社を抜け出した。しあさってからの事は知らぬ。一時的に打っちゃらかしておいて、私は旅に出るのだ。高幡不動からモノレールに乗り、大塚の自宅には9時過ぎに帰着。手馴れたもので押入れの中のダンボールには杖とかサポーターとかカシオのプロトレックといった「登山セット」が用意されている。それをザックに詰め、夜10時40分頃旅装を整え、旅に出た。

大塚のコンビニで食料を仕入れ、そのあとモノレールで多摩センター、小田急の新百合ヶ丘乗換えで小田原へという毎回おなじみのパターンである。ゴールデンウィークではあるが小田急の急行は混んでいて、やはり相模大野までは座れなかった。その混んだ電車が厚木、伊勢原、秦野と、駅ごとに客を吐き出して行き、渋沢駅を過ぎると車内はガラガラになる。カーブの多い区間を電車は疾走し、新松田からは各駅に停車し、0時35分小田原着。「ながら」の発車まで間があるので、小田原駅近くの吉野家で牛丼の大盛り、味噌汁、お新香の夜食。腹を満たして小田原駅に戻り、「ながら」を待つ。きょうはゴールデンウィーク中と言うこともあり、臨時の夜行快速も出るが、座れるかどうかは一種の賭けである。深夜の小田原駅に並ぶ人の数は通常よりやや多い程度であった。

午前一時過ぎ、夜行快速「ムーンライトながら」大垣行きがホームに滑り込んで来た。自由席には若干空席が目立つ。予想よりあっさり座ることが出来た。リクライニングシートを倒し、窓枠に頬杖をついて物思いにふけって外をぼーっと眺めているうちに私は眠りに落ちた。今回は断続的ではあるが良く眠れて、目が覚めたら浜松であった。隣に臨時夜行快速が停まっていたのでそちらに乗りかえる。連休中で増発されてはいたものの、青春18切符の発売時期外なので車内は予想に反してガラガラだった。小田原からこの列車に乗らないのは座れない可能性があるのと(下芥見ー神海のときに座れなくてデッキでうずくまり寒さに震えながら一夜を明かしたという苦い思い出がある)臨時夜行の方が車両がボロく、揺れが激しいからである。この快速は「ながら」の続発であるが、豊橋で「ながら」を抜いてからは名古屋までノンストップで走るため大垣到着は6時前である。これまでは「ながら」の後追いだったのが大垣に早く着くダイヤがこの春から組まれた。理由は大垣で「ながら」の客と臨時快速の客が米原方面の列車に一斉に乗り換え、混雑してしまうため大垣到着を1時間ばかりズラして客を分散させようと言う考え方のためである。

臨時夜行の車中でも眠りこけ、目が覚めたら岐阜の手前であった。朝食のコンビニ弁当を食べ、穂積を過ぎて揖斐川を渡り大垣到着。いったん改札で料金の精算を済ませた後、近鉄乗り場へ向かう。桑名行きに乗りこみ、前回打ちきった養老をめざす。濃尾平野からすこし山の中に入ったかなと思うと養老到着。西へゆるい坂道を歩き、県道をわたり公園の横を通り、養老ランドを横目で見てほどなく前回打ち切った養老公園入口の十字路。6時40分、ジャンパーを脱ぎ、ふたたび歩みをスタートさせる。駐車場入口のゲートの脇から車道を歩き、公園の縁を歩いてほどなく細い道に入る。集落の道と山すその細道が交互に繰り返されるおもしろい道である。きょうは曇りで日がほとんど射さない。個人的には絶好のウォーキング日和であると思う。

ほどなく赤岩神社の横を通る。神社の涌き水で喉をうるおしてから、歩みを続ける。涸れ谷をひとつ渡り、ぱっとしない小道とダート道を淡々と歩き、光明水を通り過ぎる。美濃津屋の分岐までは岐阜県最後のコースである。距離の割りには下芥見・神海・東津汲・関ヶ原・養老と、実質5日で踏破出来たのだから効率が良い。整備状況が良くないと聞かされていたが、隣の愛知県が良過ぎるだけであって、それほど困るということはなかった。ガンガン進めるアスファルトコースと、自然溢れる山道コースがはっきり分かれていて、個人的にはそれなりに面白いコースであった。真新しいダートの林道を突っ切るところが迷いやすく、対面に小さな階段があるのを見落としそうになる。

そこから左折し、山道を少し下り、ちょっと歩いてから道は急な登りになる。かなり勾配がきつい。登りきった所が地蔵堂の分岐である。そこからがくんと下り、たった今稼いだ高度を台無しにする。小沢を渡った後、美濃津屋の分岐に到着。ここからは川原越へ向けての岐阜県最後の登りである。沢の音を耳にしながらまずは緩いのぼり。ゆっくり山を巻きながら、二つばかり枝沢を渡る。そこから道の様相がだんだん険しくなってきた。急な段差の高い丸太階段がえんえんと続く。久々のサディスチックな登りである。こういうのは夜行で来た体にはこたえる。やはり前回、無理して美濃津屋まで歩けば良かったかなとも思う。養老で打ち切ったのはホームページで登山記を公開する際、地名の知名度を考慮したということもある。美濃津屋よりは有名観光地・養老で切った方が見ていただく人には分かりやすいと思ったのだが。横の沢が涸れ、流れが尽きたのが分かり、峠のてっぺんが近付いているのが分かる。

山肌のジグザグ階段道をひいはあ言いながらのぼりつめて行くと、川原越に到着。養老山脈の縦走路とクロスしており広場が四つ角になっている。「お気をつけて」という岐阜県最後の看板がある。ここでおにぎり3個とポカリスエットの本日二回目の朝食。濃尾平野方面が曇ってはいるものの、まあまあ見渡せる。風がやや強く、肌寒くなってきたのでジャンパーを羽織る。鉄箱に入ったノートに記帳してから、三重県に突入する。もう7つ目の都道府県であり。よっしゃあとでも叫びたい所であるが、本日はまだまだ先が長い。

小刻みに附けられた丸太の階段をいったん下り、ダートの林道をすこし下った後、ジャンパーを脱いで再び登りにかかる。ここの階段の登りは段差が小さいので体に負担があまりかからない。案外あっさり尾根上に登り返し、軽く登ってからあずまやのある最高地点。ここからは長い下りである。山の小道の下りから、段数の多い丸太階段をひたすら下って、川原の集落に降り立った。林道を少し下って、東林寺の分岐を分けると林道はすこし登り気味となり、住宅地にはいった。自販機でジュースを購入し、渇きをいやす。集落の中を道標に従い、曲りながら先へ進む。養豚場の南側を過ぎ、幹線道路に並行する農道を歩く。地面にヤスデが這っている。すこし歩いて農道は右にカーブし、別の養豚場の前で県道とクロスする。緩い登りをへてほどなく道幅が広くなり、お年寄りがゲートボールに興じている川原グラウンドのところでカーブを切る。ほどなく変電所の横を通る。侵入防止のため金網の上に有刺鉄線が張られている。

この先で私は標識の見落としによるコースミスをやってしまい、間違えて下相場の集落に出てしまい。三十分時間をロスした。間違えたところまで戻り、この間抜け、虚け、戯けと自分に腹を立てながら狭い林道をカーブを切りつつ下る。田んぼの端から小川に出て、左折して更に歩くと相場川に出た。田圃の中を道標に従い黙々と歩き、相場川を渡って対岸の丘陵へゆるく登ると、長尾のバス停に着いた。そこからも車道を直進し、林の中の変哲のない道をとぼとぼと歩く。林を抜けると道幅の広い歩道付きの車道に出て、さらに歩く。ほどなく三叉路にぶつかり、右折してしばらく歩き、員弁川へ向けて下り、橋を渡って山口の集落に入る。このあたりの畠には電流を流した柵が張られており「アニマルキラー」とそのまんまの表示がされている。山口の集落を曲がりくねりながら歩かされる。道標に従いながら進んで行くと、ほどなく関ヶ原から来ている国道365号に飛び出す。風が吹きつける国道をしばらく南下し、養鱒場の看板に従い右折する。ちょうど腹も空いてきたのでおいしい料理でも食べようかなと考えたが。駐車場の入口には「本日休業」の看板が。

ジュースを飲みながらおにぎりの昼食。ここからいったん山の中に入り、すこし登って下ったあと、ほどなく坂本の集落に戻る。疲れてきたので気を紛らわすためのポータブルMDを取りだし、一曲目の「ウルトラソウル」(B’z)を聞きながら歩みを進める。ほどなく車道は山に入り、旅館「万緑」の前を通る。そして藤原岳登山口の聖宝寺の分岐を過ぎてから養魚池の前を通り、いびつな形の石段を下って、大貝戸の集落を遠回りに歩かされて県道に戻って、西藤原駅に着く。きょうの予定は二つ先の東藤原駅までである。道標に従いのどかな田園地帯を歩く。兵士の銅像のある四つ角を直進し、県道に戻ってから前川橋を渡り、橋のたもとを右折してセメント工場の南を通る。ダンプカーが砂利を吐き下ろし、「ハイパーシェイク」という装置がセメントを攪拌している。眼前の藤原岳を見ると西側が石灰岩の採掘で削り取られて空間図形と化している。

狭い橋の広瀬橋で渡り返し、対岸の高台へ登り返すと、少し奥に東藤原の駅が見えた。まだ3時過ぎだが、今日はここで打ち切る。打ち切りポイントを確認し、県道を渡って東藤原の駅へ向かった。三岐鉄道は意外にも電化されていた。構内には石灰岩を運ぶ貨車がいくつも並んでいて壮観であり、かつての奥多摩駅を想起させる。ほどなく15時21分発の富田行き電車がやってきた。かつて鉄道趣味に傾倒していたので車両がもと西武鉄道のものだとすぐに分かった。車内で一眠りし、富田で近鉄線に乗り換え、その晩は四日市駅前のビジネスホテルに投宿した。

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