(山紹介及び、最も楽な登り方。)
奥秩父の雄峰。森林中心の奥秩父にあって、アルペンチックな色彩を放つ、きわだつ個性の山である。登山ルートは四方から続いているが、最も楽なのが東の大弛峠からの道であるが、タクシー代が恐ろしくかかるので、小海線信濃川上駅からバスの通じている北側の川端下ルートが距離も短くおすすめ。西の増富温泉から瑞垣山荘を経てのルートはマイクロバス利用ができれば楽。南側の昇仙峡からはコース荒廃のうえ、一日では登れないので却下。川端下からなら足に自信のある方は首都圏からの日帰りも可能。川端下から往復なら難易度2。(5段階)
《記録紹介》1997年8月7ー8日《木・金》
658高尾・・・942小淵沢950・・・1032信濃川上=1109川端下ー1155廻目平ー1240中ノ沢出合1315−1455金峰山小屋ー1516金峰山1545−1605金峰山小屋(泊)545−700中ノ沢出合ー750廻目平ー920梓山ー1225信濃川上・・・1430小淵沢・・・1702高尾
ひさしぶりの小海線で目が冴えた。清里、野辺山と過ぎ、少し下って信濃川上着10時32分。川上村営バスの接続は良く、乗るやいなや発車である。千曲川沿いの道を進み、梓山で甲武信に向かうと思われる登山客を降ろすと、バスは転回し、来た道を少し戻り、左折してレタス畑の横を少し進み、川端下に到着した。
集落を抜けると、レタス畑のまっただなかの道となる。左も右も野菜だらである。そんな道を30分ほど歩くとソバ屋があり、そこが大弛に通じる峰越林道との分岐である。幸い今日は晴れている。暑いのでソバ屋の自販機でジュースを買い、ちびちび飲みながら歩くと林道ゲートが見え、廻り目平キャンプ場に到着した。
そこからは、テントサイトを過ぎ、金峰山川の流れを傍らにしながらのダートの林道歩きである。40分ほど歩くと、治山工事にも使われない荒れた林道となり、崩壊地などは林道を外れ河原を歩く。崩れかけた縁石だけがかつて林道であったことを物語っている。そして中ノ沢出合の「登山口」に着いた。日が射していて暑い。ここからは樹林帯なのでここで昼食にする。沢の水を飲みながらの握り飯はじつにうまい。靴を脱いで足を冷たい沢水にひたす。水を汗ばんだ顔や首筋や腕にかけて冷やす。これぞ沢筋コースの良いところである。
ここからの登山道ははじめは沢筋を高巻き、最終水場の標示を過ぎると尾根に取り付く急登。沢の音が聞こえなくなり、静かな原生林の山腹を登り行く。中間地点の標識を過ぎてもなお急登。そこから少し山腹をトラバースすると樹林が開け、はげ頭のような頂上部が見えた。はげ頭の上にはサイコロが一つ乗っかっている。五丈岩に相違ない。そこからも樹林帯の激しい登りを続ける。シャクナゲが見える。登山口から一時間二十分を経過したところで急登となり、のぼりつめると金峰山小屋。荷物を置き、杖と飲み物だけを持って空身で頂上に挑む。
露岩とハイマツの間の斜面を赤ペンキのコースサインを頼りに登って行く。振り返れば小川山が大きく、瑞垣山が独特の山容を見せている。八ヶ岳は優美な裾野しか見えなかったがそれがまた八ヶ岳らしいとも言える。荒い息をはずませ、頂上に着いたのは小屋を出てから23分後であった。山頂は露岩の多いアルペン的なもので他の奥秩父とは違う。雲が多く遠景がきかなかったが、富士山や大菩薩、三つ峠が見えた。五丈岩は頂上から少し離れたところにあったが、行ってみる。鳳凰山のオベリスク同様、途中までしか登れなかった。
風が強くなってきたので早々と小屋に戻る。岩の上をしずしずと下り、小屋に戻りついた。宿泊客は私を含めて六人ほどだったので色々話したりして楽しい一夜を過ごした。
翌朝、夜明けとともにさっさと下山する。疲れが抜けておらず、慎重に下る。40分で中間地点、一時間で最終水場に戻り、ほどなく中ノ沢出合に戻りついた。やれやれと安堵し、沢の水で顔を洗う。沢沿いの林道を下り、キャンプ場を過ぎ、ほどなくアスファルト道に出る。ここからはウォークマンを耳にはめながら車道を下り、川端下でのバスの接続が悪かったのでそのまま下り、梓山と川上を結ぶ通りに出た。甲武信ヶ岳と歩いた線を結んでおきたかったので梓山まで歩いた。
まだ9時20分だったのでこのまま信濃川上まで歩くことにする。千曲川沿いをレタス畑を見ながら歩き、三時間車道を歩きつづけて、昼過ぎに信濃川上にたどり着いた。登山客しか降りなさそうな駅なので土産物屋など無かったが、駅前の食料品店でどうにか「そば羊羹」と「遺跡もなか」(大深山遺跡というところが近くにある)を入手できた。