1992年8月16日(月)
渋沢640=大倉655−塔ノ岳1000−丹沢山1105−蛭ガ岳1255−姫次1405−平丸分岐1500−1605平丸=三ヶ木=橋本
丹沢山には高校三年の夏に登った。大倉尾根から塔ノ岳から丹沢山、蛭ガ岳、姫次、焼山、長野の主脈縦走を日帰りでやってしまおうと無鉄砲なことを考え、早暁四時半に自宅を出た。早朝の小田急は空いていた。空模様はあまり良くない。伊勢原を過ぎると右窓に丹沢の全景が映し出されるはずなのだが、これから向かう塔ノ岳方面は黒い雲につつまれたままであった。
渋沢からバスに少し乗り、終点の大倉から歩きはじめる。アスファルト道がいつのまにか山道に変わる。途中の山小屋は無人であった。八月下旬のウイークデーではこんなものかと思う。空が今にも雨を落としそうである。大倉尾根の登りは想像より厳しかった。標高300mの大倉から1400mの花立までを一気に登るのだから楽なわけがない。
歩幅のあわない階段状の道を息切らしながら登り、やっとのことで花立に着く。「花立」という立て札の標識があり、花の絵が描かれている。やせ尾根を金冷シまでたどり、ここから塔ノ岳直下の急登である。これまた結構しんどい登りであった。塔ノ岳の頂上は意外に広く、方位盤などが置いてあった。頂上には私のほかには二組しかいなかった。
一息入れたのち丹沢山へと向かう。塔ノ岳からはたどる人が少ないせいか道が細く、笹原の中をかき分けて進まねばならない所もあった。竜ガ馬場を過ぎた頃、シカらしき足跡を見かける。木の皮を剥がれた跡もある。次の瞬間、登山道をシカが塞いでいた。本来なら幸運と思うべきところであろうがこちらは単独行、いきなり野生動物なんぞに出くわしたら恐怖心のほうが先に出てしまう。しばしにらみ合う。そして彼は「ビン」と鳴き声をあげるやいなや去っていった。心臓が少しドキドキした。
林の中の爽やかな感じの丹沢山にたどり着き、最高峰の蛭が岳を目指す。小さなアップダウンを繰り返しているとまたもシカが出現した。十匹ほど群れている。私がそばを通っている間、彼らは草を食むのをやめてじっとこちらを睨んでいた。冷や汗ものである。鬼が岩の岩場・鎖場をしのぎ、あとすこしで蛭ガ岳というところで空を黒雲が覆い、雷を伴った大雨になった。濡れ鼠となって蛭ガ岳に着いた。最高峰を踏んだ感慨に浸る状況ではない。カッパを着込み、姫次へと向かう。
すでに六時間以上歩いており疲労がピークに達しているせいもあり、姫次までの少しの登り返しがとても辛かった。姫次からは歩きやすい東海自然歩道である。雲が去り、晴れ間がのぞいてきた。淡々と下る。道の傍らに「マムシ注意6ー9月」の看板があり、冷や汗をかく。黍殻山直下の水場で喉を潤す。さすがに疲れたので焼山は省略し、平丸へのエスケープルートをとる。主脈を離れ、急坂を一時間ほど下り、平丸のバス停にたどり着いた。
靴を脱ぎ、素足を風にさらしてバスを待つ。とにかく疲れた丹沢山行であった。
※丹沢山行は同一コース(方向のみ逆コース)で2005年にも歩いていますので、よろしければそちらもご覧下さい。