前回の鳳凰山に持っていった使い捨てカメラのフィルムが8枚余ったので、いきなり蓼科山をやろうと決意し荷物をまとめ南武線の始発に乗りこんだ。立川発5時25分の甲府行きは早朝にもかかわらず登山客と旅行者で半分ほど埋まっていた。5日前に乗ったばかりの青い列車である。しばしまどろむと大月。ここでの六分停車の間に、大月にしかないと思われる、「自販機の味噌汁」を買う。味はまあまあだが底の方は味噌が溶けきっておらず塩辛い。
笹子トンネルを抜け、甲府盆地をゆっくりと列車は下る。果樹園の中に住宅が点在しており、流れる小川はすみわたっている。東京育ちの私はこんなところに住んでみたいな、と思ったりする。甲府で松本行きに乗りかえる。三両編成なのでクロスシートに座れなかった。今日の天気はあまり良くないので遠望はきかない。はじめて小淵沢に来た時は甲斐駒ケ岳に圧倒されたものだが。8時24分茅野着。
バスは巨体をゆすりながら蓼科高原の別荘地を登りゆく。蓼科湖からプール平にかけては観光ムード一色となる。別荘地からちょくちょく客がバスに乗りこんでゆく。どうやら白樺湖に行くらしい。ほどなくバスはルート・ヴィーナスに入り、山腹を登って行く。天候が怪しくなり、今にも雨が降りそうである。
歩きはじめてすぐ雨が降ってきた。いつもなら非協力ぶりに腹を立て、いらいらむしゃくしゃするところであるが今日はなぜか、投げやりになって雨が降っても幽玄な雰囲気が良いではないかと思うようになる。すぐに急登となる。雨はしとしとと降っている。巨岩帯の急登では足の置き場に苦労させられる。ひとしきり登った後、道はやや平坦になる。が、長くは続かずまたも急登となる。雨がやみ晴れ間がのぞいて来たが、どうせまた変わってしまうだろうと思い、無心で登高をつづける。
ブウーン、大きな蜂が私の周りを旋回しはじめた。よくみると結構大きい。あんなのに刺されたらたまったものではない。振り切らんと少しペースを上げて登るが、彼は執念深くついてくる。十分ほどフルスピードで登り、ようやっと振り切ったが、ペースをかき乱された。立ち枯れの木々が目につく中をさらに急登する。
樹林帯が切れ、岩稜帯に入り「頂上まであと十分」と岩にペンキ書きされた標識を通る。そこからは岩のごろついたいやな道である。四日まえに見たばかりのハイマツを見ながら、意外に広い頂上にたどり着いた。三角点及び蓼科奥社をめぐり、昼食にする。展望は全くきかない。味気ない頂上だったがはなから期待していなかったので早々と下りにかかる。
下りの急下降は登り以上に神経を使わねばならい。一歩間違えれば骨折、最悪の場合は転落死である。そろり、そろり、と急坂の下りを続ける。足の置き場を考えながら、しずしずと慎重すぎるくらい丁寧に下る。雨が本降りになってきて、ドロドロ道に足を取られ三回ほど転んだが大事には至らなかった。このコースは八割がた急坂なので、やや慎重になりすぎ、登山口に戻りついたのはバスの発車十分前というきわどさであった。
帰途に蓼科温泉プール平の温泉浴場でくつろぐ。350円で温泉に入れるとは安い。やはり汗を流して帰れるのは嬉しいことであった。四時すこし過ぎに茅野に帰着し、普通列車を乗り継いで帰京した。