5 大菩薩嶺

1992年12月18日(金)

 高尾846・・・954塩山1025…西原1100=1125大菩薩登山口ー1145仙石茶屋ー1305上日川峠ー1415大菩薩嶺ー1430大菩薩峠ー1515上日川峠ー1555仙石茶屋ー1615大菩薩登山口ー1700小田原橋1703=1717塩山1719−1815八王子

 受験勉強の真っ最中であるにもかかわらず、当人に危機感が乏しかったのか余裕の現れか、はたまたすでに投げてしまってるのか、今年の登り納めに大菩薩をやろうと考えてしまった。京王線の始発で行くつもりが朝寝坊したため計画は無茶苦茶のまま、京王線に乗りこみ高尾乗換えで9時54分、塩山着。大菩薩登山口行きの次のバスまで一時間間があったのでウォーミングアップのつもりで青梅街道を四〇分程歩き、西原というバス停から大菩薩登山口行きのバスをつかまえて乗りこむ。バス車内は地元の人らしい老人が四人だけで、その四人も次々と下車し、ついにわたし一人となってバスは終点の登山口に着いた。

 由緒ある雲峰寺への参拝は石段の急勾配を一見して取りやめ、林道の登りにかかるがここの林道は傾斜がきつく、あえぎながら仙石茶屋に着く。十二月のウィークデーということもあり当然営業していなかった。ここから林道といったん別れ、上日川峠への登山道に入る。道の状況はまあまあだが、霜の融けたドロドロ道は滑りやすい。一歩ずつ確実に歩みを進めてゆく。今回はスタートが11時25分とかなり遅く、日没までの5時間で全行程を終わらせねばならないので相当の努力が必要である。なかなか上日川峠に着かない。並行する林道になかなか合流できない。しんどい道を登ってゆくと路上に雪が見えてきた。

 やっと林道に合流し、上日川峠に着いた。駐車場の半分くらいが雪で白い。さらに進み標高1700mの福ちゃん荘に着いた。ここから急坂の唐松尾根の登りである。雪が少し解けていて滑りそうになる。そして雷岩直下の急坂は長く辛かった。ここを登りきったら水を飲もう、食事にしようと己を励まし、やっとの思いで雷岩にたどり着いた。

 しかしそこは烈風吹きすさぶ雪原であった。積雪は二十センチくらいだが寒く、瞬時にして水を飲む気が失せて、おにぎりだけ詰め込んでさっさと大菩薩嶺に向かう。樹林帯に入り、雪上の足跡をたどる。ほどなくひとつのコブを越えた、と思ったらそこが大菩薩嶺の頂上であった。樹林帯のため展望は全くきかない。

 三角点の前で一人むなしい万歳をしてから雷岩へわずか五分で戻り、ここから稜線を大菩薩峠へと向かう。西側の展望が開け、甲府盆地が一望のもとに見渡せるが南アルプスは判別できなかった。しかし富士山が大きく、五合目くらいまで冠雪したその美しい姿が大きく、雲を突き抜けて聳えている。東側も奥多摩の山々が幾重にも連なっている。風の強い稜線なのでただただ寒い。体を温めるために早足で下る。ほどなく賽の河原の避難小屋の建物が見え、それを目がけ猛然と下り、そこからコブをひとつ越えると眼下に介山荘が見えた。

 標柱が立つ大菩薩峠は雪合戦でもやれそうな広い雪原であった。寒いので一目散に下山する。山腹の道を下り、小川を渡り、勝縁荘を横目で見て林道に飛び出し、頂上から四十五分で福ちゃん荘まで駆け抜けた。自分でも驚く。早く雪の無いところへ降りたいという一心からかペースは全く衰えず、ひたすら前進し午後三時過ぎに上日川峠に着いた。寒くて休憩する気が起こらないのでなおも下山を続ける。日が西に傾く。日没までに下山したい。走れメロスの心境になってきた。

 早足でもと来た道をたどり、午後四時十五分に登山口に着いた。塩山行きのバスは三十五分後で、かかる寒さの中そんなに待ってられないので夕暮れの青梅街道を下ってゆく。日が甲府盆地のほうへ沈み、暗くなってゆく。五時に重川にかかる小田原橋のバス停に到着し、そこで塩山行きのバスをつかまえた。160円バス代を節約した。  塩山での接続は良く、立川行きにすぐ乗れた。今度は秋頃にゆっくり登ってみたいと思う。

 勝沼の手前で列車は甲府盆地を一望するように走る。甲府の夜景が宝石箱のように美しい。私は忙しかった道中で食いそこなったパンや菓子を空いた列車の中で前の席に足を投げ出して食べはじめた。 

 

6 天城山 へ

登山記録のページへ戻る

ホームに戻る