1994年5月21ー22日(土・日)
1623三峰口=1715白井差小屋(泊)530−700一位がタワー737両神神社奥宮ー807両神山820−835両神神社奥宮ー905一位ガタワー953白井差小屋ー1020白井差1108=1140小森=1202三峰口1210・・・・1233御花畑・西武秩父1257・・・1344飯能・・・秋津・・・1457分倍河原
晴れて大学に合格し、落ち着いたので久しぶりにどこか山へ行こうと思い立ち、あっさり登れる奥秩父の両神山にねらいをつける。
土曜日、学校の授業がはねた後、登戸駅から南武線で府中本町、新秋津、所沢と乗り換えの連続で飯能に着く。出来るだけ早く白井差に向かうという方針なので、ここからは特急レッドアローに乗る。速度はたいしたことないが大部分の途中駅の通過が嬉しい。しかし西武秩父での接続がうまく行かず一時間、間があく。古い建物が目につく秩父の町を散策して時間をつぶす。スーパーで夕食用の弁当など買う。
ようやく秩父鉄道に乗り換え、三峰口に16時23分着。早くも乗り換えの連続で疲れてしまった。白井差(しろいさす)ヘ向かうバスの時刻にも間があり、このままでは白井差小屋に着くのが日暮れ過ぎになってしまうと考えた私は何を血迷ったか駅前のタクシーに乗りこみ、「白井差まで」と言ってしまった。タクシーは山奥へどんどん分け入って行く。周囲には新緑の山々が広がっているがそんなものを見ている余裕はなかった。料金メーターが恐怖を呼ぶ。
初乗りは600円であるが少し走ると690円になり、そこからはほんのわずかの走行で90円ずつ上がってゆく。手に財布を握り締め、汗をかく。2000円を過ぎたあたりでなぜ私はかかる事をしたのかという激しき後悔の念が押し寄せ、メーターはなおも容赦なく上がりつづけ、道幅が狭くなりカーラジオの大相撲中継が中入り後半戦に入る頃、白井差小屋の前に到着した。メーターは5280円をさしていた。
白井差小屋は小さな小屋であった。管理人が近くの農家に住んでおり宿泊料2500円を支払う。宿泊客は私を含めて二人だけであった。弁当の夕食をとると日没が訪れ小屋の外を闇が覆う。やはり枕が違うと寝付くのが遅い。夜中に幾度も沢の音、鳥の声で目がさめる。浅い眠りから覚めたのは午前4時40分。
ラーメンの朝食を済ませ、五時半に出発する。林道終点で車を止めて両神山に登る準備をしている人が二、三組いる。沢沿いの道はなかなか快適である。朝の爽やかな空気、皐月なる新緑の雰囲気、これぞ山の醍醐味である。徐々に傾斜が増してゆき、ほどなく一位ガタワに着いた。そこからは難行苦行の連続であった。
本格的なクサリ場が数箇所ある。たいていのクサリ場は、クサリはあくまで補助であり、手足で登れるところがほとんどなのだが、ここのはクサリを使わねばならない。登山道もかなりの急勾配であり、木の根にすがって登る。やっとのことで両神神社の奥宮にたどりついた。そこから尾根道を行き、少しばかり下って鞍部から大きく登り返し、頂上直下のクサリ場を過ぎると大峠への分岐があり、「両神山頂まで0.1km」という道標がある。その0.1Kmを5分かかって登りきる。頂上は狭く、清滝小屋に泊まったらしい登山者が密集している。
展望は抜群であり、360度すべてが山また山である。特に奥秩父連山の眺めは最高で雲取から金峰まで、黒竜の尾を余すところなく見ることが出来た。八ヶ岳や南アルプスも見える。そして北には上州の山々のかなたに浅間山がどっしりその腰を据えている。
人の多い頂上を早々と立ち去り脱出行がはじまる。一位ガタワまでの急な下りは緊張のし通しである。落ちたら一巻の終わりである。クサリ場もどうにかこなし、一位ガタワからの沢道に戻る。ほどなく林道に出て、行きにタクシーで通った道を三十分も下ると白井差口のバス停についた。
三峰口までのバスは途中乗換えでも(小森)村営バスだからかもしれぬがたったの470円であった。帰途の接続は順調にいき、飯能を過ぎてもまだ二時であった。