83 浅○山 XXXXm(kin-dan:MIX)

2005年5月29日(日) 所要時間:4時間39分 費用発生 17,300円

515聖蹟桜ヶ丘・・・分倍河原・・・府中本町・・・武蔵浦和・・・625大宮650・・・734軽井沢810=○○茶屋838−目的地1120−○○茶屋1307=1340軽井沢1344・・・上野1447・・・1500秋葉原1635・・・1700新宿・・・1725聖蹟桜ヶ丘

この山は登山規制がしかれていて、百名山のガイドブックでも「外輪山の黒斑山を登ればOK」的に書かれている。2001年に麓の小諸市が長野新幹線が通らないので観光客減少に焦ったのか、小諸市側からの入山は火口近くの前掛山まで可能に緩和されたのだが、この山の火山活動は活発であり、小諸市も何かあった場合の責任を持てなくなったのか、2004年からは自前で判断せずに「気象庁の火山活動レベル」に入山可能エリアをリンクさせる対応にしだした。すなわちレベル1(静穏な活動)なら前掛山まで、レベル2(活発な活動)なら火山館・賽の河原まで、レベル3(噴火の可能性あり)なら全部ダメというやり方である。いっぽう、東側の軽井沢町は避暑地軽井沢でうなるほど観光客が来ているからか、触らぬ神に祟り無し的スタンスでこの山の登山はダメよという状態である。

私はこの山は登れないものと半ば諦めていた。インターネットでは数多くの山行記がアップされているし、ほんらい登山は何かあった場合のリスクは自分で背負うものと考えているので、規制なぞ知った事ではないと考えているし、2003年に実行しかけたのだが、東海自然歩道の企画を優先したり、その他諸々の事情があってチャンスをいくつかつぶしているうちに2004年9月に本格的にお怒りになって噴火してしまった。これ以降気象庁の火山活動レベルは3が今日まで継続となっている。これはもうダメだと思ったが、インターネットで05年の登山記が上げられてるのを見て、今ならまだやれる、これ以上モタモタしていたら本当に登れなくなるぞ、1回ドカンといって今は次の放出までマグマを貯めこんでいるかもしれないのでやるなら今しかないという発想になってしまい、急きょ山行を計画した。

しかし確率が低いとはいえ、登っている時にいきなり噴火したら一巻の終わりだし、風向きにもよるが頂上近くで噴煙をモロに直撃されたら有毒ガスで死亡する可能性もあるリスクの高い山行である。まあそうなったらなったで次の日から会社に行かなくて済むナとも思うが、こんなけちな山では死にたくない。山で永遠に眠るなら奥穂西穂とか北鎌尾根あたりが相当だろう。あれこれ前の日は考えて眠れなかった。まあ私は地学は高校でかじっただけだが、火山性微動と火山性地震が継続しているだけであれば、いきなり噴火に至る可能性は5%以下であり、噴煙をダイレクトに受けるのは極力避ければいいだろうと判断した。

五時前に自宅を出て、いつもの大宮駅起点パターン通りに乗り継ぎ乗り換える。大宮駅の待ち時間を利用して、例によってベッカーズのブラックコーヒーをすすりながら、やきたてクロワッサンをほおばる。そのあと大宮発6時50分の新幹線「あさま501号」で軽井沢へ向かう。高崎を過ぎ、いくつかトンネルを抜けるともう軽井沢。8時10分発の草津温泉行きのバスの乗客は私一人であった。いかにも軽井沢らしいペンション街や商店街を抜けて、山の中をしばらく進んで、○の茶屋に到着。

バスを降りてすぐ、T大地震研究所の脇に、目的地へ通じる小道があった。入口には通行禁止の看板と、通行止めを示すロープが張られていたが、心の中で申し訳ない危ないのは分かってるんだけど私も100名山に人生をかけているんだこれ以上待てないホントごめん今日だけやらせてと思いながら、エロ本をレジに持っていくような背徳感にさいなまれながらロープを跨いだ。しばらくはダートの林道の緩い登りが続く。やがて小○○山の分岐を右に分けるころ、再度「この先警戒区域につき立ち入り禁止 軽井沢町長」の看板が現れた。

(山行き後の打ち上げを都内某所で行いましたが、そのとき山行文をまともに書こうかどうか迷いました。このサイトを参考にされて、あの山は行けるんだとお考えになる方もいらっしゃると思いますが、いうまでもなく登山は自己責任のもとに行うスポーツです。今回の山行で私が五体満足で帰れたのはただ、運と天候が良かっただけだと思います。いまの時点でこの山をやる場合はそれなりの覚悟が必要だと思います。よい子はまねしちゃいけないよ。)

(そして二時間四十分ほどたった)

難行苦行の果てに、私は目的地にたどり着いた。きょうは南東から風が吹いているので、噴煙も北方へ流れており直撃を何とか受けずに済んだ。火口は地獄を想起させる巨大なお釜でその底から瀑布の逆流のような噴煙の奔流がドッドッドッともゴオゴオゴオともつかぬ、この世のものとも思えぬ重低音をたてながら上空へ放出されている。見てはいけないものを見てしまった気がする。長年の念願を果たしたわけだが、こんな気味の悪いところはさっさと退散してしまいたいという思いの方が強く、私はすぐに今しがた来た斜面を下りにかかった。

(さらに一時間四十分ほどたった)

けっきょく今日の山行は恐怖心からか、全く休憩を取らぬまま終わることになりそうである。山腹の下りになってからも早くこんな所を抜け出したいという思いの方が強かった。道幅が広くなり先が見えてきたところでようやく安堵し、今日はじめてMDウォークマンのスイッチを入れた。近場の100名山でただひとつ残っていたのを登って、ついにやったぞという得意絶頂の思いと、こんな(そんなに難しくない)ことがなぜ今までできなかったのだろうという悔しさの念と、またあこがれの山が消えたという虚無感を胸にしながら私はバス停までの道を歩いた。

いつの日か、規制が解けた時、また、会いに行きます。

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