1993年6月11日(金)
東京715=905筑波915=927筑波山神社ー1045御幸ヶ原ー1055男体山ー1115女体山ー1140弁慶七戻石ー1220筑波山神社ー1300筑波1305=1350土浦・・・上野
東京駅八重洲南口7時15分発の筑波行きの高速バスの客は15人ほどであったが、谷田部インターで常磐道をおりてつくば市街に入り土木研究所や国土地理院と言ったいかにも学園都市らしい停留所でビジネス客を次々と降ろし、北部工業団地なる停留所を過ぎると、バスの客は私一人となった。
しばらくすると、前方に突然、筑波山が現れた。平野の上ににズーンと乗っているその姿はまるで、
皿に乗ったプッチン・プリンのようであった。
そしてバスは筑波駅と称する場所に着いた。バスターミナルがしゃれて駅と名乗ったのかと想像していたが、その実態は廃線の鉄道跡の駅であった。ホームは荒廃し、広告板が散乱し、レールは撤去され、駅舎はバスの営業所に転用されていた。ここで筑波山神社行きのバスに乗りかえる。大鳥居をくぐったあと、バスはようやくプッチンプリン、もとい、筑波山の山腹のカーブの道をぐいぐい登り、ほどなく筑波山神社に着いた。
ここから急な神社の石段を登るとケーブルカーの宮脇駅であり、ケーブルカーを利用すると労せずして頂上近くの御幸ヶ原まで行けるのだが、そんな手を使ったら登山ではなくなると思った私は登山道を登る。ウグイスの声が心地よいが登りはけっこうしんどい。
ごっとん、ごっとん、という音がするやいなやケーブルカーが悠然と隣を通りすぎ、それを恨めしげに私は見送った。中の茶屋(平日だからか非営業)を過ぎても結構な登りが続く。晴天なので汗をたっぷり絞られる。しんどい道を進むと道はいったんわずかな下りに転じ、男女川源頭の細い流れを渡る。そして道は再び急坂となり、階段状の道をやや登ると、あっけなく御幸ヶ原に着いた。そこには売店が五軒ほどあり、高尾山のような雰囲気であった。
まず男体山へ、急坂とコンクリの階段を経て男体山頂上。展望がすこぶる良い。下界の皿、もとい、関東平野が一望のもとであり、田園風景が広がっている。お山の大将気分を味わうには最高である。平将門も同じ気分を味わったのだろうか。東方に目をやれば平野の先に霞ヶ浦も見える。良き眺めである。
御幸ヶ原に戻り、最高峰の女体山に向かう。露岩の積み重なる女体山頂上からの眺めもまた良い。が、すぐ下にロープウェーが通じている。やはりここは山ではなく遊園地である。北斗岩や大仏岩の奇岩を見ながら弁慶七戻石に着き、ここから筑波山神社めがけ、急坂を下る。岩のゴロついた、樹林帯の急坂である。新しく買ったトレッキングシューズが少し痛い。延々下って、下界に戻った。また喧騒が戻ってきた。
帰途はバスの時刻に間があったので筑波駅まで歩き、土浦行きのバスに乗り、常磐線で上野へ向かう。利根川の鉄橋が長かった。