2000年11月6日(月) 費用発生 20,500円 所要タイム16時間37分
(11/5)2252大塚・・・2256多摩センター2315・・・新百合ヶ丘
(11/6)・・・038小田原106・・・《ムーンライトながら》・・・433豊橋553・・・707三河大野ー850鳳来寺山905ー1035棚山高原ー1148宇連山1200ー1400仏坂トンネルー1425四谷ー1535鞍掛山1718ー2028岩古谷山2040ー2140和市ー2220池葉守護神社ー2315小松口ー2344田口ー000田口バスターミナル
(11/7)600田口バスターミナル=646本長篠659・・・759豊橋832・・・1018小田原1030・・・新百合ヶ丘・・・1210多摩センター1230=1233大塚橋

ただでさえ東海自然歩道は歩く人が少ない。愛知県の立て看板には年間40万人〜60万人が利用と記されているが、真剣に東京〜大阪間を踏破しようなどと言う酔狂な人間はごくわずかであろう。またこの東海自然歩道ツアーもいつのまにか愛知県に突入してしまい、かかる費用も往復の時間も増大する一方。しかも歩くコースは奥三河のわけのわからぬ山ばかりで勝手が違う。出発前に計画を立てるにしても当てになるのはニッチマップ(これも頓珍漢な記載やコースタイム設定が多く信用しきってはいけない)や、かなり前に出たシェルパ斉藤さんの著書「213万歩の旅(小学館:ただこの著者はおそろしく足が早いためコースタイムもきつい設定である)、他にはインターネットで情報交換するしか手が無い。さて、続きを行うべく斉藤さんのコースタイムで計画を立てるが、日の短い季節であるため田口到着は日没後になってしまいそうである。
ここのところ本業の仕事が忙しく、睡眠不足気味のよろしくない体調のまま、日曜の夜どうにかタスクをいくつか片付けてさあ、明日明後日は休みだ東海行くぞと思うも体のほうは「本当にやるの?」と言う感じである。もっとも富士川の井出以降は概して楽な道が続いていたためナンダカンダいっても今の小生のレベルなら踏破出来るだろうと甘い読みがあった。だが声を大にして言いたい。鳳来寺コース及び岩古谷山コースは丹沢以上の難関だと。高尾陣馬程度の標高と思ってなめてはいけない。尾根の形が全然違う。
さて、仕事がはねて夜十時半に自宅を出た私はモノレールで多摩センターに出てコンビニで食料を買いこみ、小田急に乗り換え小田原を目指す。相模大野まで座れなかった。一眠りすると小田原。駅前の吉野家で並と味噌汁の遅い夕食にする。駅に戻り窓口はすでに閉まっているので券売機で静岡までの切符を買う。差額は豊橋の精算窓口で払えばよい。さて午前一時過ぎ毎度おなじみの快速「ムーンライトながら」大垣行きががホームに入ってきた。日曜の夜行なのでガラガラではなかった。列車の中でも一眠りし、目が覚めたら浜松であった。
登山靴をはいたり身支度を整えたりしているうちに豊橋到着。さて飯田線の始発を1時間以上待たねばならぬ。駅前のコンビニで週刊誌を読んだりして時間をつぶす。5時53分、豊橋発。飯田線はまずは豊川を渡った後市街地をしばらく走り、東名高速の下をくぐりだんだんと山間部に近付いて行く。鳥居と長篠城の間に長篠城本丸跡という看板が見える。そこから山の中に入って行き、本長篠で対向列車とすれちがう。三河大野は次だ。
7時07分、三河大野着。駅の看板にタッチしてから飯田線沿いに北上し、横手の踏切を渡ってからは林道歩き。沢沿いの変哲の無い林道をしばらく歩くと登山道の入り口で、そこから階段状の道をひとしきり登ると鳳来寺山パークウェイを歩道橋で越える。さらに登って二度目の歩道橋が「行者越え」である。そこからすこし登って分岐を道標にしたがって右に折れ、駐車場の上を歩くと道は下りに転じ、東照宮に着いた。先は長いので参拝はせずそのまま奥の院へ向かう。鳳来寺山ろくへの石段を分けると奥の院へのべラボーに長い石段。赤いのぼり旗の立ち並ぶ中を奥の院へ石段やら鉄階段で登らされる。フウフウ云いながら登って行くと奥の院が現れ、しばらくすると鳳来寺山頂上にたどり着いた。ここで弁当の朝食。
棚山高原方面は通行止めの表示がかかっていたが張られたロープをくぐって進む。ほどなく壊れかけた鉄階段があって傍目にも危ないなと思ったので、鉄階段は使わず斜面を直登した。問題なのはその1箇所だけで、あとはアップダウンを鉄階段でかいくぐって行く、スリルと変化のある尾根道である。300m近く高度を下げたあと玖老瀬峠に至り、そのあとおなじくらい登り返す。汗を滴らせながら棚山高原到着。キャンプ場の跡地で、バンガローやロッジなどが廃屋と化している。しばらくすると林道歩きとなり、林道をすこしあるくとまた登山道となる。大島の滝を眺めた後すぐに「この先伐採作業現場のため通行止め 迂回路を利用してください」との表示がある。迂回路とは尾根道のことであった。小さなアップダウンのあと、宇連山への急登がけっこうこたえた。山頂でたまらずポカリを飲む。
宇連山の先で正規ルートに戻ってから、仏坂峠へ進む。ピークは越したので下るだけかと思っていたが、さにあらず。アップダウンの連続するしんどい道であった。空腹も覚えたのでたまらず海老峠の先のベンチで昼食タイムを取る。これで水の残は500mlになった。そしてこのあとの作戦会議。
@ いったん決めたことはやる。ナイトハイクになっても田口をめざす。A暗くなってからの歩行は危険。鞍掛山のあずま屋で野宿する B想定してたより疲れたし水も無いし四谷で打ち切って帰る。この3案を比較検討した。
Bはあまりに情けないが、四谷までに水の問題が解決しなければ止むを得ないだろう。とするとAか、とりあえず気を取りなおして仏坂へと進む。どうにかアップダウンが終わり、急な下りに転じてすぐに仏坂峠到着。ここからトンネル出口まではすぐである。出口のすこしまえに沢があったのでボトルに詰める。これでB案はなくなった。車道に出てひとしきり下ると四谷の集落。道標に従い民家の脇から登山道に入る。ここからしばらくは樹林帯の中のゆるい登り道。ほどなくかしやげ峠。そこからも淡々とごく普通の登山道を登って行くと案外あっさり鞍掛山の頂上についた。とりあえずA案にすることにして、東屋の中で寝袋に入る。が、一時間すこしで目が覚めた。要するに寒くて眠れなかったのだ。かかるところで日の出まであと13時間もガタガタするのも耐えられない。それならば少々危険でもエンジンを回してさえいれば・・・そう考えて、結果的に@案になってしまった。
鞍掛山からひとつ急下降でびわくぼ峠、ここで日が暮れたので懐中電灯を照らして歩きつづける。愛知県の整備状況は良いのでなんとか歩ける。が、岩古谷山までの道は東海自然歩道のなかで(主観は入るが)最大の難関であった。わずか4.6kmの稜線にコースタイム3時間。前回のようにコースタイムの半額で踏破した区間もあったのでそんなにはかからないだろうと思っていたが結果的にはそのくらいかかってしまった。当方も著しく疲労していたし夜間なので道を間違えないよう心を配っていたし、岩山の上を鉄線を頼りに歩くところもあったが、最大の理由はアップダウンの激しさであった。数え切れないくらいの急な下りと急な登りが繰り返される無節操きわまりない道である。
陣馬以下の標高だろうとなめてかかっていた天罰が下ったか。体力的にも技術的にもしんどい道である。甲斐駒黒戸尾根よりしんどいかもしれない。御殿岩で夕食を取った後も、えんえんとつづくアップダウンに辟易しながらラジオを聞きながら歩きつづける。ラジオの時報が八時を過ぎ、ようやく道が登り一辺倒になってきたかと思うとゲッソリするほど段数の多い鉄階段が現れ、それをクリアすると岩古谷山の頂上である。頭上には上弦の月が輝いている。下界の灯りも綺麗である。
そこからさきもワイルド極まりない道が続き緊張しながら下りつづけ、道がややましな下りになると堤石峠、ここからは蛇行を切りながらゆっくり和市へ下る。そのあと毒食らわば皿までと言うことで田口へのルートにある鹿島山の登りにかかる。変哲の無い階段道だが疲労困憊の身にはたまらない。林道を二回横切り、水場で今日2度目の夕食。これで今日は朝の飯田線、鳳来寺山、海老峠の先、御殿岩、そして水場と1日5回の食事という記録が樹立された。水場を過ぎるとすぐに林道に出る。池葉守護神社であり、石段もすこし見えたが闇と疲労により神社は見えなかった。ここには「東京まで400km 大阪まで604km」の標識がある。
そこから林道をすこし歩き、砂利道からアスファルト道へと変わり、また登山道の下りに変わる。ほどなく小松口の集落に飛び出し、国道めがけて下って行く。民家の軒先では犬に吠えられ怖さを覚える。時刻はとうとう夜11時を回ってしまった。自販機を見つけたのでアクエリアスを飲む。国道に出てからは田口へ降りる歩道がわからなかったのでそのまま国道を田口まで歩いた。2つ大きなカーブを切ると設楽の街並みに入って行き深夜の寥とした街並みを歩く。さすがに膝が痛い。設楽警察署や町役場の前を通り過ぎると福田寺の石段の前に出る。次回はここから歩けばよい。今回は本当に長かった。なおも国道を歩くと午前零時ちょうどに田口のバスターミナルに到着した。バスは翌朝六時まで無いのでバス停の向かい側のレストハウスで六時間待った。やはり寒いのでまどろんでも眠れはしない。自販機で暖かいミルクティーを買い、それを抱きしめながら本長篠行きの始発を待った。