風よ、空よ、山よ アンコール 茅ヶ岳

2006年9月24日(日)  所要時間6時間33分 費用発生:5,000円

509高幡不動・・・521京王八王子−八王子535・・・620大月623・・・713甲府721・・・734韮崎753=807穂坂−845茅ヶ岳登山口850−950女岩1000−1040深田久弥終焉の地1045−1100茅が岳1130−1222女岩1230−1315深田記念公園−1355穂坂−1440中央道韮崎1520=1836中央道日野−甲州街道1854・・・高幡不動1855

百名山を登り終えて、やはりというか、来るべき物が来た。長年の念願を達し、腑抜けになってしまったのか、大げさに言えば人生や社会生活に対する情熱が失せた。昼間会社で上司に叱責査問されても、長時間働かされていても、夜自宅で昭文社の「山と高原地図」を見れば気が晴れさえしたのである。だが、不遜な感慨だとは思うが、もう登るべき山は自分で探さなければ見当たらない。なので本業の仕事でストレスをためても逃げ場がなくなってしまい、本業のアウトプットにも悪影響が出て、知人には半分冗談なれど「百名山を登ったからあとのオレの人生は余生だ」などという暴言を吐く始末。早急に今後の登山の方向性を決めないとまずいなとは思うが、深田百名山以上の山に関するテキストはない。

どうしたものか、まだ答えは出ていない。百名山のラストスパートはやらずに、猫が鼠をなぶるように長引かせたほうがよかったかとも思うも、カイシャイン生活をいつまでやれるかわからないから早くやってしまえという今年の夏の判断は間違ってはいなかったとは思うが、ともかく山に登らないと精神的におかしくなってしまうので、百名山が終わったら登ろうと決めていた、茅ヶ岳に登ろうと思う。この山じたいは展望のよさを除けばなんでもない山だが、深田久弥終焉の地としてその名を知られている。

秋爽九月下旬、私は五時前に早起きして八王子へ向かい、中央本線で大月、甲府と乗り換えて韮崎へと向かった。前夜は12時半まで仕事で、寝たのが2時前なので寝不足である。甲府までは眠って過ごした。竜王、塩崎とすぎて、ほどなく韮崎に到着。穂坂行きのマイクロバスの乗客は私一人であった。ここから車道をがつがつと歩く。ここのところの激務と寝不足で体調がよくないので苦しい車道歩きであった。穂坂の集落を過ぎると人家もまばらとなり、山間の緩い傾斜の道を40分ほど歩くと茅ヶ岳登山口に到着。日曜日なので駐車場には車がずらりと並んでいた。深田公園の手前で右に折れて、緩いのぼりの登山道を進む。15分ほど歩いて林道と交差してもなお緩い登りは続く。谷状の地形のせいか、薄暗い樹林帯の印象が残った。

登山口から一時間、右上から登山道が合わさってきて女岩にぶつかる。岩の隙間から樋を伝って冷たい水が流れている。ここの水場で一休み。ここからはやや道が岩混じりの急峻なものへと変わる。女岩の右側を巻くように上がり、なおも斜面をジグザグ気味に高度を上げていって、30分ほどで稜線に出て敷島分岐に到着。そこから尾根道を少し進むと深田久弥終焉の地。北側が少し開け、金峰山が望める。古びた木の標柱と石碑が一本ずつ立っており、石碑の前には小銭や線香やワンカップが供えられていた。石碑には昭和46年3月21日11時21分倒也と刻まれている。日本百名山の著者で終生に渡り山を愛した深田さんはこの山に山仲間数人で登山中、ここで行動食のアンパンを食べた直後に脳出血で倒れそのまま還らぬ人となった。私も石碑の前に座って手を合わせた。

いい旅をどうもありがとうございました。

そのあと持参の純米酒を開け、石碑に少し振りかけて深田さんに供えた。 そのあと登りを再開。ここからは登山道に岩が出ており、スタンスの取りづらいなかの登りとなった。ほどなく視界が開け、頂上に出た。あっさり登ってしまった感じもするが、さすがに展望は超一流。西は八ヶ岳連峰が威容を見せ、北側は五丈岩をてっぺんにのせた金峰山が見える。東側は低山を幾多も連ねたその先に富士山が超然と座し、南側は鳳凰山、早川尾根、甲斐駒、鋸岳のつらなりが胸を打つ。仙水峠が切れ落ち、その後ろに白根連嶺がちらりと見える。甲斐駒の勇壮なたたずまいはどうだろう。私はしばらく見入っていた。甲斐駒と鳳凰に挟まれたアサヨ峰が扇の要のような存在感を見せていた。

頂上でアンパンとマフィンの行動食。そのあと来た道を引き返す。歩きにくい道を慎重に下り、終焉の地、敷島分岐を過ぎてからは斜面の急下降。落ち着いてしのいでいって、女岩まで戻ってきた。冷たい水を飲んで一憩。そこから先はどうということのない緩い下りなのでスピードを出して下った。林道とクロスして、なお前へ進んで行くと登山口の深田記念公園に出た。「百の頂に 百の喜びあり」という深田さんの筆による石碑と、深田さんの解説板とベンチ、あずまやのある静かな公園である。

登山口からはまたしんどい車道歩きとなる。九月末といえど日が射す中の車道歩きはつらい。40分ほどで穂坂バス停まで下ったが、17時過ぎまで韮崎行きのバスがないので、なおも車道を40分ほど進んで韮崎インターの高速バス停まで歩き、そこから15時9分発の高速バスで帰京した。中央高速バスは速くて快適なのだが、きょうは日曜の夕方で渋滞にはまってしまい、韮崎から日野まで三時間以上かかった。

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風よ、空よ、山よ 後半STAFF

yama04yakusima.jpg (13777 バイト)屋久島・紀元杉(05年)

プロデューサー:ケンドー高松(八王子YAMAMIX)

yama06_tekaei.jpg (24816 バイト)光岳(05年)

旅人:今野和弘(八王子YAMAMIX)

yama06_porpsiri.jpg (11093 バイト)幌尻岳(06年)

プロジェクトマネジメント:林 明彦(八王子YAMAMIX)

561dodonpa.jpg (8527 バイト)富士急ハイランドにて

SPECIAL TKANKS

M永さん 

F、M課長、ミスターO、K保さん、T塚さん、YokoZ1さん

東海自然歩道膝栗毛のみなさん

AND ALL「YAMAMIX」VISITORS

k30.jpg (6762 バイト)

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