23 御岳 3067m

《山の紹介及び楽な登り方》木曽の名峰。信仰登山の山としても有名。高度はあるが、最高峰の剣が峰ねらいならば2200mの田の原登山口までバスがあり、楽に登れる。登山道はやや急で荒涼としているが短いので苦しまない。難易度2。《5段階評価で》

《登山記録》1998年8月2日《日》

2238上諏訪ー2259塩尻122−233木曽福島=400田の原ー545王滝頂上−606剣が峰616−633王滝頂上−806田の原930=1058木曽福島1113・・・1203塩尻1211・・・1232上諏訪1530・・・1815八王子

 社会人になって初めての夏休み山行である。諏訪ステーションパークで食料を調達した後、塩尻で急行「ちくま」を二時間待ち、木曽福島からタクシー5人相乗り(バスより少し高い程度)で田の原へ、非協力なことに雨が落ちてきた。田の原へ登る車道には深夜にもかかわらず大型バスが多い。信仰登山の山であると聞いていたが、ここまで大規模かつ組織的なものだとは知らなかった。雨と霧の中、タクシーはせわしなくワイパーを動かし、つづら折りの道を登りゆく。何台もの団体大型バスが停まっている田の原に着いた。

 暗い中から登り気味の登山道を進む。今回は新兵器として高度計つきの腕時計を持ってきた。今は2200m、頂上は3067m、一目で稼ぐべき高度が分かるスグレモノである。ふたつ目の鳥居をくぐると木の段があったりして登りが厳しくなり道幅が狭まる。しかし足取りの方は快調で、団体登山者を何人も追い越す。しかし・・・

バババババと雨が落ちてきた。あわててカッパを着こむも風が強くなり、メガネに雨滴がつき、視界が悪くなる。夜行のせいか体が重く感じる。ああ、引き返したいとも思うが、ここまで来るのにかかった費用とつぶした休みを思うとそんな事出来ないと思う。サラリーマン登山の常である。夜がしらしら明ける頃、私の高度計は2500mを示していた。先が見えないから登っては高度計を見る、を繰り返す。

 登っているうちに空腹を覚えたのでどこかで休みたいが、雨天の急斜面では休むスペースがない。あてにしていた八合目避難小屋はただの石室だった。こうなったら頂上まで休まず一気に登ることにし、頑張ることにする。傾斜を増した道は溶岩の露出が目立ち、石の階段、木のステップ及びロープでコース作りがされている。

 一口水、九合目の石室、中央不動と過ぎつつ高度を上げる。すこし硫黄の臭いがしてきた。荒涼とした登山道を登り、高度2900になるころに王滝頂上が姿を現した。最高峰の剣が峰まではコースタイム20分なので強引に進む。

王滝頂上を過ぎると八丁ダルミの鞍部。小広く、ガスも出ているのでコースロープを見ながら歩く。ゴオオという噴気口の音が耳に入り、硫黄の臭いもきつくなってきた。けっこうな所に来てしまったなと思ったが、コースタイム通り20分歩くと、剣が峰前の二軒の山小屋が見え、そこから頂上の神社へ向けて黒い立派な手すりつきの石段が続いていた。手すりにすがりつきながら登ると剣が峰の神社であり、白装束白足袋姿の信者の一団がひとりがお経を唱え、あとの全員は合掌している。

 頂上の標柱は祭壇の斜め後ろにあった。雨天のため展望はゼロ。万歳三唱だけして頂上を後にする。そのころまたも雨脚が激しくなってきた。弁当を食べる予定を菓子パンで手早く空腹を処理し、さっさと下山を開始する。雨が岩肌を流れ落ち、まるで沢筋コースのようであった。八丁ダルミを過ぎて、王滝頂上に戻る。この天気ではさっさと退避するに限ると思い、早々と下山を続ける。

 雨のため岩稜はツルツル。さらに頂上で一泊した下山者の列が数珠つなぎであったので下りには神経を使った。しずしずと下る。これで転ぼうものなら自分はともかくすぐ下の下山者にフライング・キックをかましてしまう恐れがある。杖でバランスをとり、左手はハイマツにすがりつつ慎重に下る。高度を下げると木の段差の道になり、ガンガン下ることが出来る。ほどなく道幅が広まり、小走りで田の原に戻りついた。やれやれ。

 服も、ザックの中の着替えまでズブ濡れである。寒さに震えつつ道中で食えなかった弁当を二ついっぺんに食べる。バスで木曽福島に出て、上諏訪温泉につかってから帰京した。

24 赤城山へ

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