風よ、空よ、山よ アンコール2 七面山 1982m

2006年10月1・2日(日・月)  所要時間7時間11分 費用発生:20,000円

10月1日: 658高幡不動・・・713京王八王子/八王子729・・・828甲府856・・・1019身延1045=1124七面山登山口(角瀬)=1144羽衣−1253二十三丁中適坊1305−1356三十六丁晴雲坊−1441敬慎院−1515七面山1520−1550敬慎院(泊)

10月2日: 725敬慎院−742三十六丁晴雲坊−806二十三丁中適坊−845羽衣−930七面山登山口1032=1114身延1134・・・1223甲府1231・・・1334八王子/京王八王子1354・・・1405高幡不動

百名山を登り終えても、あたりまえのことだが社会生活は続き、そしてLAMENTだけが残った。百名山全踏破というおろかな行いの結末は、得たものより失ったもののほうが大きい。あの旅立つ前のドキドキ感も、頂上でウァハハハハとひとり悦に入る楽しみも、すべてなくなってしまった。でも私は幸か不幸か毎日会社に行かねばならない。コインの裏は消えてしまったが表はなくならない。百名山を全部登ってしまったからもう登るべき山はないというのは不遜な感慨であり、ほんとうは日本にはまだすばらしい山が一生かかっても登りきれないぐらいあるはずなのだが、深田さんの文章の呪縛からはなかなか抜け出せるものではない。

とはいえこの阿呆らしい登山記の結びのようなものを書きたいと思うので、深田さんも百名山に入れたかったとあとがきで述べていた七面山に登ろうと思う。南アルプス前衛の山自体は平凡な山だが、身延山に近いせいか、日蓮宗の修行の山となっており、頂上近くには千人を収容できる敬慎院という宿坊まであるらしい。この山は交通の便は悪くはないが、上り下りに7時間は見ておく必要があるので、日帰りで登るのは厳しい。甲府に前泊するか、敬慎院に泊まるか、私は後者を選んだ。私は宗教にはさほどのかかわりはないが、最近本業の仕事が忙しくなり、藁にもすがりたい気分があったのかもしれない。

八王子発7時29分の特急「スーパーあずさ1号」で西へ向かう。きょうは曇っており、高尾から入る山中もなんとなく陰気な感じがする。小仏トンネルを抜けて桂川の谷に入って、大月に停車。まどろんでいるうちに笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入り、石和温泉に停車。つぎは甲府である。8時56分発の富士・沼津経由御殿場行きの普通列車に乗る。駅弁を食べたら眠くなり、たちまち身延に到着。2年ぶりに身延の駅前に降り立つ。悪いことに雨がぱらついてきた。あーあと思いつつ10時45分発の雨畑行きバスに乗り込む。新早川橋を過ぎて早川の谷に分け入り、なお先へ進んでいって11時20分過ぎに七面山登山口のバス停に到着。

七面山表参道登山口の羽衣はここから4キロほど車道を進んだところにあるが、この雨で車道を歩くのに嫌気が差した私は、角瀬のタクシー営業所に向かい、羽衣までタクシーを使うことにした。タクシー代は1,160円であった。タクシーを降りるやいなや目に飛び込んできたのは100人はいようかという修行者の集団であった。リーダーらしき人がハンドマイクで「南無妙法蓮華経!」と唱えると、一行が続いて「南無妙法蓮華経!」と唱和する。何たるところだと思いながら登山道を傘さして歩きはじめる。その100人の列とすれ違い終わったところで神力坊の前を通過。七面山の登山道は多数の修行者が通るせいか、幅が広く東海自然歩道なみに段差が整備されており、危険なところはないが、同じような道がえんえんと三時間も続く。ただ、路傍ではひとくぎりごとに「○丁目」の石灯籠があり、敬慎院が五十丁目なので進行状況はすぐわかる。

雨の中単調な道を淡々と登る。急峻ではないがキッチリ高度を稼がせられる道なので、雨具を着込んでいるとムレて暑さを感じる。しかたがないので上だけ雨具を脱いでTシャツ1枚で登る。シトシト降る雨は傘でガードすることにして。下りてくる登山者もたいていが南無妙法蓮華経を唱えながら歩いている。なかには小太鼓を打ち鳴らしながら下りてくる方もいた。ほどなく十三丁目の肝心坊。ひとやすみしてなお登り続ける。あいかわらずジグザグ気味でしっかり高度を稼ぐ単調な登山道が続く。13時すこしまえに二十三丁目の中適坊に到着。100人くらいは休めそうな屋根つきの休憩所である。ここで豆大福と草大福の行動食。

単調な道に辟易しながら登る。高度が上がったせいか、雨霞が立ちこめ視界がやや悪くなってきた。やがてまたも100人くらいの白装束修行者の集団に追いつく。南無妙法蓮華経の大合唱を聴きながら追い越す。彼らの年代は老若男女いりみだれ、フツーの登山のような50代以上ばかりではない。また彼らの大半は運動靴で登っている。修行のためとはいえ普段やらない高度差1200mを稼ぐ、楽ではない登山をするとは驚くべきパワーである。大集団を追い越したところで三十六丁の晴雲坊。ここはアクエリアスを飲んですぐ行動再開。雨の中の変わらぬ道が続き飽きてきたので、MDウォークマンをとりだし、KOTOKOさんを聴きながら高度を稼ぐ。

四十四丁目をすぎて、目の前に山門が見え、「なまぐさものを食さぬようお願いします」という立て札があった。そこから山中にいることをわすれるような幅広く長い参道の坂道。敬慎院の入口を分けてなお左の坂道を登ると富士展望台。ここでようやく参拝ルートと別れ、七面山頂上への登山道となる。物資運搬モノレールの下をくぐり、標識に従いながら登山道を進んで行くと広かった道が普通の登山道っぽくなり、傾斜もややきつくなる。一部ナナイタガレの崩落対応か、登山道がガレから離れる形でつけ直されている。雨霧にけぶる幻想的な森の中を進み、15時15分、七面山頂上に到着。樹林帯の中の小広い台地のような感じ。雨に打たれながらひと息つく。

五分ほど休憩した後折り返す。帰路は踏み跡をたどりナナイタガレの縁まで歩いてみる。なだらかな樹林帯がいきなり目の前ですぱっと切れて荒々しい崩壊斜面となっている。下のほうは雨霞にさえぎられて見えないが怖さを感じるところである。ナナイタガレ見物を終え、登山道を滑らぬように淡々と下って16時少し前に敬慎院に戻りついた。きょうの宿泊はこの宿坊である。1泊2食で5,200円だが、一般の登山者も泊まっていく以上はお勤めに参加しなければならない。敬慎院は高度1700mで麓から徒歩三時間を要する山奥だが、広々とした境内は迷うほどであり、トイレは水洗で風呂も大きい。部屋は8人の相部屋で、うち6人は信仰登山者であった。五時からの夕食はいわゆる精進料理で、肉や魚はいっさいなく、ごはん、わかめの味噌汁、昆布と人参・大根の煮たの、ヒジキ煮、サツマイモとカボチャの天ぷら(8人で一皿を分け合って食べるうえに、冷めていてまずかった)、たくあん、梨といったメニューであった。お神酒がほんのちょっとつく。

五時半から僧侶に呼び出されてご開帳。堂内の奥に通されて、正座したまま坊さんの読経を聞き、しかも「南無妙法蓮華経」の部分では唱和しないといけない。そのあとひとりずつ焼香。そのあと6時から本堂でお勤め。宿泊者は修行者と同じ扱いになるので参列しなければならない。また正座しながら坊さんの読経を聞く。こんどのは坊さん3人ぐらいのセッション形式で一人が木鐸をカッコンカッコンと叩いておりどことなくライブ感がある。そのあと坊さんの指示でひとりずつ焼香。このあたりで読経が南無妙法蓮華経の連呼となり、本堂に4人のおっさんが出現して大太鼓をドンドンと打ち鳴らす。そのあとも読経は続き、きょうの参列者の願い事を読み上げる。これは宿泊者にあらかじめチェックインの際、(希望者のみであって強制ではないらしいが)3,000円払って願い事を紙に書くと祈願してもらえて、木の御札を貰えるというものである。私は願いたいことの恋人出現とか休日増加などと書くことはさすがにはばかられたので、商売繁盛をお願いした。

「東京都日野市・・・今野和宏・・・商売繁盛〜」と願いが読み上げられた後、バックの木を叩くカッコンカッコンがひときわ盛り上がり、奥から坊さんが3人ほど現れ、いきなり正座している頭を押さえつけられ肩や背中を痛くない程度にトントンと叩かれた。なおもお勤めは続き、そのあと題目の唱和。南無妙法蓮華経を全員で10分間ほどひたすら唱えさせられる。目の前に坊さんが立って監視?しており口パクもできない。カラオケ慣れしていてもこれは厳しい修行だ。そのあとようやく住職らしい人の講話があって散会。ご開帳からの拘束時間は一時間二十分ほど。お勤めの間に布団が敷かれており、名物の体操マットのような巨大布団に雑魚寝。八王子で買っておいた週刊誌を読みながら眠くなるのを待って、八時ころ就寝。枕がちがうせいか、夜中幾度も目を覚ます。

5時過ぎ(!)に太鼓の音が鳴って起こされる。そして6時から朝のお勤め。内容は昨夜と大同小異。大太鼓が叩かれる中、みんなで南無妙法蓮華経の連呼。朝のお勤めも50分ほどかかってその間正座し続けたので(痛い場合は崩していいらしいが)足が痛い。そのあと朝食。ごはん、味噌汁、切干大根、切り昆布、漬物のほかに大根とキュウリの糠漬け(8人で一皿で分け合って食べる)がつく。昨日からの雨はまだ降り止まない。雨具やザックカバーで完全武装して、7時25分ころ敬慎院をあとにした。

天気がよければ北参道を下ろうとも思ったが、雨がそこそこ降っているので自重して来た道を下る。滑りそうな箇所はない整備されきった道なのでつい本気を出してドスドスと下った。17分で晴雲坊、ここでは白装束の大集団が休憩所を占拠していたので突っ走り、40分で中適坊に着いてジャンパーを脱ぎ、60分で肝心坊まで下りてここは勢いで通過し、ダダダダダと一心不乱に駆け下りて、往路では三時間を要した道を1時間20分で羽衣まで戻りついた。ダイドーの自販機でウス茶糖(甘い抹茶ドリンク)を飲む。往路ではタクシーを使った角瀬までの道は、御札代などの予定外出費もあったしバスの時刻に間があったので4キロ歩いた。10時32分の身延行きバスで身延へ戻り、特急ふじかわ、甲府から特急かいじと乗り継いで、八王子には13時半ころもどりついた。

 

これでまた登りたい山がなくなってしまった。茅が岳、七面山と百名山に選ばれなかった山を二つ登ってみて、頂上に達したときの感想は、はっきりいってしまえばまあこんなものね、といった感じであり、百名山でそこそこ苦労して登った黒岳や平ヶ岳とは比ぶべくもない。笊が岳や大無間山のようなマイナーで難しい山、大キレットや八峰キレットのような岩ごつごつの難所に挑むべきなのだろうか。本業の仕事がシュールになる一方で、登山でわくわくしなくなっては、これは由々しいことである。やはり私の登山は深田さんの「日本百名山」本にインスパイアされた底の浅いものだったのだろうか。これからは登りたい山を探しながら山に登り続けるという事態になりそうである。

登りたい!と思う。だが、アコンカグアやキリマンジャロなんぞへ行ったのでは会社に席がなくなってしまうし、200名山はマイナーな山が多くはっきりいっていまのところガイドブックを見ても油然とした熱が沸いてこない。不帰の険や北鎌尾根へ挑んでもいまの技量では死ぬ危険性が高いし、栂海新道は3連休以上が必要でおいそれとは行けない。高い山ベスト100は赤沢山や笹山で彷徨うかもしれなし、都道府県最高峰はまたつまらない山のために四国や九州や沖縄にバカ高い費用を投じて行かねばならないのでまだ次にやりたい山のイメージが浮かんでこない。

ともかくこれで日本百名山の旅が終わったので、もうこれ以上書くことは何もないので、このお馬鹿さ極まる(特に終盤)山行記をおわることにする。が、いかにも締まりがないので、私の好きな歌の「ジャスト・アズ・タイム・イズ・ランニング・アウト」の一節を拝借して、本稿の結びとしたい。作詞と歌はI’veのKOTOKOさんである。

「 どうにもならぬ事もあるけれど、やらないよりはやって落ち込もう。 この世にうまれ生きるこの時は、一度しかない。 」

 

END

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