山紹介及び最も楽な登り方、
上越線沿線は中級山岳の宝庫でもあります。標高2000前後の良い山がゴロゴロ林立し、いくつもの山が郷土の名山としてその名をとどろかせています。しかし、登るアプローチの有無、観光化の度合いで難易度が大きく異なるのがこの山域の特徴でして、魚沼駒ヶ岳は難しい部類に属するのではと思われます。越後の名峰であり、奥只見、尾瀬ルートの山々のうちもっとも越後平野に近い山ですが、どのルートも簡単には頂上に立たせてくれないのです。あまりの手強さにニュージーランドの登山家二人(クレイグ・マクラクランさん他)が喜びのあまり?頂上で登頂記念ヌード写真を撮影した事はあまりにも有名である。もっとも楽なルートは、標高差を勘案して国道352号の枝折峠からの登り4時間強。難易度3。(参考文献:ニッポン百名山よじ登り クレイグ・マクラクラン著 小学館文庫)
登山記録 2003年8月25日(月) 前夜発日帰り、費用発生13,280円、実働時間8時間28分
2309新宿・・・ムーンライトえちご・・・339長岡544・・・619小出630・・・730枝折峠−800明神山−848道行山分岐−928小倉山分岐−940朝食休憩954−1018百草の池−1119駒の小屋1130−1148魚沼駒ヶ岳1158−1209駒の小屋1219−1254百草の池−1321小倉山分岐−1407道行山分岐−1509明神山休憩所1528−1558枝折峠1635−1735小出1833・・・1839浦佐1855・・・・2001大宮・・・2050新宿
この山は何がなんでも2003年に登るつもりでいた。なぜなら標高が2003mだからである。標高と西暦年がぴったり一致するというのは滅多にないことである。というわけで計画を練ったが、最も楽に登れる枝折峠へのバスは一日1本のみ、しかも平日に運転される日は夏休み期間のみというダイヤである。しかも小出発の時刻が朝の6時30分では前夜に小出に停まるか、無理して夜行を使うしかないのでプラン策定には苦労した。しかも夏休み期間は青春18きっぷ発売期間なので、夜行を使う場合は指定券を早めに押さえないといけない。当初は8月19日の火曜日に行う予定だったが、枝折峠まで行ってちょっと歩いても、天候が悪く雨がザアザア降っていて、なおかつ道が急峻で滑りやすかったので日帰り登山をあきらめて銀山平へ下った。一週間後、今回は晴れの直前予報に賭けて、再チャレンジを試みた。
日曜の夜、仕事がはねて、資料作成を適当な所で切り上げて八王子某所のオフィスを抜け出し、まずブックオフで暇つぶし用の文庫本を買い、次いで松屋の焼肉定食で腹ごしらえ。そのあと京王八王子駅前のスーパーで食料を3食分仕入れ、新宿行きの急行の中で眠りこけた。目指すは新潟行き夜行快速「ムーンライトえちご」号である。国鉄型特急電車6両編成の車内は18きっぷ旅行者らしい若者で満席であった。23時9分、「えちご」は新宿駅の7番線ホームを発車した。
大宮までのルートは湘南新宿ラインとおなじである。埼京線と共用の線路を走り左に山手線の各駅を見て、池袋に停車、なお大塚巣鴨と過ぎて駒込で山手線と別れ左にカーブしいつのまにか京浜東北線と並走し、上中里王子東十条と過ぎ、赤羽を通過。荒川を渡って埼玉県に入り、川口を通過。しばらく走って大宮に停車。そして高崎線にはいり、列車は夜の関東平野を疾走する。眠くなった所で車掌の検札が入り起こされる。さらに走って1時すこし前に高崎に停車。ここで急行「能登」に抜かれる。そこから先は眠れたので、長岡までは何も覚えていない。
長岡着3時39分。駅の待合室でザックに凭れ2時間弱まどろみ、5時半を過ぎたのを確認して小出までの切符を買って、上越線の登り始発で小出まで折り返す。うとうとしながらも越後川口のあたりでそろそろだなと自らに言い聞かせ、きちんと小出で降りられた。寝過ごすとその瞬間に計画は頓挫する。ほどなく枝折峠経由銀山平行きのバスがやって来た。バスは魚野川を渡り小出市街を抜けて湯之谷村を横切り、大湯温泉の温泉街を過ぎたあと、枝折峠への峠道へ入る。灰の叉を過ぎると乗客は私一人となった。マイクロバスに近い田舎バスだが、停留所ごとに観光案内をテープで流している。標高1000mを越え、7時30分ころ奥只見との分水嶺である枝折峠に到着。
さっそくノンストックで適当に歩きはじめる。きょうは快晴で、早朝にもかかわらず熱波がジワリと押し寄せる。日焼けしたくないので長袖ワイシャツを着ているので益々蒸される登りである。スタミナ切れを起こさなければ良いのだが。登山口からはいってすぐの急坂をしのいで、すぐに尾根上の緩やかな登りとなる。道行山手前の池までは1週間前にロケハン済みなのでさくさく進み、30分程度で銀の道を合わせ、明神山手前の休憩所に到着。ここからひと登りで最初のピーク、明神山。暑いが空腹は感じないので先を急ぐことにして、すこし下って目の前の稜線の長さにうんざりしながら小さな登り下りを繰返す。登山道の上に木の根が張り出しており歩きづらい箇所がいくつかあった。
アップダウンを繰返し、鞍部の小池とも水溜りともつかぬものを二つ見て、稜線上を進んで行くといきなり登りが岩混じりの急な登りになった。それをしのいでどうにか道行山の分岐に着いた。暑くてたまらないがもうひとふんばりして次のピークの小倉山へ向かう。ここからの稜線は割合穏やかで、すこしばかり下って、稜線の上を適当に歩いて眼前のピークめがけての登りが徐々にきつくなってくるともう小倉山の分岐であった。スタートしてからまだ2時間たっていない。暑くて苦しいわりには足取りは快調である。このあと10分ばかり進んだところで日陰を見つけたので、ここで弁当の朝食。そのあと生暖くなったスポーツドリンクを飲む。そのあとマサフィー(アラブ首長国連邦の水)もすこし飲んでようやく一息ついた。
ここからは正念場なのでストックを取り出す。そのあと20分ばかり稜線のゆるい登りを適当に進んで行くと、百草の池に出た。ちいさな池を横の道から瞥見して通り過ぎる。ここから登りが急になってくる。いままであまり高度を稼がなかった分、ここで一気に稼がせられるいやな道である。正面の駒ヶ岳がだんだん近づいてきて、眼前の岩壁が抹茶色に苔むしているのが見える。この時期にもかかわらず谷には雪渓がいくつか散見された。小ピークを2つばかり越すと道は岩稜に入り、クサリ場まで現れた。もっともここのは足場がうまい具合についていたのでクサリは使わずに済んだが。そのあと道は岩の上を白ペンキのコースサインにしたがって高度をあげてゆくルートとなった。ここは焦らず慎重にすすんでゆくと岩の上を水が流れるようになって、ほどなく駒の小屋に到着。
ここから見る駒ケ岳頂上部は圧巻。雪田から流れ出した水が、たおやかな頂上部を通って行く。小屋前の水場で渇きをいやして一休みした後、頂上へアタックをかける。高度感のわりには意外とあっさり目の前のピークについて、中の岳方面の道と合流した。ここで右折し、廊下のような稜線を進んでゆくとすんなり魚沼駒ヶ岳の頂上に着いた。対面の荒沢岳が意外に大きい。南には中の岳がピラミダルな姿を見せ、谷をはさんだ八海山の姿も見事。こうして見ると新潟県も山岳王国だなと感じる。登頂のポーズ、決めっ!
帰りが長いので、展望を切り上げて戻りにかかる。10分ほどで小屋に戻って一休みし、きつい岩の斜面を下って稜線上のくだりを淡々と進む。ガスが出てきたので太陽に焼かれる心配はなくなった。だんだん駒ヶ岳が遠くなり、高度をガンガン緒として行く。先が長いので小幅の足さばきで下り百草の池、小倉山分岐を通過。小倉山を過ぎてなお下りを続けていた1時40分頃、空を黒雲が覆い、バババババーと大粒の激しい雨が落ちてきた。シャワーを浴びるのも良かろうと考え、雨具はつけずザックカバーだけして先に進んだ。
ドドーン、ドガシャーン。一瞬雷光が走った後、雷の音がとどろく。光と音の間の時間差が少なくなると雷は近いので緊張する。ほんらいなら雨脚が弱まるまで休むべきなのだろうが帰りのバスの時刻があるので無理矢理進む。職場の上の人以外にこの世で怖いものはないと思っている私でも、雷の大音響がとどろけば一瞬緊張が走る。水滴が容赦なく我が身を叩く。恐らく財布の中の千円札はずぶ濡れで、家に帰ってから一枚一枚ドライヤーで乾かさねばならんなと思ったりする。2時過ぎに道行山の分岐を通過。そのあとようやく雨はやんだ。
だが登山道は泥濘と化し、泥水が流れ岩や木の上は格段にすべりやすくなったので神経をつかわないといけない。行動開始から7時間が経過しつつあるのでいい加減疲れたし腹も減ってきた。しずしずと、スロウリーだが集中力は切らさずに稜線を進み、明星山のピークの登りを堪える。雨上がりなので濡れた岩の上を跳ねるヒキガエルを何匹か見かけた。明神山のピークを越し、3時10分頃休憩所にたどりついた。ここまで来れば16時35分の小出行きバスには間に合う確信が持てるので、おにぎりの昼食として大休止をとり、3時半頃ヤレヤレと最後の歩きをはじめた所でまた大粒の雨が落ちてきた。灼熱地獄に大雨とは手荒い歓迎である。
難儀したが、枝折峠まではすぐで、4時すこし前に車道が見え、枝折峠バス停に戻りついたが雨はおさまらない。枝折峠は臭いトイレしか雨風をしのげるものはないので、私はカッパを羽織って雨にうたれながらバスを待ち続けた。